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奏星機グランセリオン  作者: みんと猫
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第2話 それは心にある刃 Bパート

 駅から徒歩十分あまり、自宅であるマンションの一室に辿り着いた私は、室内に気配を感じ、瞬時に<紅の破軍>モードに自身の身体をチェンジ。

 起こりうる数多の状況に対し備える。

 

 鍵を開け、室内に踏み込むと同時に、ふたつの黒い影が私に襲い掛かる──!


「おっと、そうはいかん」


 人の領域を超える反応速度を得た私は、そのふたつの影を左右の手で掴みあげた。

 

「にゃー」「にゃー」

 

 左右の耳に、ステレオ放送で愛らしい鳴き声が届いた。

 右手には真っ黒な毛並みの、左手には白黒まだらな小さな肉食獣がそこに存在していた。


 黒い方がミケ、白黒がポチというシンプルかつ捻りの効いた名前を持つその二匹の猫は、一か月ほど前、妻が路上で出会い連れ帰って以来愛情を注ぎ込んでいる、ある意味私のライバルたちである。


 この獣たちは拾ってきた当初こそ衰弱し、今にもその命が途絶えそうなほどであったが、今ではこうして一日中室内を走り回り、日本人としては長身の私を<登頂>しようと躍起になっている。

 

 勿論、そんなことをされたらスーツが穴だらけになってしまうので、こうして<破軍モード>を駆使して難を逃れているわけだ。

 小さな(あし)をせっせと動かし、宙ぶらりんになっていることへの抗議をアピールする猫をどうしたものかと悩んでいると、パタパタと小さな足音が近づいてきた。


「おかえりなさい、敏彦さん」


 三匹目の子猫、といった感じのその女性は私の妻、香也(かや)である。

 ただいま、と告げその唇にキスをすると(結婚以来、行ってきますとただいまのキスを欠かしたことは一度もない。バカップルと呼んでくれても構わない)ふにっと柔らかな笑みで迎えてくれる。


「ごはん、温めておきますから着替えてきてくださいね」


 二匹の子猫を受け取りつつ、彼女はリビングへと去っていく。結婚当初の初々しさを未だ失わない姿に、私は幸せな気分に浸りながらネクタイを緩めるのであった。



 ※



 ほんの数十分前に着替えたばかりのスーツを再度脱ぎ、ハンガーに掛けると携帯端末から着信音が響いた。

 

 送信者は結城君。何の用かと思えば破壊ロボにロケットパンチ付けましょうという、さっき見た企画書にも書いてあったことを、これまた熱意溢れる長文で伝えてきた。

 

 ……ロケットパンチか。中々心揺さぶられるギミックではある。


 それに現在、あの白い巨大ロボットに対して我が極東方面軍の破壊ロボは三体まで倒されている。どれも同タイプの量産型であり、再度挑むにしても敗北するのは目に見えている。

 となれば、ロケットパンチという改造案は悪くないと思えてきた。


 本来であれば企画書の提出先は技術開発局の<大賢者>宛になるのだが<魔導機姫>の完成後、あの老人は知的好奇心と探求心を満足させたのか、このところ急速に脳の活動が衰えてきてしまっている。

 

 だが稀に脳内がクリアーになることもあるらしく、そういった時は驚くような発明や技術を帝国にもたらしてくれるのだが。

 局長である大賢者がそんな調子なので、最近は<極光>が技術開発局を預かっている。輝く眼鏡は伊達ではないらしく研究開発に存分に手腕を振るい、帝国の基盤と我々の給料を支えてくれているのであった。

 

 そんな彼ならば間違いなくロケットパンチの改造案に賛同するであろうことは想像に難くない。

 明日の会議で提案してみることにしよう。



 ※


 食事を終えるとすでに日を跨ごうという時間になっていた。

 明日に支障が出ないよう、早めに床に就かねばならないのだが、少々気分が昂っているのを自覚しているため簡単には眠りにつけそうもない。と、すると──

 

 私は若干の後ろめたさを感じながらも、妻の目を真摯に見据え、一緒に風呂に入らないかと提案した。

 僅かな驚きを見せながらも、頬を染めて頷いてくれる彼女を、私は安堵とやはり若干の罪悪感を感じながらも抱き上げた。



 ※



 腕の中で小さな寝息を立てる妻の髪を撫でながら、私は過去に思いを馳せていた。


 大学を卒業した私は大手電機メーカーに就職し、まずまず順風満帆と言っていい生活を送っていた。

 学生時代から交際していた香也とも結婚、少々都心部からは離れているがマンションも購入して、さあこれからだ、と思った矢先に会社が傾き始めた。

 

 <帝国>と名乗る異世界からの侵略者が世界中を攻撃し始めたからだ、というのが会社側の説明だったが事実はそうではない。


 元々いくつかの事業で赤字が続いており、果ては企業自体の買収という噂が立ち始めた。

 その噂が真実となる頃には大規模なリストラ、もとい希望退職者の募集がかかり、私も自分の身の振りを考えなければならなくなった。


 私も働きますよ、と笑顔で肩をもんでくれる妻に励まされ私は退職を決心、新たな職場を探すことにしたのである。


 そこそこの学歴と、やらかしたとはいえ未だ強いネームバリューを持つ電機メーカーの名を武器に、雑誌やインターネットで職を探す日々。

 そしてある日、私はネット上でひとつの企業を目にすることになる。


 どうやらまだ立ち上げたばかりであるらしく、聞いたこともない企業名であったが海外の雑貨の輸入、販売を主にする商社であるらしい。

 何故、星の数ほどあるであろう商社の中で、その企業に惹かれたのかは分からなかったが(実は理由があったが後述)私は採用面接を受けることにした。


 そこからは何がどうしてこうなった、としか言いようがない。

 

 気付けば私は<帝国>の尖兵として同胞である地球人と刃を交えていた。

 今思い返してみても不思議でしょうがない。皇帝陛下に確認してみたところ、洗脳の類は一切していないというし、どうやら言葉巧みに丸め込まれたというのが正しいようである。


 ちなみに実際に戦場に出る前に、私は改造手術を受けている。

 

 改造手術というと聞こえが悪いが、実際は自分の中に眠っている能力を引き出すというもので、私が改造人間になったわけではない。

 で、眠っている能力、というのが私の場合、真紅のバリアーを張るというもので幾分地味な能力ではある。


 だがその真紅のバリアーは正に鉄壁といえる強度を誇り、巡航ミサイルの直撃でさえあっさりと防ぎきる。

 それに砕かれる事のないバリアーは、そのままあらゆるものを圧し潰す武器にもなりえるのだ。


 その能力を買われ、私はトントン拍子に帝国内で地位を向上させていき、一年も立たずして八神将の一人に数えられるまでになってしまった。

 本当にどうしてこうなったのだろう。


 実のところ、面接自体が、いやインターネット上で企業名を確認した時点で罠が仕掛けられていたのだ。

 企業のホームページは<素質>を持つ者にしか閲覧できないというもので、つまるところ帝国のスカウト事業の一環ということになる。

 

 しかしホームページを見たからといってそこから面接に来るかどうかは運任せであったらしい。数打ちゃ当たる戦法か。

 

 帝国における地球人のスカウトの条件は、戦闘能力は当然としてもう一つが先程の<素質>を持っているかどうか。

 

 この<素質>というのが、まず自身の持つ能力に溺れないかというのがその一。

 極めて破壊的な能力を持った時、それを<悪用>しないだけの精神の持ち主であるということ。

 地球人との戦争のためだけの能力、と割り切った考えで扱わなければどうあっても持て余してしまう力である。


 その為、例えば嫌いな誰かを殺してしまおう、などと<私的>な理由で能力を振るうような輩は元から採用しない。


 その二は、これもまた精神的なものになるが単純に言えば戦うことができるか、というもの。


 帝国は基本的に、その侵略において殺戮を()としない。可能な限り死者を出さないことを陛下は全軍に厳命している。

 

 だが、それでもやはり死者は出てしまう。私が預かる極東方面においても戦いによって数百という命が失われている。

 元々ただのサラリーマンだった私にとって、それはひどく重いものであったが、自身の中で罪悪感を「仕方ない」と割り切ることが出来る、それがもう一つの素質ということになる。


 勿論、完全に割り切れるものでもなく、血で染まった腕で妻を抱くことに躊躇いを覚えることもある。

 しかし現状、地球産の巨大ロボットに心躍る自分が居るわけで、結局のところ私は悪の組織の大幹部が似合っているのだろう。


 ふと目線を時計に向ければ既に深夜二時を回っていた。

 さすがに瞼が重い。私は妻の温もりを感じようと、眠りにつく彼女を抱き寄せたがそれは叶わなかった。


 いつの間にやら私と妻の身体の僅かな隙間には、二匹の猫が丸く収まり寝息を立てていたのであった。

ユノーとの約束、そして自身への誓いを守るため、鷹士は戦う。

傷つくことも厭わず刃を振るう奏星機の中で強く、強く鷹士は叫ぶ。

次回、奏星機グランセリオン第三話「WAR CRY」

──そして少年は戦士になる。

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