第1話 奏星機 Cパート
「揃ったか、我が腹心たる八神将よ」
先程までの馬鹿騒ぎを全て無かったことにしたらしい皇帝の、まだどうにか威厳だけはある声が響く。
そして──
「……それはどうにかならぬのか?」
乱立するビールジョッキだけではなく、いつ用意したのかビーフジャーキーやらサンドイッチなどの軽食まで散らかった長机を指し、どうにかしろ、と無言で指示する。
すると、茫洋とした視線を中空に彷徨わせていた大柄な老人<大賢者イグナーツ>が長い白髪と髭を揺らしながらゆるりと動く。
その目を長机に向けると、指先をパチンと鳴らした。
──長机の上に置かれいた全ての物が消失した。塵ひとつ残すことなく。
「ああっ?!まだ飲んでおったのに!」
幼い声が八神将の耳に届いた。
「なんということをしてくれる若造!せっかくの美酒が勿体なかろうが!」
椅子から飛び降り大賢者に詰め寄るのは、十歳にも満たないであろう、愛らしい顔立ちをした少女であった。
八神将が一人<傾城娘々>。
二つ名のみしか世に知られぬ、謎の多い少女は罵声を浴びせながら大賢者に近づくと、小さな拳を握りポカポカと殴り始めた。
その刺激を受けた大賢者は、目の焦点を少女に合わせると柔らかな笑みを浮かべた。
「おお、おお、マルローネのとこの娘じゃったか?それともブリジッタのとこだったかの?よお来たのお」
誰じゃそれは、と抗議する傾城娘々の身体を老人はひょいと持ち上げ、膝の上に乗せると大きな手で少女の頭を撫で始める。
何をする、と声を上げようとした少女だが、頭を撫でられる感触が気持ち良いのか、目を細め老人に寄りかかって「むふー」とご満悦な鼻息を漏らした。
祖父と孫の心温まる交流、といったその光景を八神将は優しく見守っていたが、さすがにこれ以上の脱線はまずいと思ったのか、超人テニスでもやっているのが似合いそうな眼鏡の男<極光のシルバリオ>が皇帝に問う。
「それで、結局のところどのような目的で我々を集めたのです、陛下」
皇帝はやっと本題に入れることに安堵し、もう余計な邪魔は入れてくれるなよ、と無言のプレッシャーを八神将に放つと、ついに驚愕の事実を告げた。
「卿等にはまず、これを見てもらいたい」
長机の上に立体映像が浮かびあがった。どうやらリアルタイムでどこかの戦場の映像を流しているようだ。
八神将はその映し出された光景に息を飲んだ。
「な……?!」
誰の声ともつかない驚愕に震えた声が室内に漏れる。
次いで、耳障りな音が大きく、連続して響いた。
八神将が一斉に勢いよく立ち上がり、椅子を倒した音であった。
大賢者も同様に立ち上がり、勢い余って膝の上でリラックスしていた傾城娘々が床に顔面から落ちる。
ふぎゃっと悲鳴が少女の口から飛び出たが、それが大賢者の耳に届くことはなかった。
帝国の大幹部たる八神将が、ただ一人で一国の軍隊を相手取る魔人達が、驚愕に目を見開き、震える身体を隠そうともせずに立体映像に見入っている。そこに映るのは──
き、と誰かの声が聞こえた。
次いでまた、き、と違う誰かの声。
更に、また更に、と何度となく続き遂に──
「「「「「「きたああああああああああああああああああああああ!」」」」」」
黒薔薇の間を歓喜と狂喜の入り混じった絶叫が埋め尽くした。
その叫びには二人分の声が欠けていたが、それは既に事情を知る紅の破軍と、床に熱烈な接吻をかまし、のたうち回る傾城娘々の分である。
「おいおいおいおい、遂にきたぞ。どうする、おいどうするよ?!」
華焔将が興奮を隠そうともせず、映像を見つめたまま、隣で同じように見入っている<絢爛舞踏クロエ>の肩を掴んで揺さぶる。
小麦色の肌をした健康的な美女は、揺さぶられるがままに頭をガクガクと振るわせていたが、我に返ったのか華焔将に手を伸ばすと、同じように肩を掴む。
「ねえねえねえねえ、どうしよう。どうしたらいいのこれ?!」
お互いの肩を揺さぶり合う華焔将と絢爛舞踏を無視し<剛腕パンツェーセン>がその巨躯を玉座に向けた。
「こいつは一体……いや、これは……本当に?!ええ?!」
興奮のあまり言葉になっていないが、皇帝はその気持ちが痛い程に分かっていた。
と、いうか三十分ほど前の自分が、まんまこんな感じであったのだから。
「卿等の驚きも無理はない。だがこれは紛れもなき事実。許容し、向き合おうではないか」
皇帝の静かな声に、僅かながら冷静さを取り戻した八神将は倒れた椅子を戻し腰を掛けた。
そして改めて立体映像に目を向ける。
そこには、帝国軍の中核を成す巨大ロボット、通称破壊ロボと──
巨大な人型のロボットが戦う姿が映し出されていた。
「とうとう現れたのですね。地球人達が駆る巨大ロボットが」
魔導機姫が感無量、といった面持ち(無表情)で呟いた。
「うむ。この時をどれだけ待ち侘びたことか」
皇帝の声も喜びに震えている。
「ところで何処で戦ってるんだ」
剛腕の疑問に、紅が唯一露わになっている口元に、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「そんなもの、聞くまでもないではないか?そうだろう?なあ、そうだろう?」
「やっぱ日本かっ。くそ!良いなあ!本気で羨ましいぜ」
「あっはっは。良いだろう」
しかし、本当によくやってくれたと紅は思う。破壊ロボと互角以上に戦う能力も勿論だが、何よりもその姿が格好いい。四角い箱に手足を付けただけの破壊ロボとは雲泥の差である。
全長三十メートル程の、バランスの取れた四肢と白く輝く騎士甲冑にも似た装甲。赤い光を放つ一対のカメラアイを持つ頭部はどこか人の顔のようなイメージを備えている。
何より剣という武器が素晴らしい。これでただの機関銃だの迫撃砲だのといった銃火器だったら興ざめもいいところである。内蔵武器としてなら有りかもしれん、とは思うが。
うっとりと地球産の人型ロボットを見つめていた八神将に皇帝から声が届いた。
「因みにだな。この破壊ロボは二体目だ」
八神将の間にざわめきが起こる。何故か紅がバツの悪そうな顔でそっぽを向く。
「二体目ということは、既に一体は倒されたと?」
極光が感心したように眼鏡をかけ直すと、皇帝は呆れたような声で言い放った。
「ああ、一体目は卿等が馬鹿騒ぎしている間にやられてしまってな」
「……」
「おかげでこうして、おかわりを出さねばならなくなったわけだ」
「……」
「余計な出費がかさんでしまったな」
「・・・・・・」
「何か言うことは?」
「「「「「「「「まことに申し訳ございません」」」」」」」」
八神将は平伏した。
少年は力を手に入れた。唯一無二の絶対の刃。
だがその刃は同時に少年の心をも傷付ける。
その痛みに怯える少年の心に、少女は優しく手を差し伸べた。
次回、奏星機グランセリオン第二話「それは心にある刃」
──星は、輝き続ける。