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黒きバラヌス




 地上へ繋がる坂道を上り続けると、徐々に気温が上昇していくのを肌で感じた。

 そう考えるとリフルちゃんたちが避難していた洞窟はずいぶん気温が低かったなあ。


「ん、どうかしたのじゃ?」


「ああ、洞窟って結構涼しかったなーって。せるちゃんが冷やさなくても結構快適だったみたいだし」


 ボクの言葉にせるちゃんも同意する。もとより周囲の気温を冷やそうとしていたけど、洞窟に落ちてからはそれを止めていた。


「うむ。地上はすでに灼熱の大地と化していたのでな。熱にやられたものたちを気遣って妾が地熱を喰らっていたのよ」


「……それ、結構すごいことじゃないの?」


 せるちゃんはあくまでも氷を周囲にばらまいて強引に気温を下げていた。

 リフルちゃんは外的要因ではなく、この大地の気候を直接食べた……自分に取り込んだ、ということ。

 いくらイフリートだとしても、そんなことが可能なのかなぁ。


「そりゃ妾は次のイフリートじゃからな!」


 ふふーん、って誇らしげに上体を逸らしてる。

 まあ、ウソを吐いている感じはしない。ウソを吐く必要もないか。リフルちゃんが出来ると言うのだから本当に出来るのだろう。

 いやー、精霊って凄いなあ。


「さて、もうすぐ地上じゃな」


「ここを出たらどこに出るのですか?」


 ハムちゃんが持っていた地図を広げると、リフルちゃんは軽やかに跳躍しハムちゃんの肩に座った。

 ハムちゃんは少しだけ不機嫌な表情を見せたけど、すぐに表情を戻す。


「ここ。ここじゃな」


 そう言ってリフルちゃんが指差したのは、荒野の中心。地図上で言えばそこには巨大な山が、リードン火山が存在している。


「リードン火山の火口に出るのじゃ」


「……そこに、イフリートは来るのですか?」


「来るもなにもない。ウェリアティタンの荒野の中心である火口を抑えてしまえば、理性を失ってるとはいえ父上も必ず来る」


 ……ふむ。

 つまり火口でリフルちゃんの力を解放して、イフリート・バラヌスからこの荒野の支配権を奪って強引に大地の熱を取り込む、ということだね。


「出口よ」


「わぁ――ってあっづい!!!」


 わかってた。わかってたことだけどものすごく暑い! せるちゃんが咄嗟に周囲を冷やしてくれるけどそれでも暑いというか荒野よりも暑いんじゃないのこれ!?


 それもそのはず。ここはリードン火山の中心――火口である。

 洞窟から出てきてすぐに見える火口には煮えたぎるマグマがボコボコと音を立てている。

 どのくらいの温度なのだろう。触ってはいけないものとはわかっているけど、鋼鉄くらいなら容易く溶かしてしまいそうだ。


「エルル、準備はいいのか?」


「あ、うん。大丈夫だよ」


 火口を覗き込むのはやめよう。万が一落ちてしまうかもしれないから。

 リフルちゃんが火口の前に立ち、ボクはリフルちゃんと契約したカードを掲げて彼女の後ろに立つ。

 精霊や魔物と契約した召喚士サモナーの力の真髄とは、魔力をさらに供給することで、その精霊の力を増幅させる。

 自由意志を持ち、人間と交流・対話することが出来る精霊にとって人間と契約することによるメリットがそれだ。

 本来自然回復するか魔物を喰らうことでしか得られない魔力を、人間との契約に基づき過剰供給して貰える。

 せるちゃん曰く、魔力は非常に甘美なのに複雑な味わいらしい。人間じゃ味わえない高密度のエネルギー。


 そしてボクは、普通の人間よりもさらに魔力を多く供給できる。


「契約を告げる。炎の精霊リフルに魔力を捧げる――」


「おぉ、きとる。みーなーぎーるーぞー!」


 リフルちゃんの身体は赤い光を纏い、両手に炎を浮かび上がらせる。

 炎はたちまち巨大になり、リフルちゃんの姿を飲み込んでしまう。


「炎霊覚醒・イフリート・リフル、じゃっ!」


 炎が意思を持つ。

 炎が形を持つ。

 炎が四肢を持つヒトの姿を形成する。

 それはまるで女性を思わせる――巨人だ。


 これが、リフルちゃんの精霊としての姿。存在するだけで周囲に熱を振りまくイフリートの力。大自然の中で暮らし、世界の炎を司る赤き力。


 大口を開けたリフルちゃんが火口に向けて大きく息を吸うと、たぎるマグマから灼熱色の光線が伸びてリフルちゃんに吸い込まれていく。


「あれがイフリートの力……?」


「そうみたいね。どんどん気温が下がっていくわ」


 あまり元気のなかったせるちゃんが汗を拭う。せるちゃんの周囲がキラキラと光っているのは、溶けて再び凍った雪の結晶が乱反射しているのだろう。

 とても綺麗でミスマッチな光景に思わず見とれてしまう。


「――来ます!」


「ッ!!!」


 警戒していたハムちゃんが声を荒げた。

 それはボクにも感じられた。空、火山の頂上から漆黒の太陽がもの凄い速度で降りてくる。

 あれが、イフリート。変質してしまったリフルちゃんのお父さんでありこの荒野を支配している炎の精霊――イフリート・バラヌス。


 ――メキ。


「え……」


「なん、じゃと」


 ――メキ、メキ、メキメキメキメキメキ。

 なにかが砕けるような音が聞こえた。中空に浮かぶ球体のイフリートに亀裂が走る。


「砕ける? 違う、これは――」


 ――アァァァァァァァァァァァァァ――


「っ! 父上ぇ!?」


 リフルちゃんが悲鳴をあげると、イフリートもまた咆哮をあげた。

 あまりにも重すぎる咆哮。まるで、世界を呪うような雄叫び。

 呪詛だ。これは、呪詛だ。


 赤青緑茶黄紫銀無のどの色でもない。


「黒の、力……?」


 ボクの予想通りの最悪の展開であり――ボクたちの予想外の展開である。

 漆黒の球体は、球体ではなかった。固まっていた関節をほぐすように球体が展開(・・)していく。

 それは竜の頭を持つ岩石の体躯を持つ巨人だった。

 額から伸びる一本角は漆黒の体表の中で唯一赤く染まっている。

 あの角に、全ての熱量が詰まっている――人目見て、わかってしまうほどの熱量だ。


「父上、正気に戻ってください! そのような呪いに負けないでください!!」


「コ、ワス」


 炎の巨人となったリフルちゃんがバラヌスの前に立ち塞がり、両手を広げて制止する。


 駄目だ。今のバラヌスに言葉は――。


「壊レロォォォォォォォォォォォォォッ!」


「な――」


 一瞬の出来事だった。

 バラヌスが頭を振り下ろすようにして角を振るうと、そこに蓄積された熱が光線となってリフルちゃんを焼いた。


 炎の巨人が崩れていく。炎が剥がれ、中からリフルちゃんが力を失って地面に落下する。


「リフルちゃんっ!」


「エルル様、近づいてはなりませんっ!」


 慌ててリフルちゃんを抱きかかえるとハムちゃんの怒号が聞こえてきた。

 でも、リフルちゃんを放っておけない。一撃で炎の姿を破られたということは、この地の支配権を奪うことに失敗したということなのだから。

 リフルちゃんは息も絶え絶えに苦しく喘いでいる。


「ぜー、はー。はー、ち、ちち、うえ……」


「リフルちゃん。リフルちゃん、しっかり!」


 なんで。

 なんで、バラヌスが黒の力に染まってるの!

 それは有り得ない。有り得ちゃいけない。

 だって、どの属性にも当てはまらない“黒”の力は。


「どうして黒なんだ! なんで!? 黒の力はボクしか使えないはずだよ!」


 この世界には、どの属性にも当てはまらない極限の属性が二つ存在している。

 まるで光と闇のように。お互いを喰らい合う。そのほかの全ての干渉を許さない圧倒的な暴力。

 破壊の黒と、消失の白。

 ボクが、世間から疎まれている理由。


 ボクは、壊すことしか出来ない魔女。

 その力はボクだけが持ち得た伝承の力。

 ボクがその力を発現したからこそ御伽話が真実となった。

 ボクしか使えないのに。


「エルル様、そんなことより退避を!」


「壊ス。壊レロ。全テ。全テスベテスベテスベテスベテスベテスベテッ!」


「あ――」


 バラヌスが再び空を仰ぎ、再び灼熱を伴った角が振り下ろされた。

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