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食欲>コミュ障




「……これでいいよね。変じゃないよね?」


 誰に聞いてもらうわけでもなく呟いた言葉は小さく消える。

 部屋にある姿見の前で魔法学院から毎年送られてくる制服に袖を通す。

 真っ白なワイシャツを着て、紺色のミニスカート。最上級生を示す赤色のネクタイを巻いて、紫色のローブを羽織り同じ色の魔女帽子を被る。

 サイズは問題ない。ハムちゃんが毎年しっかり計って送っているから。

 必要ないんだけどなぁ。でも、学院に在籍することはお母さんの遺言でもあるから、やめるわけにもいかないし。

 それに来年になれば卒業だ。授業には出なくても必要な単位は取得しているし、なによりボクは特待生だから、出席日数は関係ない。


「……はぁ」


 ついつい食欲に負けて買い物に同行することを許可してしまったけど、改めて気が重い。

 目的のラングルスの街はこの森から一番近い街であるが、貿易都市として名高い街である。王都にはない巨大な港も備えており、この森が存在する王国の中で最も人の出入りが盛んな街である。

 つまり、人が沢山いる。

 考えただけで胃が痛くなる。人の街はどれだけ裏切りの嘘に塗れているのかわかったものじゃない。


 ……大丈夫だよね。ボクだって、バレないよね?

 ラングルスの街は王国以上に栄えていると言われるほど巨大な都市で、王国の中では一番ボクの悪行が知れ渡っていない街、なはずだけど。

 それでも不安が消えるわけではない。

 それでもあの街には人間が沢山いて、ボクは人間が苦手だから。


 どっちみちハムちゃんに同行すると言ってしまった以上断ることも出来ないし、ああもう胃がキリキリしてきた。


「こ、こういう時はトキシラ草で作った粉薬が……けふ」


 机の引き出しを開ける。そこには何種類かの効果の違う粉薬を置いてある。

 いつでも飲めるように薄い紙に包んで仕舞ってある粉薬の一つをさっと口に含み、水で流し込む。トキシラ草というこの森原産の野草は胃の痛みを誤魔化すのに適している。


「うぅ、にがい」


 苦いのは嫌いだけど、胃が痛いのはもっと嫌だから。

 ため息を吐きながらベッドに腰掛ける。ハムちゃんが準備を終え次第声をかけてくるはずだから、それまではベッドに横になっておこう。

 ベッドに身を委ね、ローブが皺になるのも気にせずに寝転がる。ボクをしっかり受け止めてくれるベッドはボク一人には寂しさを感じさせるくらい大きいサイズだけど、たくさんのぬいぐるみがそれを忘れさせてくれる。

 たくさん、と言ってもペンギンのぬいぐるみしかないけど。大好きな動物だしねっ。

 その中でもお気に入りの三十センチほどのキングペンギン。ギン太くんを抱きしめる。


「もふもふ。はー。ぬくい……」


 あーもう、ペンギン、すきー。

 もふもふでふわふわなギン太くんはお日様の匂いがする。昨日しっかり干したから、抱きしめているだけでもぬくぬくできる。

 あー……このままお昼寝しちゃいたいなぁ。


「エルル様。準備は出来ましたか?」


「あ、うん。大丈夫だよ」


 ボクとギン太くんの一方的な抱擁はハムちゃんに声に引き裂かれる。うぅ、ペンギンー。

 のそのそと起き上がるけど、だるいなぁ。


「あ、忘れてた」


 部屋のドアを開ける前に、忘れ物に気付いた。森の外に出るのなんて数年ぶりだからすっかり忘れてた。

 机の上に纏められた長方形のカードの束。ボクみたいな魔法使い――召喚士サモナーのみが使うことが出来る魔法のカード。

 ボクたち召喚士サモナーは、魔法への耐性を持つ魔物などを封印し、使役する特殊な魔法使い。都市や街、王都といった人の住む場所以外に潜む魔物たちが増え続けると同時に数を増していった魔法使い。

 ……まあ、今では召喚士サモナーであることが当然みたいな風潮があるけどね。

 このカードはその召喚士サモナーの象徴とも言える。その中でもボクが持っているカードは特別で、普通ではない存在が封印されている。


「じゃ、行こうか」


 カード越しでは会話は出来ないけど、ボクの声は届いている。デッキと呼ばれる三十枚のカードの束をホルダーに仕舞い、腰に付ける。


「……胃痛でごろごろしてると思ったのですが、思ったより早く出てきましたね」


「ボクだってやるときはやるんだよ」


 トキシラ草の粉薬は早く効くし効果時間も長いし、ほんと便利な薬草だよね!


「ドーナツが掛かっていますからね」


「う」


 ど、ドーナツは特別だしね!




 外の世界はいつだってボクを拒絶してくる。

 これだから。これだから、外に出たくなかったんだ。

 ほら見てよ人の届かぬ高見で仁王立ちするあの忌まわしい存在、太陽を!

 今の今まで家の中か森の中くらいしか行動範囲でなかったボクを歓迎するかのように世界を灼熱に包み込んだ忌むべき存在を!


「あづい」


「季節は夏季ですからね」


「気付かなかった……」


 カレンダーを見る気もなかったし、外の世界の情報もろくに調べなかったし。なにより日付の感覚なんて麻痺してたし。

 ああもう日差しがきついよー眩しいよー暑いよー。


「ねえハムちゃん。ラングルスの街まで結構な距離があると思うんだけど……」


 ボクの記憶では、ラングルスの街までは歩いても四時間は掛かる。

 当然、馬車があるわけではない。ボクが封印しているいくつかの魔物に、長距離移動のために使える魔物はいない。

 ボクの質問にハムちゃんはにこにこしている。


「徒歩?」


「ええ」


「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~……」


 エルルの冒険は森の入り口で終了です。いやいや。いやいや死んじゃうって。


「ボクがどれだけもやしかわかってるよねっ。そんなに長時間太陽浴びたら灰になるよ!?」


「なりませんし普段運動しませんからちょうどいいと思いますが?」


「限度があるよ!?」


 それに体力作りとして森の中を散策はよくしてるし!

 それが四時間歩き続けられる保証ではないけど!

 うぅ、浮遊魔法を使って負担を軽減してもいいんだけど、浮遊魔法なんて人に見られたらボクだってバレちゃうかもしれないし。

 あうあうあう。ここはやっぱりボクは家の中で待機するのが一番なんじゃないかな!


「わかりました」


「そうだよ。ここは大人しくボクは家に帰って――」


「ドーナツにチョコレートをかけましょう」


「ちょこぉ!?」


「歩きますよね?」


「はい!」


 ……あれ?

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