早めの報告(形式は無視とする)
「エルル様、こちらにいらしたのですね」
「エルルーっ。心配したのよ!?」
「あはは。ごめんねハムちゃん、せるちゃんも」
「うむむ……ごめんなのじゃ」
「いいよ。大丈夫だから」
図書館の入り口にはボクを探していたのか、ハムちゃんやせるちゃん、リフルちゃんに先生も待っていた。
多分図書館の周りあたりにもうちょっと人はいるんだろうなぁ。なんとなく魔力がざわついてる感覚はあるし。
「……エルル様。ミリアリア様と仲直りしたのですね」
「……うん」
こういう時、ハムちゃんは鋭い。ボクがミリアちゃんを追うように図書館から出てきただけで察したのだろう。せるちゃんは首を傾げてるしリフルちゃんは何が何だかわかっていないようだけど。
正確には仲直りしたというかボクが悪いって断言したんだけどね。
「あたた。ミリアー、少しは手加減してくれよ」
「黙りなさい。というよりその状態でよく降りてこられたわね……」
ボクたちを追ってマトウさんが姿を見せたけど、その姿は異様だった。
首から上と足首から下しか見えてない。ロープに巻かれて簀巻き状態になっている。
マトウさんに迫られて転んだボクを見てミリアちゃんが一瞬で巻いた。よく見えなかったけど、もの凄い早技だった。そのまま二階に放置してたはずなんだけど、どうやって降りてきたんだろう。
「何この程度師匠の特訓に比べればぜんぜんへっちゃらっさはっはっは…………………うっ、頭が」
突然うずくまって頭痛を訴えてくるマトウさん。どうやら思い出したくないことを思い出してしまったようだけど、いったいどうしたんだろう。
「ユーゴのことは気にしなくていいわ。さ、日も暮れてきたし落ち着ける場所へ移動しましょう」
「え、まさか王宮……?」
嫌だけど。王宮だけは絶対に行きたくないけど。
「エルルさん、緊急措置として寮の来客用の部屋を用意してますよ」
「っほ……」
うろ覚えだけど、王宮には階位の一位に選ばれた人たちが暮らすことを許されているはずだ。一位に選ばれただけあって誰も彼もがその分野で一際有名であり、魔法使いとしても召喚士として超優秀な存在だ。
そしてそういう人たちは大抵、ボクを嫌うか黒の力に興味を抱いている。だからこそ出会いたくない。だから王宮には行きたくない。
先生を先頭にして暗くなってきた魔法学院を歩く。夕暮れはとうに過ぎていて、徐々に夜のとばりが落ちてきている。
あまりこの時間は学院にいたことはないから、結構新鮮である。
「先ほど騒ぎそうになった生徒にはしっかりと口止めをしているので安心してくださいね?」
「あ、ありがとうございます」
ボクが逃げる原因になった生徒。男子が二人と女子が一人の、クラスメイトと思われる三人組。他の二人はボクに気付いてもそこまで興味なさげだったけど、騒ごうとした人だけは本当に勘弁してほしい。
「大丈夫よ。騒いだら魔法使いの資格もなにもかも剥奪するって言っておいたから」
「職権乱用乙」
「私が女王よ」
物騒な軽口を交わすミリアちゃんとマトウさんの間にはどことなく割り込めない空気がある。
これだけ短い期間でミリアちゃんと仲良くなれたのだから、きっとマトウさんは凄い人なのだろう。きっともの凄く女の子の扱いに慣れたたらしなのだろう。
うん、近づいちゃ駄目な人だ。
「あれ心なしか俺避けられてない?」
「エルルが自然と距離を取るのは普通よ?」
「人見知り? だったら悪いことしたかなぁ」
ぽりぽりと頬を掻きながら気まずそうな表情を見せるマトウさん。そういえばどうして彼はここにいるのだろう。
『銀の一位』に選ばれたとはミリアちゃんに教わったけど、だからといってここまで一緒に居る必要はないと思う。
「ユーゴと一緒の空気を吸いたくないってことよ」
「存在否定っ!? 俺まだ何もしてないぞ!?」
「――まだ、ということはする予定があるのですか?」
「うわっ!?」
あ、ミリアちゃんとマトウさんの間にハムちゃんがすっと割り込んだ。後ろの会話を聞いてるだけだけど、ハムちゃんは遠回しにボクから離そうとしてくれてるみたいだ。
「エルルー、お腹空いたのじゃー」
「アンタあれだけあった煎餅食べたのに足りないの……?」
「“そだちざかり”と父上はよく褒めてくれたのじゃ!」
「無い胸逸らされてもねぇ」
ボクの頭の上ではミニマムモードの二人の会話が繰り返されている。物足りないリフルちゃんのために、寮についたらお煎餅をもう少し出しておこう。
「騒がしくてごめんなさい」
「いいんですよ。皆、楽しそうですね」
先生は振り返らないけど、声が弾んでるからきっと嬉しいんだろう。
あ、そうだ。報告しないと。
「ミリアちゃ……えと、王様。依頼されてた件なんですが」
ミリアちゃんの方を振り返ればミリアちゃんがきょとんとした表情を浮かべている。
「あ、あああそうだったわね! ケガしたって聞いて忘れてたわ!」
「あはは……」
心配掛けてしまったのは非常に心苦しい。
それでも、ボクは早く報告しなくちゃならない。ウェリアティタンの荒野――いや、リードン火山で起きたことを。
「今回の件ですが……火山を守る精霊、イフリート・バラヌスは――黒の属性に侵され、その有り様をねじ曲げられていました」
「……何それ。どういうことよ?」
端的に纏めたボクの言葉にミリアちゃんも言葉を失う。
当たり前だ。
だって、黒の力はボクしか使えない。
それなのにバラヌスは黒の力に侵されて歪められていた。
聡明なミリアちゃんなら、きっとなにかに気付いてくれるはずだ。
「……違う。エルルじゃない。ケーラおばさんはもういない。じゃあ……?」
ぶつぶつと口元を隠しながら考え込む仕草は昔から何一つ変わっていない。
ことの大きさを理解してか、ハムちゃんたちも口を噤んでいる。
マトウさんはよく理解してないのか首を傾げている。
「なあ、黒の力ってあれだろ? ナナクスロイさんしか使えない力なんだろ?」
「そうよ。少なくとも私が即位してから学院に届けられた魔法使いの情報で、黒の属性に適合している魔法使いなんて存在していない」
そこまではボクが考えてたことと同じだ。
この大陸に住んでいる人は、魔法使いの適性があるとわかれば魔法学院に届けられる。
魔法が使えること自体がアドバンテージとなる世の中だから、届けない方がおかしいくらいなんだ。
だからボクが欲しいのは、ここから先の情報。ミリアちゃん――国を纏めている人じゃなくちゃわからないこと。他の国との情勢とか。
「他国とも休戦は結んであるしお互いに出し抜く必要性はない。なら……エルル。あなたのお父さんは?」
「ううん。お父さんがどんな人かはわからないけど、多分違う。お父さんは普通の人って、お母さんから聞いてたから」
「そうですね。黒の力を使えるのがナナクスロイの一族であるのならば……その血縁はケーラ様の血筋に当たります」
ボクのお母さん。ケーラ・ナナクスロイは比較的優秀な魔法使いであったとハムちゃんから聞いている。女手一つでボクを愛情たっぷりに育ててくれた凄い人だ。
だから、お母さんは関係ない。そもそもお母さんは十年前に亡くなっているんだから。
「他の一族? それならエルルに接触すると思うし……」
ミリアちゃんも思考を必死に走らせている。今回の件がどれほど重要かを理解してくれている。
黒の力はボクしか使えない。その大前提が崩れてしまうのは非常に危ういのだ。
ボクの力はそれだけ強大で危険なものなのだ。ボク自身使うことを躊躇うほどの圧倒的な破壊の力は、どの属性を用いてもあらがえない絶対的な力。
「急いで調査班を結成させるわ」
「お願いします。で、それと……イフリートの黒は、ボクの黒の力で壊せたんだ」
「それがどうかしたの? 黒であれば相殺というかお互いに影響を受けるでしょうし、だからエルルの両手も――っ!」
どうやらミリアちゃんは気付いたようだ。そしてボクも、話してみてようやく気付けた。
そうなんだ。黒の力同士がぶつかればお互いにただでは済まない。
「ボクの両手は火傷だけだったんだ。黒で負った傷なら、クォール・ヒールでも治せない。イフリートの黒の力は、ボクの黒で一方的に消せたんだ」
明確な答えでは無いけど、多分この予測は当たっているはずだ。
「バラヌスを歪めていた黒の力は――偽物だ」