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迷いの森のエルル

このたび、昨年公開していた「コミュ障エルルの召喚魔法」をリメイクすることにしました。

知っている方も知らない方もがんがん楽しめる作品にしていきますっ。

 ――エルル、今はきっと辛いだろうけど。いつか、いつか……貴女を愛してくれる人が現れるから。早まった判断だけは、しないでね?


 思い出は色褪せてしまっても、大事な人の言葉だけはずっと心に残り続けている。

 セピア色の光景は遠すぎる日の記憶。お母さんが最期に見せた笑顔の瞬間。

 あの日から、ボクの時間は凍り付いている。お母さんがいなくなったあの日から。




「せ、先生が来る……?」


「ええ、使い魔が森の入り口で待機していました」


 真っ黒な髪を綺麗に整えた微笑みを浮かべる男性、ボクなんかの世話をしてくれるハムちゃんが小さな手紙をテーブルに置いた。ルビーの瞳がボクをじっと見据えると、ボクはどうやらその手紙を読まなきゃいけないようだ。


「えーと。お、お部屋で読むよ?」


「そう言って忘れたふりして森の魔法を解かないのは何回目ですか?」


「うっ」


 ナナクスロイの森。魔女が住む森。そして、迷いの森と呼ばれる森の中でボクたちは暮らしている。その名の通り踏み込んだ者は深い迷宮に迷い込み、決して森の中心には辿り着けない魔法が仕掛けられた森だ。

 ボクが、エルル・ヌル・ナナクスロイが森に施した魔法であり――決して人間が踏み込めないように仕立て上げた最高傑作だ。

 ハムちゃんの口ぶりからすると手紙の差出人である先生が訪れる、だから迷宮の魔法を解除して欲しいってことだろうけど。


 ……嫌だなぁ。


「やっぱり、会わなくちゃだめ……?」


 アリーシャ・メイクルン。十年くらい前にボクに魔法を教えてくれた魔法学院の教師であり、今でも現役でバリバリな召喚士サモナー……な、はず。

 何しろ最後に会ったのは五年くらい前だし、その時も大して会話しなかったし……。


「怖いのですか?」


「………………うん」


 先生が、怖い。先生だけじゃない。


 人間は、怖い。

 どんな感情を持ってボクへ危害を加えるか、わからない。笑顔を見せながら平然と悪意に塗れた嘘を吐くから。少しでも気を許せば、すぐに裏切るから。

 何度、何度、何度裏切られたか。

 何度、何度、何度罵られたか。


 背筋にぞく、って悪寒が走る。やだ、寒い……。

 思い出したくない光景を思い出して気分が悪くなっていく。

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。


「……仕方がないですね」


 ため息を隠すことなくハムちゃんが立ち上がる。


「せっかくお茶菓子としてドーナツを用意する予定でしたが、どうやら中止になりそうですね」


「え!?」


 小麦粉・砂糖・卵で作った生地を酵母で発酵させ、生地が泳げるほど大量のラードで揚げ砂糖をまぶした甘くて美味しいお菓子。輪っか状に揚げたリングドーナツはハムちゃんが作るお菓子の中でも最上級に美味しくてなかなか作って貰えない貴重なお菓子。


「そ、それはもったいないよ。材料だって厳選するためにいつもわざわざ街に買いに行くんでしょ? 材料を無駄にしないためにも、作ろうよ?」


「エルル様」


「はい」


「私はコミュ障全開でいつまでも逃げ回る子供に食べさせるドーナツはありません」


「会うからぁっ!」


 ずるい。ずるいよハムちゃん。ドーナツはボクも大好物なんだから。そんなものチラつかされたら断ることなんて出来ないよ!

 う、胃が痛い……。


「さすがですねエルル様。では材料を買いに行くのも手伝ってもらいましょうか」


「はいは……え?」


 つい返事してしまったけど、今ハムちゃんは何を言ったのかな。

 買い物に付き合え?


「いやいやいやいや無理無理無理無理」


「大丈夫です。エルル様は年齢の割にちんちくりんな体型なので気付かれることはありません」


「ちんちくりん!?」


 いや確かに今年で十八歳になる身体としては発育は悪いと思うけどさあ!

 それでもお母さんからもらった新緑色の髪と琥珀色の瞳は充分にボクをエルル・ヌル・ナナクスロイだと証明すると思うんだけど!


「エルル様。ドーナツ――」


「ハムちゃん、ずるいよ」


 怖くて足が震えてしまう。強張ってしまう身体を見ても、ハムちゃんは優しく微笑んでくるだけだ。


「大丈夫ですよ。何かあっても、私が必ず守りますから」


「……うん。ハムちゃんがそういうなら」


 ハムちゃんは、ボクを絶対に裏切らない。ボクを守ってくれる。ボクに嘘を吐かない。

 ボクが心の底から信頼している大切な家族である。


「ではアリーシャ様に返事をしてから街に行きましょう。森の入り口に待機しているはずですし」


「はーい」


 まあ、ハムちゃんの言葉にも一理ある。ボクは十年近くこの森からほとんど出たことがない。街でボクの存在が噂されても、ボクであると気付かれる可能性は限りなく低い。

 むしろねー。一回だけ聞いた噂なんかぼんっ、きゅっ、ぼんっ、ってスタイルで怪しい液体かき回してるらしいしね。……人間は、本当に変なイメージを膨らましていくなあ。


「あと、しっかり制服を着てくださいね」


「なんで!? 魔法使いの格好なんてそれこそバレる可能性高いでしょ!」


「魔法学院の制服なんて今日日いくらでも街にいます。むしろ制服以外まともな外出着などないでしょう?」


「は、はい……」


 だって家から出る必要ないし……出ないんだったら新しい服も必要ないし……。

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