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異常の原因は?




「ありがとう……ありがとう、お嬢ちゃん」


「あまり喋らないでください。まだ完治ではないので」


 なんとか治療を終えた人を横たえて次の人に向けて走り出す。混沌としたラングルスの港はケガ人と野次馬でごった返していて混雑している。救命団の本体はまだ来ないのかなぁ。


「エルル、あっち!」


「うんっ!」


 治療をしている間にもクルルが周囲を見渡してボクじゃないと治せない重症の患者を見つけてはそっちに駆けつける。ミリアちゃんや救命団の人たちの動きも迅速で、徐々にだけど騒ぎは沈静化していっている。


「女王陛下! 救命団第二、第三部隊到着しました!」


「トリスタン! すぐに担架やテントを設置して! とにかくケガ人を運ぶのよ!」


「了解!」


 港に姿を現したイルンイラードさんを筆頭とした救命団の人たちはミリアちゃんの指示に従って港から下りて散らばっていく。港に残った人たちはすぐに仮設テントを組み立て、海底から動けない人たちを引き揚げていく。

 次々に運ばれていく人たち。ハムちゃんがどんどん瓦礫をどかしてくれるから、埋もれていた人もすぐに助けることが出来た。


「んー」


「どうしたの、クルル」


 魔力が切れる心配はないけれど、さすがに連続で回復魔法を使う事なんてなかったから非常に疲れた。

 早くお家に帰ってベッドにダイブしたい。ぬくぬくしてギン太くんを抱きしめてもふもふしながら眠りたい。


「そうだよねー。こんな異常、普通じゃ起きないよねーって」


「うん? まあ確かに異常だとは思うけど……」


 突然海が干上がった。どういう理屈かはわからないけど、それを調べるのは王国の人がやればいい。

 ボクたちがすべきことは全部終わった。要救助者はもういない。あとは人知れずこっそりラングルスを後にするだけだ。

 それなのにクルルはどうしたんだろう。遠くを見つめたまま動かない。


「エルル、クルル。大丈夫?」


「うん、全然大丈夫だよ」


「なんたってエルルだからねっ!」


 クルルがどや顔で上体を逸らしていた。ボクと同じ体型のクルルじゃ上体を逸らしてもなにも強調できないけどね。

 そんなクルルにミリアちゃんはくすっ、と笑う。


「あなたのおかげで迅速に救助が出来たわ。……無理、してない?」


「ありがとう。でも、大丈夫だよ。さすがに見捨てることはできないからね」


 ミリアちゃんの手が伸びてきてボクの頬を撫でる。ボクの存在は多分だけど誰にも気付かれていない。

 まあよく考えてみれば十年間人前にろくに姿を見せてこなかったわけだし、ボクがナナクスロイの魔女だってわかるわけがないよね!


「うーん。うーん。うーーーーん……」


「だからどうしたのクルル。さっきから意味ありげに沖合を眺めてるけど」


「……いやさ。暑くないじゃん? じめじめしてるわけでもないよね?」


 突然何を言い出すのだろうか。確かに季節的には暑い時期だけど……あれ、そうだ。暑くない。

 これだけ動いたのに、暑くないのはなんでだろう。言われてみればじめじめもしてない。


「普通さ、海が干上がったんだったらよっぽど熱帯になったりじめじめして不快になるよね」


「言われてみればそうね」


 クルルの言葉にミリアちゃんも同意を見せる。

 でも、それがいったいどうしたのだろう。たまにはそういう時もある、と括ってしまえばそれで終わりだ。

 そうじゃない原因がある?


「だからさ、海の水がどこかに動いたんじゃないかなって」


「えー、これだけの海水だよ? そんなこと、海の精霊でもできな――」


 ――あ。

 ボクには思い当たる節があった。それと同時にどうして思い当たってしまったか自分自身を激しく恨んでしまう。

 ウェリアティタンの荒野の異常事態。

 その原因は黒の力に侵されて歪んでしまった精霊イフリート・バラヌスの暴走。

 熱帯の地域ではあったが、もはや人が住めない環境にまで変化してしまったリードン火山一帯。


「……海を司るのって、リヴァイアサンだっけ」


「そうね。海竜リヴァイアサン。獰猛すぎて沖合の海底神殿で眠っていると言われているけど」


「リヴァイアサン、か」


 イフリートを狂わせた事例と、似ている気がする。目的はわからないけれど、この異常はリヴァイアサンになにかが起きていると見て間違いないだろう。

 リヴァイアサンが黒の力によって歪められているのなら、治せるのは……ボクだけ、だ。

 ミリアちゃんもクルルも、遠巻きにボクたちを見ているハムちゃんも誰も言葉を発さない。

 ちらりとミリアちゃんを見ると、辛そうな表情をしていた。

 わかってる。もし本当に黒の力を原因とした事態であれば、もうそれはボクでしか解決できない。黒の力を唯一使えるボクにしか、できないことだ。

 でもミリアちゃんはボクを気遣って尻込みしている。


「……すぐに部隊を編成して、調査を始めるわ」


「ミリアちゃん……?」


「……嫌よ。エルルを行かせたら、また怪我をする。今度は怪我じゃ済まないかもしれない。もう嫌よ。私はエルルに傷ついてほしくない」


「ですが、ナナクスロイが適任であるのに間違いはありません」


「トリスタンっ!」


 今にも泣き出しそうなミリアちゃんとボクの前にイルンイラードさんが割り込んでくる。イルンイラードさんはボクを一瞥すると、強い決意の籠った瞳でミリアちゃんを睨むように見つめた。


「女王陛下。痛ましい気持ちはわかりますが……『青の一位(ブルー・ワン)』の足取りが掴めない以上、ナナクスロイに頼らざるを得ません」


「二位だって三位だっているでしょう? エルルに頼む必要なんて……」


「二位や三位でリヴァイアサンとの交戦が可能とでも? そもそも海底神殿にたどり着くことすら出来ませんよ」


 ……イルンイラードさんの言葉は正しい。どういうわけか青の一位の方が不在ならば、ボク以上に適任者はいない。

 クルルに視線を送れば、クルルは笑うだけだ。

 ……ボクに決めろって、無言で圧してくる。


「ミリアちゃん、ボクがいくよ」


「エルル!?」


 幸いにも被害状況の確認などで、港にはもう人はほとんどいない。ミリアちゃんがボクの名前を叫んでも誰かに聞かれることはないだろう。


「黒の力でリヴァイアサンが歪んでしまっているなら、それを治せるのはボクだけだよ。だから、ボクがいかなくちゃ」


 使命感、というわけじゃない。けれどボクじゃなくちゃ解決できないともわかっている。

 リードン火山でのことを思い出すと、怖くて行きたくない。


「精霊は大切な存在なんだ。世界のために、そのバランスは崩れちゃいけないんだ」


「それはわかってるわ。でも、だからって。ようやくエルルは……少しだけでも、エルルがゆっくり暮らせるようになったのに……っ!」


 なんとなくだけど、わかっていた。ミリアちゃんがボクにウェリアティタンの荒野の件を頼んだのは、王国からの依頼として正規の手順を踏んでボクを支援するためだ。

 潤沢な依頼料がそれを物語っている。ボクが生活に困らないように、できる限りの範囲で応援してくれたのだろう。

 なら、今度はボクがお返しする番だ。


「大丈夫。リヴァイアサンを戻してちゃちゃっと帰ってくるから。ミリアちゃんが守りたい王国は、ボクが守りたい場所でもあるから」


 大切な友達が守ると決めた国を守るのに、それ以上の理由はいらない。


「だからボクは、行きます。リヴァイアサンと対話して、この海を元に戻してきます」


「っ……。エルル・ヌル・ナナクスロイ。あなたにこの異常事態解決を依頼します。必ず、必ず無事に帰ってきて。また、私の前で笑ってよ?」


「うんっ。行ってきますっ」


 ボクたちの次の冒険が決まった。この海の沖合――いや、海底に存在する神殿。そこで眠っているはずの海竜リヴァイアサン。精霊と竜、双方の特性を併せ持つ巨大で偉大で凶暴で獰猛な存在との、対話だ。

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