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奏星機グランセリオン  作者: みんと猫
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第3話 WAR CRY Aパート

 アタシは無駄に広い、そしてやたらと遅いエレベーターに乗ると<黒薔薇の間>のある階のボタンを押して壁に寄りかかった。

 空調の効いた、音もなく動くエレベーターは居心地こそ良いけれど、やっぱり遅い。


 陛下は「この遅さこそが王者の余裕」なんてのたまってたけれど、自分は乗らないから適当な事言ってるわよね。

 でも、階段を使えば地上からでも数秒で黒薔薇の間まで駆け抜けることが出来るアタシ達には、確かにこうしてゆっくりと時間を使うことも必要なのかもしれない。


 エレベーター内に備え付けられた鏡で帽子の角度を整えながら、暇つぶしにそんなことを考えている。


 鏡に映るのは海賊の船長のような羽根帽子とコートを纏った自分の姿。

 子供の頃に見たアニメの悪役から拝借したファッションだけど、さすがに鉤のような義手や眼帯は付けてはいない。

 <大賢者>のお爺ちゃんに頼めば、便利そうなのを作ってくれそうだけど。

 ……最近フガフガ言ってるから無理かな。


 帽子を整えがてら、最近はテレビの露出も多くなったことを思い出し、映ったときのための決めポーズの練習なんてしてみたり。


 と、エレベーターの扉が開いた。

 

 ──あぶないあぶない。もう少しで決めポーズを見られるとこだった。会心の出来だったから見られても良かったかもしれないけど。


「ごきげんよう、クロエ様」


 エレベーターに静々と乗りこんできた純白のドレスを纏う美女<魔導機姫アンネロッテ>が透徹とした声で挨拶してきた。


 おはよ、と挨拶を返してアタシは壁際に移動した。

 と、視線を感じたので訝しげな顔になるのを抑えきれずにアンネロッテに向き合う。


 なに?と尋ねたら、楽しそうにしていらしたので、と返されてしまった。

 そんなに決めポーズの練習でテンション上がってたかな……?

 

 アタシは心を落ち着かせるため、再度鏡を見る。


 ライヒ・エンパイア帝国の大幹部である八神将<絢爛舞踏クロエ>がそこには映し出されていた。

 

 生まれも育ちもアメリカ合衆国。大学時代までの進路の希望は報道関係(スポーツキャスターが夢だった)両親に愛され、友人に恵まれ、不自由のないエリートコースを進んでいたはずだったのにどうしてこうなったのか。


 同じ<現地採用>の日本人<紅の破軍>と良く愚痴を言い合ってる二十五歳。

 

 それが現在のアタシ、ケイトリン・ハリスという存在である。



 ※


 

 アメリカは東海岸で生まれ育ったアタシは、某有名私立大学に入学し、ミスコンで優勝したりチアリーダーとして大会に華を添えたりと、俗にいうスクールカーストの最上位<クイーンビー>として君臨していた。


 常に何人もの取り巻きを連れ、イメージ通りと言っていいくらいの女王様ぶりで、当然のようにアメフト部のキャプテンを恋人にしていた。

 勿論それはそれ、これはこれって感じで気に入った男が居ればベッドに誘ってはいたけれど。

 

 彼氏の方も同じようなものだったし、ぶっちゃけて言えばお互いに、チアリーダーの彼女とアメフト部のキャプテンの彼氏というステータスが欲しかっただけなのだ。

 一応本命ではあったけどね。


 さて、そんな順風満帆なアタシの人生にも転機が訪れる。

 大学時代も終盤、アタシは先も言ったように報道関係に就職が決まり、後は卒業を待つのみとなっていた。


 が、アメフト部の彼氏の方がなんとビックリ、本来の彼ならば引っ張りだこであろう銀行から商社、食品会社、レジャー関係と(ことごと)く不採用の通知を受けてしまったのである。


 そりゃーもう荒れる荒れる。アタシも最初は親身になって慰めていたけど、彼の機嫌が悪くなる一方になり、遂には暴力まで振るうようになった。


 雪が降り積もる十二月。未だ就職先が決まらない彼の気分転換を図るため、アタシは手作りのケーキを持って彼の家へと赴いた。


 彼は女性を連れ込んでいた。


 それは良い。いつものことだ。だけど問題は、その女性は目の焦点が合っておらず口元からは涎が垂れていたことだった。

 正気ではない、と思い彼に問い詰めようとしたけど、それは無駄なことだったと思い知ることになる。


 最初は何かが顔にぶつかったのだと思った。

 勢いよくベッドに倒れ込み、熱と痛みがぶつかった部分に広がるのを感じてアタシは殴られたことに気付いた。


 今まで殴りつけることはあっても顔だけは傷付けることはなかったのに。ただ、その理由は自分が暴力を振るっている事を、他者に悟られないようにするためだったのだろうけど。


 そこで気付いた。彼が先程まで抱いていた女性と同様、彼自身も目の焦点が合っていないことに。

 ……酒だろうか、ドラッグだろうか。


 どちらにせよ、まるで獣のようにアタシの体にのしかかり、服を破く彼に対してアタシは全力で抵抗した。

 何度も殴られ、それでも手足を振り回して暴れ続けた。


 ──気が付くと部屋は静かになっていた。


 彼は床に倒れていた。頭から血を流し、全身を痙攣させて。

  

 殺してしまった、とアタシは恐怖に怯えた。

 そして逃げ出した。全てを捨てて。


 家には帰れない。きっと捕まってしまう。

 アタシは混乱する頭を冷ます事もないまま、着の身着のまま逃亡することになった、


 タクシーや電車を使い、西へ西へと向かっていく。なぜ西を選んだのかは覚えてない。

 多分東海岸生まれだったから西海岸に行ってみよう、くらいの考えだったんじゃないかな。


 勿論、すぐに持っていたお金は尽きた。銀行なんて行ったら足がつきそうだったので、道行く人にお金を恵んでもらうことにした。

 高値が付く自分の顔と身体をくれた両親に後ろめたい感謝をしつつ、アタシは更に西へと逃亡の旅を続けた。


 道中、関係を持った男と短いながら同棲生活を送ったり、親族に見つかって来た道を逆戻りしたりなんて事もあって、結局のところ西海岸に付いたのは逃亡生活を始めてから丸一年が過ぎた頃だった。


 季節が冬のせいか、想像していた西海岸の風景とは違ったけれど、それでも満足しながらアタシは港で海を見続けていた。


 そこで、一人の男が声をかけてきた。

 どうせドラッグの密売人か、ポルノムービーのスカウトかと思ったけど、どうやら違うみたいだった。


 男は穏やかに、だけど強引に近くのカフェにアタシを連れ込むと熱心に口説き始めた。

 どうにも荒唐無稽な話で、何かのSF映画の話なのかと適当に相槌を打っていたら、それなら話は早い、と彼は納得したように頷いた。


 その後の事はあんまり思い出したくない。

 騙されたといえば騙されたし、自発的に行ったと言えばそうなるけど。


 アタシは世界を脅かす悪の集団<ライヒ・エンパイア帝国>にスカウトされ、二年あまりで大幹部<八神将>にまで上り詰めた。

 彼氏一人で思い悩んでいたアタシが、今や世界を相手に戦いを挑んでいる。


 ある意味<クイーンビー>らしいと言えばらしいのかしらね。


 ちなみに殺したと思ってた彼は全然元気だったみたい。連れ込んでた女性への暴行とドラッグの使用で逮捕されたようだけど。

 世界征服を達成したら、会いに行ってみようかな。


 

 ※



 過去に思いを馳せていたアタシが気になったのか、アンネロッテが近くに寄ってきていた。

 

「どうなさいました、クロエ様。まるで学生時代の悪行とその後の身の振り方の失敗を悔いているかのようなお顔をしておりましたが」


「……うん。的確すぎる心配ありがとう」


 いえいえどういたしまして、とパタパタと軽く手を振る美女の顔をアタシはジッっと見据えた。


 本当に美人だなー、と思う。そりゃ、一から全部作ればいくらでも綺麗に作れるとは思うけどさ、それだけじゃないのよね。

 顔にも声にも表情がないけれど、感情は豊かだし人懐っこくて親しみやすいし。


 その綺麗な顔を見ていたら、何かたまらなくなったのでアタシは彼女を背中から抱きしめた。

 柔らかな髪に顔を埋め、濃厚な蜜のような香りを胸いっぱいに吸い込む。


 うひゃあ、と平坦な声がエレベーター内に響く。


「クロエ様、一体何を?」


 くんかくんかはすはす、と背後から匂いを嗅ぎまくるアタシにあくまで平坦な、けれど若干引いたような声色で尋ねるアンネロッテ。

 無視して続行。お腹に回していた腕をそのまま上にスライドして、二つの感触に辿り着く。

 

 ──良い。とても良い。


 ドレス越しでも分かる暖かく柔らかな確かな存在感を持つそれをアタシは存分に堪能する。

 ……このまま手でガッシリいっても大丈夫かな。


 アタシの邪気を感じたのか、アンネロッテが抱きしめられたまま耳元で囁いてきた。


「おイタはめっですよ、クロエ様?」

 

 アタシの中で何かが弾けた音がした。


 何この子?狙ってるの?え、GOしていいの?いいんだよね?よっしゃー!


 アタシが自身の獣性を解放しようとした矢先、またしてもエレベーターの扉が開いた。……ちっ。


「……何をしておるんじゃ、(なれ)等は」

 

 呆れたような声を漏らしながら全裸の少女がエレベーター内に入ってきた。


 アタシは自身の本能が、腕の中の美女と現れた全裸の少女のどちらに向かうか迷っているように感じた。

 ええい、何のための本能か。獣だ、獣になるのだアタシ。


 僅かな逡巡の間に、少女は動き出したエレベーター内に座り込んでしまう。勿体ないことをしてしまった。

 そこでやっと気付く。少女は全裸ではなかったことに。

 

 とはいえ彼女が着ている半透明のチャイナドレスは、光の加減によっては何も身に着けていないようにも見えてしまう。

 そのせいで破軍とかシルバリオあたりの紳士勢は、いつも彼女から微妙に視線を外してるのよね。アインヴァルトはガン見してるけど。あのロリコンめ。


 彼女の名前は<傾城娘々(けいせいにゃんにゃん)


 アタシと同じ、八神将の一人だ。


 十歳にも満たないその愛らしい少女は、アタシや破軍と同じ<現地採用>組なのだけど、その中ではもっとも古株だったりする。

 <帝国>が世界に宣戦布告した翌日、彼女は世界中の軍隊よりも先に帝国本土に乗り込み、八神将達と壮絶な戦いを繰り広げたそうな。


 そしてそのまま帝国側に付いてしまった。

 何故かと聞いたことがあるんだけど、彼女は笑って言い放ったものだ。


「こういう時は悪役の側に付いた方が楽しいんじゃよ」


 ある意味真理?

 そんな訳でめでたく彼女は八神将の一人と相成ったわけ。


 帝国が宣戦布告したのは今から五年前。となれば当時彼女は精々五、六歳だったはずなんだけど、映像記録を見る限り、今と全く外見が変わっていない。

 ()は不老不死じゃからな、と本人は言ってたけれど。


 秦の始皇帝に不老不死の秘密を教えたのも自分だ、なんて言われたら嘘臭くて仕方ないのよね。

 もしそれが真実なら、この幼い少女は二千二百歳を超える老婆ということになるわけで。

 ぺたりと床に座り込んで足を伸ばすその姿を見るに、とてもそうは見えない。


「クロエ様?」


 思案の井戸に潜っていたアタシをアンネロッテの声が引き戻した。

 彼女の身体を抱きしめたままでいた事を思い出し、解放しようと思ったけれど、その柔らかな感触を手放すのが惜しいので再度抱きしめ直す。


「もう、仕方のない方ですね」


 あと少しだけですよ、と許可を得たのでアタシは存分にその温もりを確かめることにした。

 そして、その光景を傾城娘々がチラチラと横目で盗み見ていることにアタシは気付いた。

 勿論、アタシが気付くのだから腕の中のアンネロッテも当然のように察しているだろう。


 彼女は視線を空中に泳がせ、僅かな間思案に(ふけ)ると、何かに思い立ったのか小さく頷いた。


 魔導機姫アンネロッテはアタシに抱きしめられたまま、少女に向かって腕を大きく広げた。


 そして──


「おーいで♪」


 凄まじい破壊力。無表情で、冷たい声にも拘わらずこれはヤバい。

 案の定、傾城娘々はフラフラと立ち上がり、口の中では言い訳なのか悪態なのか小さく何かを呟きながらも広げた腕の中にぽすんと収まってしまった。


 アンネロッテは少女をぎゅっと抱きしめると満足気なため息を吐いた。

 

「成程、クロエ様の気持ちが少々理解できたように思えます。これは、とても良いものですね」


 うっとりとアンネロッテが呟く。が、抱きしめられている傾城娘々には不満があるらしい。

 と、いうのも身長差のせいか、一番柔らかな部分に少女の顔が届いておらず、頑張って背伸びをしても微妙に足りていないようだ。

 

 アタシは重力を操り少女をアンネロッテの胸元に浮かすと、くるりと少女は背を向けその頭を白い谷間に沈みこませた。

 うむ、と満足気な声を上げると気持ちよさそうに目を瞑る。えーい、羨ましい。アタシがやればよかった。重力切ってやろうか。


 若干黒い考えに染まっていると、再びエレベーターの扉が開く。ホント、長いわねこのエレベーター。


 入ってきたのは輝く眼鏡がトレードマークのインテリハンサム<極光のシルバリオ>だった。

 彼はアタシと同じ理由、つまり格好いいからというだけでジャパニーズニンジャのような黒装束に身を包み、更に研究者らしくその上から白衣を羽織るという珍妙なファッションをしている。

 

 存外似合ってるけれどね。


 彼は背中を抱きしめ合うアタシ達を見ると、僅かに眉を顰めた後、薄く笑みを浮かべた。


「仲が良くて良いことですね」

  

 これが鼻で笑うような言い方なら嫌味な悪役眼鏡なんだけど、心からそう思ってそうなんだよね、この人。

 シルバリオは何かを思い立ったのか、ゴソゴソと白衣の内側から何かを取り出した。

 

 そして手に取ったのは何やら高級そうなカメラ。


「一枚、お撮りしましょうか?」


 帝都防衛司令官<極光のシルバリオ>は仲良く抱きしめ合うアタシ達にニッコリと笑顔を向けた。


 理解ある戦友って貴重よね。

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