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激務の女王は想いを馳せる。




 職務の合間でようやく休憩を取ることが出来た私――ミリアリア・ハイゲイン・アルトリアはふんわりとした茶葉の香りを味わいながら紅茶を口に運ぶ。

 そろそろエルルはウェリアティタンの荒野に向かっただろう。

 あの子は後で楽をするために努力を惜しまない。大金が掛かっている任務ならば余計に迅速に動くだろう。

 ……無事に帰ってきて欲しいなぁ。


「あつっ」


 考え事をしすぎてついつい忘れてしまったが、熱いものが苦手な私には少々この紅茶は熱すぎる。


「……私の紅茶は特別ぬるめにしてっていつも言っているでしょう?」


「も、申し訳ございませんっ。すぐにお取り替えします!」


 慌てて紅茶を持っていこうとするメイドを片手で制す。

 口を付けた以上はきっちり私が頂く。それは幼い頃からの母の教えであり、どんなものも一つも無駄にしてはならないという私の信念だ。


「ふー、ふー」


 だから精一杯ふーふーして冷まさないと。職務の合間でようやく貰えた休憩時間は長くは無い。

 この後は隣国の王女と会談もあるし、その間にも書類が山のように重ねられていくだろうし。


「あーもう。自由な時間がほしいわよっ」


 メイドを下がらせて悪態を吐く。王を継ぐことは私の望みだったからこそ、王としての責務を果たすことには何も不満は無い。

 五年前に父を引きずり下ろして王位を継承してからあまりにも慌ただしすぎた。

 私をただの小娘だと甘く見ていた大臣たちは四年を費やしてようやく私を王と認めた。

 私を才に驕った魔法使いだと高をくくっていた学院の講師たちは、そこから三ヶ月の間に全員に認めさせた。

 つい先日十八歳の誕生日を迎えた私は、『黄色の一位(イエロー・ワン)』でありアルトリア聖王国の女王として名実ともに完成した――とも言われている。


「エルルにここまで会えなくなるのは予想外よ……お父様はもっとちゃらんぽらんに街に遊びに行ってたくせに」


 あの人が私ほどでは無いけど優秀だったのは認めている。今の私は王としてはまだまだ要領を得ていないだけなのだ。わかってはいる。わかってはいるが。


「エルルのために女王になったのに」


 エルル・ヌル・ナナクスロイ。

 私の唯一の幼馴染み。私と唯一肩を並べられる魔法使いにして、唯一私を超えている召喚士サモナー

 鮮やかで明るい新緑の髪と透き通るような琥珀色の瞳の少女は、王族であり学院でずっとひとりぼっちだった私に出来た唯一の友達だ。

 同世代を比べて優秀すぎた私と遜色ない知識を持ち、私よりも膨大な魔力を持った間違いなく天才の少女。

 あと本当に可愛すぎる。短く切りそろえてもちゃんと手入れがされた髪は触ればサラサラだろうしくりっとした丸い瞳は同じ歳とは思えないほど愛らしい。

 平均より少し背が高い私と比べると低めの身長は抱きしめるにはちょうどいいサイズだし、控えめに育ったスタイルはスレンダーでとても滑らかそうで舌を這わせたくなるほど。


「……っは! 涎が」


 いけないいけない。エルルのことを考えるとついつい。

 私は私の魅力を十分に理解しているし、十分に磨いてきたつもりだ。社交界ではひっきりなしに声をかけられるし、引き締まった腰に比べて胸もお尻もちゃんと成長している。

 ちょっと胸は大きくなりすぎた気がするけど。おかげで肩がこって仕方が無い。


「はぁ。エルルに会いたい……」


 会いたい。抱きしめたい。頬ずりしたい。ちゅーしたい。

 幼馴染みとして研鑽を積んできたエルルのことを、私は友達としてみていない。それが世間では異常なこととはわかってはいるが、別にお父様だって騎士団長に手を出していたしもう暗黙の了解だ。

 愛している。エルルという女の子を愛している。

 というか反則よ。私よりも優れているのに驕るどころか屈託なくにこって笑うのよ。純粋に魔法の知識を求め勉学に勤しむ彼女がとても眩しくて、辛くて悲しくて塞ぎ込もうとしていた私にそっと手を伸ばしてくれた。


「会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたいああもうエルルと結婚したい! 幸せにしてあげたいわよもう!!!」


 とはいえ、今の私にはそれができない。国の決まりとかでは無く、私はエルルに嫌われている。

 私が嘘つきだから。

 私が、エルルを守ると言っておきながら守れなかったから。

 今でもあの日のことは忘れられない。

 嘘つきと、エルルに初めて拒絶されたあの日のことは。


「……はぁ」


 私が悪い。私がエルルを裏切ったから。だからエルルは今もあの森の中に籠ってしまった。私がエルルの未来を奪ってしまった。


「失礼しま――ってうわなんだこの陰険な雰囲気は」


「……なんだ、ユーゴか」


「なんだはないだろ。女王陛下」


「ミリアでいいって言ってるでしょうが」


 私の部屋に入ることを許されているのは、世話役のメイドと心を許した友人たちのみ。

 そんな友人たちの中でも一番日が浅い男。しかも出身はこの大陸ですら無く遠い異国であるニトゥーリから来た少年。

 ユーゴ・マトウ。あちらでは姓を先に名乗るから、本来はマトウユーゴ、だったはず。


「何しに来たのよ」


「……暇つぶし?」


「アンタ暇つぶしで女王の部屋を訪れるの? せめて口説きに来たくらい言いなさいよ」


 もちろん口説かれてもなびかないけど。私はエルル一筋だしっ!


「やだよお前みたいなダイナマイト誰が口説くか。俺はもっとスレンダーで大人しめな女の子が好みだ」


 それはそれで私に魅力が無いように言われてる気がしてちょっとむかつくけど、まあスレンダーで大人しめな女の子が好きってのは概ね同意だから流してあげましょう。


「で、今をときめく『銀の一位(シルバー・ワン)』が暇つぶしできたの?」


「やめろよ。慣れてないんだから」


「慣れなさい。この国に滞在する以上、その実力は国家としては放っておけないんだから」


「むぅ……」


 わずか一ヶ月。そう、わずか一ヶ月でこの国の【色彩の階位(カラーズ・ステア)】は変動した。異国からの来訪者、ユーゴ・マトウの登場によって。

 召喚魔法も封印魔法もそつなくこなし、金属を多彩に操る彼は瞬く間に銀の魔法使いたちを蹴散らし、その一位の座にたどり着いた。

 先日ラングルスで行われたグリード・レギンダットとの召喚決闘(サモンコンバット)こそがその実力を見極める試練であり、見事勝利した彼を否定する者はいなかった。


 前代未聞の快挙であり、魔法学院の講師たちは(おのの)いていたという。


 ……これだけの実力、エルルや私に並ぶかもしれないわね。それでもエルルのほうが上だけど。


「って、そうだよ。聞きたいことがあったんだ」


「言っとくけど私の休憩時間はあと十分もないというか何アンタ私のベッド見てるのよ変態!?」


 いくら私に興味ないって言ってるとはいえ同世代の男にベッド漁られるのは恥ずかしいのよ!?


「とと。これだこれだ」


「ユーゴ。今なら不敬罪だけで死刑にしてあげるから大人しくそれをベッドに戻しなさい」


「こええよ!?」


 ユーゴが手に取ったそれをベッドに戻す。百五十センチほどの、私が全身を使って抱きしめればちょうどすっぽり抱きつける抱き枕を。

 エルルの全身が描かれた抱き枕を。私の宝物を!!!


「ああもう私のエルルコレクションが汚れたじゃない!」


「悪い悪い。その子、エルルって言うのか?」


 そうよ、とぶっきらぼうに返してエルル(抱き枕)を布団の中に戻す。これを抱きしめて寝るだけで安眠が約束される嗜好品だというのにまったく。


「あーいや、その子をラングルスで見たことがあってな。可愛かったよなー」


「当然でしょ。エルルだからよ!」


「そうそう。体付きも細くて抱きしめたら壊れちゃいそうでさ!」


「うんエルルへの劣情は私以外抱いちゃダメだからユーゴは今すぐ斬首刑」


「なんだよそれ!?」


 ラングルスをエルルが訪れたのは知っている――というか、先生の来訪に合わせてお茶請けを用意するためにラングルスへ向かうであろうタイミングを見計らって帰り道に結婚の申し込みをしに行ったくらいなのに。

 まさかユーゴがエルルと出会っていたなんて。確かにあの日、ユーゴへの試練が行われていたから出会っていても不思議じゃ無いけど、ただの人間とエルルが会話をするなんて……。


「まあ会話もろくにせず閃光フラッシュを喰らって悶えてる間に逃げられちゃったけど」


「ナイスエルル!」


 ガッツポーズを決めておく。さすが私の嫁(確定)。


「……で、あの子が噂のエルル・ヌル・ナナクスロイなのか? ウェリアティタンの荒野に向かったって」


 頭をかきながら、ユーゴの表情が少しだけ真剣になっている。言いたいことは分っている。エルルは私やユーゴと同じまだ十八歳の女の子だ。

 そんな女の子に危険な依頼を任せたことを追求しているのだろう。最悪、自分に任せろとでも言い出しかねない雰囲気だ。


「そうよ。そして、この国の誰よりも強くて優しい女の子よ。私やアンタよりも。他の一位の誰でも敵わない最強の魔法使いよ」


 少しのウソを織り交ぜてエルルの強さを説明する。ユーゴよりも強いと私が公言しておけば首を突っ込んだりしないでしょうし。


「強いのか。じゃあ今度勝負挑まないとな!」


「しまった逆効果だったー!?」


 とりあえずユーゴを牢屋にでもぶち込んでエルルと会わせないようにしようそうしよう!

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