少しだけ仲直り……?
どうしてミリアちゃんがここにいるのだろう。
いや、魔法学院と王都は隣接しているし、ミリアちゃんはまだ魔法学院に在籍はしてると思うから居てもおかしくはないんだけど。
「懐かしいわね。私とエルルが初めて出会った場所」
「……うん」
あの時と似ていて、ちょっと違う光景。魔法学院小等部に通うようになったボクは、つまらない授業となじめない環境に辟易して図書館に逃げ込んでいた。
大図書館の二階にある一番奥の机。魔法の学術書とは無縁の歴史書ばかりが収められているコーナーは人が集まらないから自然とボクの居場所になっていた。
別に授業に出なくても困らない。けれどお母さんを心配させたくなかったから、授業に出ているフリをしてずっとここで本を読んでいた。
そんなボクに声をかけたのが、ミリアちゃんだった。
ボクのことを知ってか知らずか、ずけずけと一緒に机の下に潜り込んで来て本を読み始めた。
初対面のミリアちゃんは不機嫌な表情で、ボクはそんなミリアちゃんが怖くてびくびくしてた。
『……ねえ。私もここを使ってもいい?』
『え? え? え?』
困惑していたボクはミリアちゃんの問いかけを上手く理解できずずっと戸惑っていた。狼狽えているボクに見かねて表情を崩したミリアちゃんは、自慢するかのように魔道書を見せつけてきた。
『ほら見なさい。私はこんな難しい書だって理解できるのよ?』
『……え。こんな簡単なのが……?』
『なんですって!?』
『ぴゃあ!?』
ミリアちゃんと話すようになったのはそれからだっけ。
あの日ミリアちゃんが持っていた魔道書は図書館にある本で、ボクはすでに読み終えていた本だった。
よっぽど悔しかったのだろう。それから毎日のようにボクたちは図書館中から本を持ち出して読みふけった。
背中合わせに寄り合って、読んだ内容について細かく言葉を交わした。
ボクについてきてくれる人がいた。それがたまらないほど嬉しかったんだ。
「競い合って、学びあって」
「それで、ミリアちゃんがボクを連れ出したんだよね」
「そうね。……アリーシャ先生に沢山怒られちゃったし」
舌をちろりと出して悪戯っぽく笑うミリアちゃんはあの頃と何も変わっていない。
変わったとすれば、ボク。あの頃以上に、ボクは他人が苦手で臆病になった。
「あ、ごめんっ! 先に手を治さないとね!」
「え?」
しゃがみ込んだミリアちゃんの視線がボクと並ぶ。暗がりでミリアちゃんと見つめ合いながら、ミリアちゃんはそっとボクの手をとった。
ひりひりと痛むけど、ミリアちゃんが優しく包み込むように両手を重ねてくる。
「我は歌う。祝福の言葉。慈しむ心を語る。傷を癒して……クォール・ヒール」
スゥ、と痛みが引いていく。クォール・ヒールは治癒魔法としては最高の魔法で、どんな重症であろうと生命力さえ残っているなら治してしまう魔法だ。
かなり高度な魔法である。少なくとも、ボクでさえまだ習得できていない魔法だ。
治癒魔法は無属性に分類されるから、治癒専門の魔法使い以外は覚えやすい治癒魔法を覚えて終わることが多い。
治癒魔法を時間を掛けて覚える暇があるなら、属性魔法に突出した方が有利だからだ。
「クォール・ヒール。使えるようになったんだ」
「エルルに使うためにね」
「……ボクに?」
包帯を取ると、火傷を負う前となんら変わりの無い肌が出てきた。全ての包帯を外して、手を開いたり閉じたりして感覚を確かめる。
違和感はなにもない。完全に治っている。
「ごめんなさい」
「ミリアちゃん?」
ボクの手を掴んでミリアちゃんが謝ってくる。いったい何に謝っているのだろうか。
ミリアちゃんは何も悪いくない。十年前のことも何もかも、全部ボクが悪いんだから。
ミリアちゃんは涙をぽろぽろと零しながら何度も謝罪の言葉を繰り返す。
「……ミリアちゃんは、何も悪くないよ? ボクはしてはならないことをしたから、皆怖がるのは当然だし。それに、ミリアちゃんの事情も知らずに嘘つき呼ばわりした」
ボクを訪ねてきてくれたミリアちゃんを、“嫌い”って言って突き放した。
ボクのために動いてくれたんだろうけど、ボクはそれを信じられなかったから。
「違う! 私が、私がエルルを守れなかったから!」
『守る』
……そうだけど。確かにそうだけど。
「皆がエルルを苛めるなら、私は何もかも捨ててもエルルを守るって決めてたのに! 私は間に合わなかった! エルルの家が燃やされたのに、あなたを守りにいけなかった!」
炎に沈む家を背に、駆けつけたミリアちゃんにボクが突きつけた言葉。
嘘つきって言葉。守ってくれるって言ってくれたミリアちゃんがどれだけ心強くて、誰も味方がいなかったあの時に、どれだけ嬉しい言葉だったか。
「……いいの。しかたなかったんだよ」
ミリアちゃんにどういう事情があるにせよ、駆けつけてくれたということはミリアちゃんはあの状況でもボクを守ろうとしてくれたんだ。
だから、悪いのはボクなんだ。
「ミリアちゃん、ごめんなさい。嘘つきって言って、ごめんなさい」
「違うの。違う、違うの……」
何が違うのかわからない。間に合わなかったのは事実だし、ボクがミリアちゃんを傷つけたのも事実だし。もう、それでいいんだ。
「……ボクが、こんな力をもたなければよかったのにね」
「ちが――! っ~~~~!?」
ごんっ。
「…………」
「…………いったぁぃ」
ボクの言葉を否定しようとして頭を上げたミリアちゃんが勢いよくテーブルの底板に頭をぶつけた。凄いいい音がしたけど、大丈夫なのかな。
「っぷ」
「な、なんで笑うのよ!?」
「あははっ。ごめん、でも、ミリアちゃん昔もそうだったし……っ」
「う……。い、今更机に潜り込む年齢じゃないでしょ!?」
そうだけど、あはは。そうだけどさっ。
自分が頭をぶつけたことを必死に誤魔化そうとしてるミリアちゃんがおかしくてついつい笑ってしまう。
「もう。行きましょ? 皆待ってるわよ」
先に机の下から出たミリアちゃんが、また手を差し伸べてくれる。
ボクはその手をゆっくり掴む。ミリアちゃんは昔みたいにボクを机の下から引っ張り出してくれる。
「行きましょ、エルル」
「……うん。久しぶりだね、こういうの」
「ええ」
手を繋いだまま立ち上がって、ボクたちは歩き出す。繋いだ手はすべすべでしっかりとお手入れされてるんだなーって思ってつい強く握りしめてしまう。
「え、エルル?」
「……だめ?」
あったかい。懐かしい温もりなんだ。ハムちゃんやせるちゃんとも、先生とも。お母さんとも違う。
ミリアちゃんの暖かさだ。
(あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁもうなにこれスベスベというかしゅべしゅべというかにっこり微笑むのずるいわよもう押し倒したい押し倒したい押し倒したいペロペロしたいペロペロしたいペロペロしたいでもいきなりしたら嫌われそうだしええもうどうすればいいの!?)
「ミリアちゃん、顔赤いけど、大丈夫?」
「大丈夫よむしろ絶好調よ!!!」
「……んー?」
耳まで真っ赤にしたミリアちゃんが顔を逸らす。いったいどうしたんだろうか。
あ、もしかしてボクなんかと手を繋いだせいでアレルギーでも出てきた!?
「仲良しじゃねえかお二人さん」
「ぴゃあ!?」
「出たわね童貞ユーゴというか何故ここにいる近衛兵! 近衛兵はどこか!!!!」
「遅いから様子見に来てそれかよ!?」
び、びっくりした……。階段を降りようとしていきなり声をかけられてミリアちゃんとの手を離してしまった。
階下から声を掛けてきたのはマトウさんで。……あ、ラングルスでのこと謝ってないや。
なんで彼がここにいるかもわからないしミリアちゃんも顔真っ赤にして硬直してるしどうしよう。
「あーやっぱり君がエルルなのか! 俺はユーゴ、よろしくな!」
「ごめんなさいやっぱり無理です」
咄嗟にミリアちゃんを壁にして隠れる。無理無理知らない人怖いよどうしてマトウさんはこんなに近いの!?