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海の異変




「海が干上がった?」


「ああそうだよ。ラングルスから一帯、海面が遠ざかった! 船は干上がった大地に沈んで被害が出始めている!」


 マトウさんが被害の状況をまくし立てる。詳しいことはわからないけれど、かなりの被害が出ているらしい。

 海が干上がった、か。

 潮が引いてしまい、海そのものが遠洋にまで下がってしまったということなのかな。


「……実際に見ないと把握しずらいわね。トリスタンは救命団の手配を最優先で。……バハムート、私を連れて行ってもらえるかしら?」


 一同の視線がハムちゃんに集中する。そりゃ確かにハムちゃんが変身して飛べばラングルスまでそんなに時間はかからない。馬車で行くよりはよっぽど早いだろう。

 ミリアちゃんにはキマイラがいると思うんだけど、まあハムちゃんに比べれば時間がかかる。

 ボクはちらりとハムちゃんに目配せする。好きに判断しても構わない、という意思表示だ。


「エルル様がいいのでしたら構いませんよ」


「アイコンタクト拒否!?」


「私はエルル様の自主性を重んじていますので」


 うぅ。そうやってハムちゃんはボクをからかうんだ。

 正直に言えばボクはハムちゃんが往復して帰ってくるまではここに滞在していようと思った。その間クルルやリフルちゃん、せるちゃんをお話してればいいだけだし。

 でもハムちゃんはそれを許さない。ボクに同行しろと無言で訴えてくる。

 断ることも出来る。でもそうなれば、少しでも救えた命が救えないかもしれない。

 ……ずるい。ハムちゃんは、ずるい。

 これじゃあ十年前と同じじゃないか。アルトリア防衛戦の時と。


「わかったよ。行こう、ハムちゃん」


 ラングルスに着いたらすぐに物陰に隠れよう。少しでも目立たないように。ボクが来ているって気付かれないように。


「お嬢――女王陛下。救命団は第一部隊だけならすぐに移動できる。可能であればバハムートに運んでもらいたい」


「荷車を抱えることになりますが、それでもいいなら」


「頼む。ありがとう」


 頭を下げるイルンイラードさんを手で制して皆が足早で応接室を後にする。

 残されたのは、ボクとクルルだけ。


「……うぅ、やだなぁ」


 ラングルスはたくさんの人がいる。それもこの国の人だけではない。

 だからこそボクを知らない人も多いんだけど、もしまた悪評でも広まれば。


「大丈夫だよ、エルル」


「クルル……?」


 手の平に乗ったクルルはびし、と手を掲げて優しい微笑みを浮かべている。


「エルルは私が守るから。エルルはなーんも心配せずに救護を手伝おう」


「え。やだやだ」


 なんでわざわざ目立つことをしなくてはならないのか。ボクはハムちゃんに同行するだけ。救護活動は救命団の人たちに任せればいい。

 ここは王都アルトリア。医薬品も治療に専属する魔法使いもたくさんいるのだから。


「ハムちゃんたちと合流しよう」


 クルルを肩に乗せて、ボクたちもハムちゃんが変身する予定の中庭に向かおう。




「女王陛下! 救命団第一部隊総勢十四名、揃いました!」


「わかったわ。すぐに乗って! 揺れるどころじゃないかもしれないけど、全速力で行くわよ!」


「「「了解!」」」


 ミリアちゃんの号令で緊急で呼び出された救命団の人たちが次々に屋根付きの荷車に駆け込んでいく。すぐに用意できた大型の荷車は少しガタがきているけど、ハムちゃんが運ぶのであれば問題はないだろう。


『私を見ても怯むことなく指示に従いましたね』


「バハムートはもう脅威ではない、という教育くらい十年前から始めてるわ」


『ありがとうございます』


「女王陛下。オレとユーゴは後続を纏めてから出立します」


「無事を祈るぞ、ミリア」


「任せなさい。私だって『黄の一位(イエロー・ワン)』なのよ?」


 変身を遂げたハムちゃんが荷車を両手でそっと持ち上げる。ボクとミリアちゃんは頭部に座り、ハムちゃんは周囲を見渡すとゆっくりと上昇を始める。


『荷車が壊れない程度に速度を出します。お二人は風への対策をしっかりお願いします』


「わかった。よろしくね、ハムちゃん」


「よろしくお願いするわ」


 羽ばたいても被害が出ないくらいまで高度を上げたハムちゃんがラングルスに向けて動き出す。

 ……ああもう、不安だ胸が押しつぶされそうだ。




   *




「うわ……うわ……」


「想像以上に最悪じゃない!」


 上空から見たラングルスの港は想像を絶する光景だった。

 干上がった海が大地となり、支えを失った四隻の大型帆船は帆が折れて横倒しになっている。少しだけ火の手も見えるし、走り回る人たちも多い。


「――落ち着きなさいラングルスの市民! 私はミリアリア・ハイゲイン・アルトリア。この国の女王よ! 今、救命団を連れてきたわ。落ち着きなさい!」


 降下を始めたハムちゃんに合わせて動揺が広がり困惑したラングルスの人たちに向けて、ミリアちゃんが凛とした声で名乗りを上げた。

 逃げだそうとしていた人たちさえもその声に身体を硬直させ、ハムちゃんの降下を眺めている。

 凄いなぁ、ミリアちゃん。


 ハムちゃんは一気に、でも可能な限りゆっくりと干上がった大地に着陸し、手に持った荷車をそっと降ろす。


「救命団! 負傷者の手当ておよび被害状況の確認! 今ここで最善を尽くさねばさらに被害は広がるわよ!」


「「「了解です、女王陛下!」」」


 ミリアちゃんの指示に従って救命団の人たちが手際よく駆け出す。魔法による治癒が必要な人、応急処置で済む人を選別し、それぞれが各自で判断して動いている。


「エルルごめんなさい。バハムートに帆船を起こしてもらえる? 下敷きになった人がいないか確認しないと!」


「う、うん。ハムちゃん、お願い!」


『かしこまりました』


 ハムちゃんから飛び降りたボクたちはすぐさまハムちゃんに指示を与える。いくつかの小さな魔物が倒れた船体を支えてくれていたが、ハムちゃん一人でかろうじて船は持ち上げられた。


「もうしょうがないわ。船底を壊してもいいから立たせて! 損害は全てなんとかするわ!」


『了解です』


 ミリアちゃんの叫び声に答えてハムちゃんが強引に大型帆船を立たせる。船底は岩に貫かれてもう使い物にならないだろう。

 でも、それでもやらなくちゃ助けられない人もいる。


「人がいたぞー! 医療班、早く早くッ!」

「待ってくれまだこっちの治療が終わってない!」


「私も回復に努めるわ。エルルは……隠れていてっ!」


 ……ミリアちゃんは行ってしまった。わかっている。ミリアちゃんはボクを頼ろうとした。ボクも回復の魔法はしっかり使えるし、この場では貴重な戦力でもある。

 でも、ミリアちゃんはボクを戦力としてカウントしなかった。それはボクのことを気遣ってくれたからだ。

 ボクが誰かに気付かれて、悪い事態にならないために。


「……でも」


「エルル。エルルがしたいことをしよう? 大丈夫。最悪すぐに森に逃げよう!」


「……そうだね。そうだよね、クルル!」


 こんな状況を見て、放っておけないよ!

 すぐにボクもミリアちゃんを追って走り出す。走りづらい大地だけど、森の中を探索することに比べれば全然余裕だよ!


「待っててください。すぐに治しますから」


「あ、あんたは……ぐっ」


 痛みを訴える人に駆け寄って、すぐにヒールの魔法で傷を癒す。ボクの魔力量なら、ケガ人がいくらいようと問題ない。応急処置で済まない人を優先として、ケガ人を見つけては治癒を繰り返す。


「待ってくれ。アンタは救命団じゃないだろ? アンタは――」


「通りすがりのモブキャラです!」


 治癒を終えた人がボクに手を伸ばそうとしてくるのを振り払って、ボクは次の人を目指す。なるべく、なるべく危ない人を最優先で! ボクにも助けられる命があるはずだから!

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