炎の精霊リフル
「落ちるぅぅぅぅぅぅ!?」
「エルル様っ」
「ハム、ナイスキャッチ!」
幸いなことにぽっかりと空いた穴はそれほど深くは無く、すぐさま体勢を整えたハムちゃんが地面に激突する寸前に受け止めてくれた。
「ありがと、ハムちゃん」
「いえ、無事で何よりです」
「しまった私が受け止めて好感度上昇チャンスだったじゃない!」
うん、せるちゃんも無事だったようだし放っておこう。
しかし……ここ、どこなんだろう。
周囲を見渡してみると、真っ暗な世界のところどころがほのかに発光している。
なんだろう、これ。
「……ホタル?」
えーと、たしかお尻が光る虫だっけ。それにしては図鑑で見るよりもずいぶん明るい……?
「バルーア・ホタルじゃ。この荒野にしか生息していない希少種じゃぞ?」
「あ、そうなんですか。ありがとう……って?」
いきなり声をかけられて気付いた。ボクたちのすぐそばにもう一人、知らない人がいた。
暗がりの中から出てきたのは、真っ赤な衣装に身を包んだ真っ赤な女の子。
大きな蝶々のようなリボンで灼熱のような真っ赤な髪を纏め、くりくりっとしたまん丸な瞳がボクを見つめている。
……そして、耳元辺りから空を刺す様に伸びている角。
この子、人間じゃない。
魔物か、精霊……?
ボクよりもさらに小さい。だいたい……130センチくらいしか身長が無い。
「お主、人間か?」
「ひぇっ!?」
迫られて体勢を崩してしまう。
「あいたたた……」
「だ、大丈夫か?」
おろおろと焦った表情を浮かべている。お尻を打って少し痛むけど、女の子が伸ばしてくれた手に捕まって立ち上がる。握った手は普通の人とは思えないほど熱く、とても人とは思えない。
……やっぱり、魔物なのかな。
というか角の生えた人間なんていないしね。そう思って差し伸べられた手を掴んだけれど。
「えーと。君は?」
「質問してるのはこっちじゃ!」
あ、そうだったよね。
「エルル。エルル・ヌル・ナナクスロイです」
ボクの名前を聞いて満足したのか、女の子は胸を反らしてウンウンと頷いている。
それに繋がるようにハムちゃんも恭しく礼をして自己紹介する。
「バハムートです」
「……は?」
あ、目をキョトンとしてる。
「セルシウスよ。なんなのこの暑さは……」
「はぁ!?」
あ、キョトンから一転して硬直してる。
「ば、ばばばばばばバハムート、セルシウスじゃと!? 貴様ら火山に攻め込んできたのか!?」
……あれ。なんか変な思い違いしてる?
「あ、あの。ボクたちはリードン火山の調査に来たんです。ここ最近、人間が大火傷を負わされているって聞いて」
ボクの言葉を聞いて、ピタっと身体を硬直させる。
どうやら話を聞いてもらえそうだ。問題は、事態の解決に協力してもらえるか。
「調査、じゃと?」
ゆらゆらと角が揺れている。え、動くの?
角がしばらく揺れている間、女の子は腕を組んで考えるようなそぶりをしている。
「……ふむ。エルルから感じる魔力……ううむ。これなら」
しばらくすると揺れていた角が止まり、、女の子はボクたちに背を向けて暗闇を歩き出す。
ついてこい、と小さく付け加えて。ボクたちは女の子の言葉に従うことにした。
「まずは謝罪を。まさかそこまで被害が出ているとは思っていなかった。この地を守る者の代行として……申し訳ない」
「この地を守る……?」
「ということはアンタがイフリートなの?」
ボクが抱いた疑問をせるちゃんが言葉にする。
この地を守る存在は炎の精霊であるイフリートのはずだ。
代行、とも言っていたけど……まさか、イフリートになにかあった?
「妾はリフル。イフリート・リフル。次代のイフリートを継ぐ者であり、当代のイフリート・バラヌスの娘じゃ」
「え、精霊なのに親子関係なの?」
女の子・リフルちゃんの言葉に思わず質問してしまう。
本来精霊とは大自然の中で生まれたものであり、そこに親子といった関係性は生まれないはず。
そして精霊が世代交代するという話を初耳である。ハムちゃんやせるちゃんからそういう話は聞いたことがない。
二人ともかなり長い時を生きてきた精霊のはずなんだけどな。
ちらりと二人を見るとさも当然のような顔をしている。
「そりゃそうよ。世代交代する精霊なんてイフリートくらいよ」
「そもそも私は精霊ではなく竜ですし」
あ、そうなんだ。いやはや世界は奥深い。まさかこんなところで精霊の秘密に少し関わることが出来たのは光栄だ。
「地上で漆黒の球体を見たじゃろ? 灼熱を吐き、全てを渇かす死の太陽を。……あれが、父上じゃ」
「え?」
あれが、イフリート?
どこからどう見ても摩訶不思議な魔力の塊って感じがしたし、精霊って感覚はぜんぜんなかったけど。
「……父上は、呪われたのじゃ」
「呪われた?」
呪い――魔法と似て異なる、恨み、辛みなどから生まれた悪しき意思の力。
外法とも言われている強烈で凶悪な呪いは、魔法では出来ないことも可能とすら言われている。
その代わり、代償も大きいと。
うーん。呪いに関しては魔法使いのボクじゃ知識が足りなすぎる。呪いは王国より東の国とかに少しだけ存在してるものだし。
『紫の一位』なら呪いの研究をしていると聞いたことがあるけど……いない人のことを考えても仕方がない。
「うむ。本来精霊とは大自然そのものである。故に他の魔法によって性質が変化することなどないのじゃが……」
リフルちゃんの言葉に胸が痛む。
精霊の性質をねじ曲げるほどの力。リフルちゃんはそれを呪いと呼んだ。
大自然そのものである精霊をねじ曲げることが出来るというのは、例えば熱帯の世界を凍てつかせてしまうとか、自然そのものを変えてしまうほどの力ということ。
もしかして……ううん。それは違う。
それは呪いではない。いや、呪いといえば呪いなのかもしれないけど、少なくともボクがいま考えていた恨み辛みで出来上がる呪いとはかけ離れている。
でも、おかしいんだ。
「……ねえエルル、それって」
「うん。……なにか、嫌な予感がする」
こういう時の嫌な予感ってのは大抵当たるものだ。
「ここは変貌してしまった父上から逃れた魔物たちが隠れ潜む洞窟なのじゃ」
徐々にホタルの光が強くなり、上へと伸びる坂道の前にたどり着いた。
坂道の上には光が見える。ホタルの光ではない。地上の光だ。
差し込んできた地上の光のおかげで、ボクたちがどのような空間にいたのかようやく把握できた。
天然の洞窟はかなり広大であり、今まで気付けなかったけどよく見れば周囲にリザードマンやゴブリンといった魔物たちが小さく縮こまっていた。
皆、イフリートから逃げてきたのだろう。
地上に戻れないまま、いつこの洞窟も襲われるかの恐怖に苛まれて……。
「エルル。……お主なら、父上を元に戻せるか?」
……ウェリアティタンの荒野の問題は、なにものかによるイフリートの変容・変貌が原因だった。
これがリフルちゃんの言うとおりの呪いであれば、ボクたちはこの情報を王国に伝え、呪いのエキスパートである『紫の一位』に出動を要請するべきだ。
でも、これはそういう呪いではない。
そしてこの力は、ボクが一番詳しいときた。
……疲れ果てた顔で懇願してくるリフルちゃん。きっと、お父さん――イフリート・バラヌスをどうにかして戻せないか手を尽くしたのだろう。この荒野に住む魔物たちを退避させ、お父さんの代行としてずっと尽力してきたのだろう。
「ハムちゃん、せるちゃん」
「わかりました」
「エルルが望むなら、私はそれに従うだけよ」
言葉にしなくても二人はわかってくれる。ボクの大切な理解者であり、家族である。
ボクにお父さんはいないけど、ハムちゃんやせるちゃんはボクの親同然な家族で……そんな二人がイフリートと同じような目に遭ったら、ボクもリフルちゃんと同じように動くだろう。
だったら。
「確約は出来ないけど、がんばるよ」
リフルちゃんの表情に満開の花が咲いて、ボクたちはイフリートを元に戻すと決めた。




