ラングルスは(いつも)騒がしい。
ラングルスを目指して歩き出してどれくらい経ったのだろう。体感時間的にはもうたどり着いてもいいくらいなんだけど。
王国は四つの四季に恵まれた豊かな国で、森を抜ければラングルスまでは草原が広がっている。方々に小さな村などはあるけれど、基本的に森を抜けて街道沿いに進めばラングルスの街まで一直線だ。
「ハムちゃん、まだー……?」
「疲れたフリしても治癒魔法で回復してますよね?」
「うっ」
「なら大丈夫ですよね。さ、チョコドーナツのために頑張りましょう」
「がんばるって言葉、ボクは嫌いだなー!」
そうは言っても足を止める訳ではない。そもそもハムちゃん一人で行けばもっと早くラングルスに到着するんだし、ボクを気遣ってペースを落としてくれていることくらいはボクにだってわかっている。
だから気を遣ってもらわなくてもいいように、こっそり回復魔法を使ってたんだけどなー。
「まあヨルソン村を過ぎましたし、あの丘を越えれば見えてくるでしょう」
歩を進めながらハムちゃんが指差すと、確かにラングルスの特徴的な巨大な建造物が見えてきた。
王国で最も人の出入りが激しく、未知に溢れた世界に冒険を夢見る人たちが集まる場所とも言われているラングルス。その象徴たる巨大な円形状の闘技場。
毎日のように戦士や魔法使いが己の武勇を広めるために競い合う戦いの熱気に包まれた街。
闘技場を中心とした円形状の街であるラングルスは、東に港を構えた構造となっている。ボクたちは国境線沿いの森から北上してきたから、自然と南門へ向かうことになる。
「ハムちゃん、どう?」
ハムちゃんが目を細めて南門の様子を探ってくれる。
普通の人より遙かに優れた視力を持つハムちゃんは聴力もかなり優れている。
ボクの目には細かい粒にしか見えない人だかりも判別できるしどんな会話が広げられているかも拾ってくれる。
「普段通りですね。これといって緊迫した空気はないようです」
「よかった。ここから西門に回り込むのも時間かかるしね」
「衛兵に危害を加えないでくださいよ?」
「ぜ、善処します」
安堵のため息を吐く。数年前に来たときは出入り口の衛兵さんに目くらましの閃光の魔法を使っちゃって大騒ぎにしてしまったから、今回はできる限り大人しくしないと。
「ふーん。コルタリカの令嬢さんか」
「ええ。コハク・コルタリカ様と世話係のハルトと申します」
「よ、よろしくお願いします……」
どうしても言葉が尻すぼみになってしまう。ハムちゃんの背中に隠れながら南門の衛兵に挨拶をかわすけど、豊かな髭を蓄えた衛兵さんは少しいぶかしげにボクたちを見ている。
コハク・コルタリカは偽名であり、コルタリカって言うのはナナクスロイの森を所有している貴族の名前。
……まあ、全部ボクの所有地なんだけどね。
エルル・ヌル・ナナクスロイって名前は秘匿しなきゃいけないから、外の世界ではハムちゃんはボクをコハクって呼ぶ。
「ま、問題ないだろ」
「わかりました。ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます……」
歩き出すハムちゃんの服の裾を掴んで、ボクがエルルだと気付かれないように早足で南門を後にする。
街に入り込んでしまえば、道行く人はわざわざボクを意識はしてこない。
買い物もハムちゃんに任せればいいし、ボクはのんびりハムちゃんの背中に隠れてればいい。
「おや、ちょうど召喚決闘が行われているようですね」
「あ、本当だ」
ラングルスの街には大きめの看板がいくつも設置されており、看板には闘技場内の映像が魔法で転写されている。
街のどこからでも試合を観戦できる。買い物をしたり食事を楽しみながら観戦も出来ることも、ラングルスの街が賑わう要因となっている。
『皆さんお待たせしましたぁ! 苛烈なるトーナメントを勝ち抜き、今チャンピオンに挑むは遙か東方の異国ニトゥールより訪れし召喚士、ユーゴ・マトウぅぅぅぅっ!』
挑戦者――マトウさんにたいしてすごい声量の歓声が響き渡る。
少し色褪せた紺色の魔法服と、王国の礼式に則ってかフードを巻くって一礼している。
やや幼い顔立ちのマトウさんは、多分ボクと同じくらいの年頃だろう。少しボサボサの黒髪と、ルビーのような透き通る瞳がレギンダットさんを睨んでいる。
そんな若いのに、一人で故郷を旅立って……チャンピオンに挑むほどの実力を身につけている。真っ直ぐな瞳が映し出され、それだけでもマトウさんが凄く強い信念を抱いていることがわかる。
うん、ボクには無理だ。
『そんな彼を迎え撃つは、常勝無敗にして王国魔法隊にも名を連ねているチャンピオン、グリード・レギンダットぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』
映像越しだというのに空気が震えるほどの大歓声が響く。映像がレギンダットさんをズームアップする。
紅色の魔法服を身に纏ったチャンピオンは魔法服と同じ紅色の髪を掻き上げながら挑戦者であるマトウさんをブラウンの瞳でにらみ返した。
映像が拡大されステージの全景が見渡せるようになっていくのと同時に、審判さんがいそいそと足早にステージ端まで避難している。
『決闘、ゴォォォォォォォォォォ!!!」
そして審判さんの開始の合図と共に、両者が動き出した。
二人ともまったく同じ動作で、腰に差したホルダーからカードを三枚引き、その中の一枚を選んで空に掲げ、宣言する。
『『召喚っ』』
それぞれが掲げたカードに魔法陣が浮かびあがる。三角形と逆三角形が重なった六芒星。
召喚士によってカードに封印された魔物がその封印を解かれる。
六芒星から光の粒子が立ち昇る。嵐のように舞い上がる粒子が空へと広がり、召喚士の意思に応え、顕現化する。
『鉄を砕け、威厳を示せ。我に不敗を約束せよ――ラグナロクッ!』
レギンダットさんが召喚するのは巨大なドラゴン。都市より遥か彼方の山脈に住まう伝説の存在ラグナロク。
ボクもまだ見たことがない、破格の魔物。
鋼鉄をも噛み砕く顎と、広げられればステージには収まりきらない翼。
一歩を踏みしめるだけでステージは陥没し、引き締まった二本の足がその巨体を支える。
『幾たびの戦場を乗り越えたその力を、再び俺に貸してくれ。――来い、デュラハンッ!』
マトウさんが召喚するのは鎧の騎士。あれは確か、滅んだ都市を守り続けている騎士のなれの果て――デュラハンと呼ばれる魔物。
全身に残された傷跡は激闘を生き延びた勲章。翻したマントこそ騎士の誉れたる証。
肉体は無い。けれど肉体という枷から解放されたからこそ騎士は此処までの魔物へと昇華したと言われている、こちらも王国ではなかなか見ることの出来ない破格の存在だ。
どちらも常軌を逸した力を有していると映像越しでも理解できる。
デュラハンでさえ二メートルを越す巨躯だけど、ラグナロクはデュラハンすら小さく見えるほどの、十メートルを容易に越す巨体だ。
対峙するだけでどちらが有利かは明確にわかってしまう。
でも、それを覆すのが召喚決闘だ。
観客からは二種類の声が聞こえてくる。無敗を築いたチャンピオンの勝利を疑わぬ歓喜の声と、矮小な騎士を召喚した挑戦者へ期待する声。
腕を組んで仁王立ちするレギンダットさんは不敵な笑みを浮かべながら、ラグナロクへ攻撃の指示を出す。
その声に即座に反応したラグナロクは口から高熱の炎を吐く。炎のブレスは瞬く間に舞台を飲み込みデュラハンもマトウさんさえも飲み込んでしまった。
『これは……もう決まってしまったかぁーーー!? 恐ろしきはチャンピオンの伝説のドラゴン・ラグナロク! その一撃はバリアによって守られていなければ観客席にまで届いてしまうぞーーーーっ!』
「行こっか」
攻防にもならない一瞬の光景だったけど、どっちが勝つかはだいたい予想できた。
買い物も終わらせたいし、いつまで見てても仕方ない。
ハムちゃんに声をかけて歩き出す。あまり一つの場所にいても目立っちゃうしね。
「またレギンダット様の勝利ですね」
「何言ってるの。勝つのはマトウさんだよ?」
「……そうなのですか? どう見てもレギンダット様が優勢ですが」
まああの光景を見れば誰もがレギンダットさんの勝利だと思うだろう。
マトウさんが勝つと考えた人は限りなく少ない。それほどまでにラグナロクという存在は強大なのだ。
でも、召喚決闘は知恵と工夫で不利を補い、負けず嫌いが意地でも戦況を覆して勝利を掴む戦いだ。
炎に飲み込まれる直前に、マトウさんが別のカードで何かを発動させていた。あのタイミングであの判断が出来るのであれば、負けることはないと言い切れる。
レギンダットさんとマトウさんの表情を見て、どちらが勝利に飢えてるかくらいはすぐわかったし。
「さ、早く買い物済ませちゃおう?」
早く帰ってお布団でごろごろしたいしね!