いざ、王都へ
「いやじゃいやじゃいーやーじゃー! 父上とはなれたくないのじゃー!」
「リフルちゃん落ち着いて!?」
「いーやーじゃーーーーーーー!」
バラヌスの腕にしがみついて首を横に振り続けるリフルちゃんは幼子の見た目も相まって完全に駄々っ子である。
バラヌスもそんなリフルちゃんをどうしようか考えあぐねている。
うーん。バラヌスはいったいどうしたいんだろう。
「……リフルよ」
「父上っ。父上は妾が嫌いになったのですか!?」
「そうではない」
「なら傍にいるのじゃ!!!!」
「ううむ……」
あ、これ困ってる奴だ。ちらりとボクたちの方見てきたし。
リフルちゃんを外の世界に連れて行く。それはきっと、外の世界で学べることがあるからだとバラヌスは考えているのだろう。
けどリフルちゃんからしてみれば大問題だ。バラヌスは回復したばかりだし、この荒野と火山をこれから率いるのはリフルちゃんなわけだから、追い出されるような気がするのだろう。
一番大事な人に別離しようと言われたら、ボクだって混乱するよ。
「リフルよ。我はそなたに調べてきて欲しいのだ。我をああした者のことを」
「うっ……で、ですが。それならば他の魔物を派遣すれば事足りるではないですか!」
「他の魔物では返り討ちにあうに決まっているであろう。我すら操られたのだぞ?」
「うっ」
バラヌスの提案に、なおもリフルちゃんは食い下がる。それだけリフルちゃんがバラヌスのことが大好きだって伝わってくるから、ボクたちは口を挟めない。
バラヌスもまたリフルちゃんの気持ちをわかっているからこそ強引に引き剥がせないのだろう。
……いいなぁ、ああいうお父さんって。ボクにはお父さんがいたころの記憶なんて残ってないから、どういう人かはわからないけど。
バラヌスみたいに子供を大切にしてくれる人だったら嬉しいな。ついでにとことん甘やかしてくれる人だったらいいなぁ。
「いやです。いやなのじゃ。せっかく父上が元に戻ったのに、別れるだなんて……」
「リフル。別れではない。お前はこれからこの火山を率いる精霊へと成長するために、旅をするだけだ」
バラヌスが空いた手でリフルちゃんの頭を優しく撫でる。もうあれ手というか指な気がするけど。
「ですが、ですがっ」
「お前は我の後継者よ。誇り高きイフリートよ。ならば、すべきことはわかっているのだろう?」
バラヌスの言葉はもっともだ。リフルちゃんを次期イフリートとしてより高みに登って欲しい、そういう思いもあるのだろう。
リフルちゃんは視野が広い。バラヌスから支配権を奪うことも、迷わずボクと契約することも躊躇わない度胸もあった。
出会ったばかりのボクに、自分を捧げてくれたのだ。それほどまでにこの大地を、お父さんを大切に思っている。
「ぐすっ……ちちうえ。ちちうえ……っ」
バラヌスの言葉にリフルちゃんは涙を拭いながら身体を離す。そんなリフルちゃんに、バラヌスは自らの角を折って差し出した。
「父上っ!?」
「リフル。これこそがこの大地の支配者の証である。お前がこの旅から戻ってきた時、この地はお前が守るべき土地となるのだ」
それはリフルちゃんたちにしかわからない大切な儀式なのだろう。リフルちゃんはまた溢れた涙を拭うのも忘れて角を受け取る。
その角が、バラヌスの覚悟を伝えたのだろう。抱きしめた角はゆっくりとリフルちゃんの中に溶け込んでいく。それと同時に、リフルちゃんの魔力が爆発的に高まったのを感じた。
「わか、ったのじゃ……リフルは必ず、おのれを磨いてきます」
「うむ。それまでは我がしっかりとこの大地を守ろう。今度こそ、な」
微笑み合うイフリート親子を眺めながら、ふと思い出す。
……手の激痛を。
「あーだめ。やっぱ痛い壮絶に痛いどうしよう泣いていい?」
「泣いたら私が全力で涙舐めるわね」
「変態さんだー!?」
今の今まで重苦しい雰囲気だったのにどうしてせるちゃんはこうも変態さんなのかっ。
痛む手を押さえようとするとさらに手が痛む。カードで治癒しようにも触るだけでもう激痛が走って魔力を集中させることも出来ない。
これでは治癒魔法を使うことも出来ない。
さて、どうしようか。
「うーん……。静養しないとなぁ」
しばらくなにも触れないからお風呂も厳しいけど、お家の中でゆっくりしてハムちゃんとせるちゃんにいろいろ手伝ってもらえばどうにか生活することは出来るだろう。
同行することになったリフルちゃんには申し訳ないけど、この手が治るまではゆっくりするしかない。
まあしばらくは疲れたしゆっくりするつもりだったけどね!
「何を言っているのですかエルル様。このまま王都へ向かいますよ」
「……へ?」
いやーその、ハムちゃんが何を言ってるかわからないなー。王都に寄る必要なんて全くないよねー?
「王都であれば治癒専門の魔法使いもいるでしょうし、依頼の報告も出来ます。その手で森に帰るなど、許しません」
「え、で、でも」
王都は、まずい。あそこには嫌な思い出しかない。ボクを知ってる人も多いし、なにより……ミリアちゃんがいる。
報告となればこの怪我までミリアちゃんの耳に入ってしまうだろう。
その時どんな顔をするだろうか。哀しむのか、喜ぶのか。
……嫌だなぁ。
「エルルは王都が嫌いなのか?」
「嫌いっていうか……行きたくないというか……」
「妾だって父上との別れを我慢して同行するのじゃ。お主も我が儘を言うでないっ」
さらりと八つ当たりじゃないそれ!?
リフルちゃんの旅立ちと王都に寄ることは全く関係ないんだし!
「エルル、私も嫌だけどエルルがいつまでも痛がるのは嫌よ?」
「うっ」
せるちゃんが不安げな表情でボクを見つめてくる。
う、うぅー……。心配かけちゃ、駄目だよね。
「わ、わかったよ。王都に、行こう」
「よろしくなのじゃ!」
次の目的地が決まったことでリフルちゃんが後ろから抱きついてくる。ちっちゃなリフルちゃんは軽すぎてボクでも受け止められるほどだ。
あ、ちょっと待ってそれでも体勢崩して地面に転がっちゃってつい反射で手を突いちゃって――。
「~~~~~~~っ!?」
痛い痛い痛い痛い痛い!
あまりの痛さに地面をごろごろしてしまう。あーもうゴツゴツの地面がさらに痛い!
「あ、悶絶してる」
「悶絶してますね」
「悶絶してるのじゃ」
誰のせい!? リフルちゃんの!!!
「……任せておいてだが、大丈夫なのだろうか」
ほらもうバラヌスにまで心配されちゃったよ!?
手を使って立ち上がることも出来ないから、ハムちゃんに抱き起こしてもらう。うぅ、両手が使えないとこんなに不便だなんて……。
「あーもう。早くいこうよ。ハムちゃんだったら火口から飛んでいけるよね?」
「可能ですね」
道すがらリフルちゃんにもミニマムモードを教えて小さくなってもらおう。そうしないとハムちゃんの上のスペースがちょっと狭くなるしね。
……あ、このままじゃハムちゃんの上に移れない。
「せるちゃん、ハムちゃんの上に移動させて?」
「いいわよっ!」
「変なとこ触らないでね?」
「………………………………善処するわ!」
「何その間は!?」
せるちゃんが凄い勢いで表情を変えていた。もう、先に言っておかないと怖いんだから。
余談だけど、ハムちゃんの人と竜との相互変身は火山に向かう時に一度封印を解除したからハムちゃんの意思で自由に行える。
普段封印しているのは、あくまでボクの消費魔力を減らしておきたいとのことだ。
うーん、このさいだからずっと解除しておこうかな。ハムちゃんが変身できると便利だし。
最悪街に行く時の変身も断られないしね!