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奏星機グランセリオン  作者: みんと猫
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第2話 それは心にある刃 Aパート

 仕事着をハンガーに引っ掛け、ロッカーの中に押し込むと、私は小さくため息を吐いた。

 連日の会議のせいだろうか、肉体的にはさほどでもないが、精神的には少々疲労気味らしい。とはいえそれは高揚したテンションによるもので、どちらかといえば心地の良いものである。


 退社前にコーヒーでも飲んでいこうと考えながら更衣室を出る。

 と、扉の前を俯きがちに歩く女性とぶつかりそうになり私は慌てて足を止めた。


「おおっと?!」

 

 寸でのところでどうにか停止。数瞬の間を置いて、ひゃうっと小さな悲鳴が耳に届く。

 それ以上の刺激を与えないよう、ゆっくりと後退しながら彼女を見据えた。


 地味な髪型に地味な眼鏡に地味なスーツを着た地味な女性がそこに居た。


「あの、お帰りなさい部長。え、と遅かったんですね」


 目線を合わさず、小さな声で彼女が言う。


「ただいま籠森(かごもり)君。そういう君こそまだ居たのかい」


「私、だけじゃないですけど。それに、あの」


 後半は聞き取れない程小さくなる声に耳を澄ませながら彼女と二人、オフィスに向かう。

 僅かに開かれたオフィスの扉から、光が漏れていた。


結城(ゆうき)さん、がまだお仕事していて」


 籠森君が多少ボリュームを上げて伝えてきた。

 あいつめ、仕事を家に持って帰らないのは立派だが、こんな時間まで残業していては意味がないだろうに。それに──


「結城君、続きは明日やれ、明日。どうせやってもやらなくても大差ないんだから」


 室内に踏み入りながら、パソコンに向かって何やら打ち込んでいる青年に声を掛けると、やる気のあるような無いような返事が戻ってきた。


「こうやって無意味な数字を出したりするのがいいんじゃないですか。それになんかそれっぽい企画書もいくつか用意したんですよ」


 私は青年のパソコンを覗き込むと、そこには確かに<なんかそれっぽい>企画書が無駄に精密に書かれていた。

 少々感心した素振りを見せると、良い感じのドヤ顔を向ける結城君。

 それに対して、私は青年の頭を軽く叩き、扉の前で待っている籠森君に手を上げた。

 今日の業務はこれにて終了である。


 現在午後二十二時三十分。部下の二人を先にオフィスから出し、消灯を確認する。

 エレベーターの扉を開けた状態でキープしている部下に追いつくため、急いで私は足を進めるのだった。


 ……私の名前は井上敏彦(いのうえとしひこ)。三十一歳。既婚。子供なし。職業は公務員、になるだろうか?


 ライヒ・エンパイア帝国極東方面軍司令官という役職は、他国籍でも公務員扱いで良いものか。


 何にせよ八神将<紅の破軍>というコードネームを持ち、世界征服を目論む悪の組織の大幹部、というのが現在の私のポジションである。

 

 将来転職するとしても、履歴書の職歴には書けんだろうなあ、これは。



 ※



 とにかくも初志貫徹。一階のロビーに降りると私は自動販売機でコーヒーを購入することにした。

勿論、部下二人の分も。

 無糖のものを二本と、女性なので甘い方が良いだろうとカフェオレを一本。

 

 と、思いきや缶を差し出したら二人とも無糖をチョイスしたのでカフェオレは私が啜ることに。

 ううむ、先入観はいかんな。

 糖分が疲れた脳にしみ込んでいく感覚に浸りながら、私はふと疑問を覚えた。

 

「この自動販売機って誰が補充したりお金の回収をしているんだろうね?」


 疑問に対する二人の反応が「さあ?」と重なったので答えを得ることは出来なかった。

 明日にでも<社長>に聞いてみるとしよう。

  

 それにしても、無糖のコーヒーをちびちびと飲むこの地味な女性が、ひとたび戦場に立てば過激なボンデージファッションに身を包み、高笑いをあげながら電撃の鞭を振るうのだから、世の中とは分からないものだ。

 

「な、なんでしょう?」

 

 首を傾げる籠森君。顔は整っているんだがなあ。なんとも惜しい気が。

 いや、普段からバトルモードで居られても非常に困るので、これで正解なのかもしれない。


 視線を移せば、そこには一気飲みしようとして失敗し、()せかえっている青年の姿が。

 私は無言でポケットティッシュを突き出した。

 すいません、と顔中をコーヒーまみれにしたこの青年が、数百の爆発する光球をその身から生み出し、あらゆる戦場で瓦礫の山を作り出した魔人と同一人物とは・・・・・・

 

 結城君曰く自身の技を「特技はイ〇ナズンです」と広言しているのだが、事実その通りにしか見えない能力である。

 ぶっちゃけ羨ましい。

 

 飲み終えた缶をゴミ箱に放り込むと、会社から出る。

 しっかりと施錠して必要もない防犯システムを起動、入口のシャッターが閉まるのを確認し、二人に振り返った。

 

 自転車通勤の結城君は、キャノンボールだかツインテールだかという名前の、何とも速そうなデザインをした愛車に跨り、挨拶もそこそこに夜の街へと消えていった。

 残された私と籠森君は肩を並べて最寄り駅である、みなとみらい駅へと向かう。


 道中の話題は無論、地球産の白い巨大ロボットのことである。

 籠森君は目を輝かせながら、早く戦ってみたいです、と悪の組織の女幹部らしい心構えを見せてくれたが、なんともほんわかとした笑顔での発言だったので、もう少し邪悪さだとか凄惨さを出してほしいものだと思う。

 

 益体もない話を続けながら、横浜駅で降りる籠森君にお疲れ様の挨拶を告げ、そのまま私は電車に揺られること十分弱、自宅への最寄り駅である菊名で下車。

 

 明日からも多分テンションだけは高い、中身がいまいち(ともな)わない会議が続くのだろうな、と頭の片隅でそんなことを考えながら私は家路についたのであった。

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