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奏星機グランセリオン  作者: みんと猫
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第13話 目覚めの時

 世界中のあらゆるメディアをジャックした、ライヒ・エンパイア帝国はその日、全人類に向けて宣言を行った。

 曰く──


「我が帝国の主、皇帝エンペラーカイザーんっふ!……あー、んっん……が地球人に対し、新たに布告する!」

 

 帝国の中心部にそびえる居城シャトー・キャッスル・ブルグは黒薔薇の間、黄金の液体が満たされた巨大な培養槽の<玉座>の前に八人の男女が(ひざまず)いている。


 <八神将>──人類の宿敵、ライヒ・エンパイア帝国が誇る強大な異能の力を振るう魔人。


 その魔人の一人<華焔将>アインヴァルトが主君の馬鹿みたいな、いや馬鹿丸出しの名前を口に出すことに噴き出す事を堪えかねつつも、どうにかこうにか高らかに告げた。

 

「なんかビックリするような話らしいんだが、もしショボい内容だったとしても精々驚いてやれよー」


「おいコラ、要らん予防線を張るな。ビックリするから、ほんっとビックリするから!」


 <玉座>の中に浮かぶ数多のチューブや電極に繋がれた人間の脳、それこそが地球征服を企む悪の権化<皇帝>エンペラーカイザーの姿である。

 配下の(いたわ)りと優しさに満ちた忠告を気色ばんで無駄にすると、皇帝は脳みそだけにも関わらず、傲然と胸?を反らし──


「今日、今この時より我が帝国は地球人類に対し、再度の宣戦を布告するものである!」


 瞬間、世界が揺れた。その理由は、帝国と戦い続ける各国首脳の、更なる脅威に晒されるのだと察しての(おのの)きと、またメディアを通じて放送を観ていた市民たちの、何言ってんだコイツ?という呆れからくる溜息からであった。


「何を言っているのでしょう、この灰色の脳味噌は?」


 宣言の内容を伝えられていなかった<八神将>は白い眼で(あるじ)を見据えて世界中の人間たちと同様に重い息を吐いた。


「長い間プカプカと浮かんでいる間に細胞の劣化が(いちじる)しくなってしまったのでしょうか?(わたくし)達が世界征服に手を焼いてしまっているがばかりに……!」


 <魔導機姫>アンネロッテが、慙愧(ざんき)()えぬとばかりに無感情な顔に涙さえ浮かべて首を振る。

 他の八神将たちも自分が不甲斐ないせいで、とギリッと歯を軋ませたり、強く目を瞑り空に仰いだりと、一様に自身の(いた)らなさを悔いている。


「落ち着け我が腹心の刃たる八神将よ、ステイ、ステーイ!」


 皇帝の必死の制止の甲斐あって、落ち着きを取り戻した<八神将>は再び胡乱気な視線を玉座に戻す。


「で、結局何が言いたいんだ陛下?」


 下手な事を言えば玉座を粉砕してやろうと言わんばかりに腕をグルグルと振り回す<剛腕>パンツェーセンに怯えつつも、皇帝は答える。


()とて唯々(ただただ)玉座に揺蕩(たゆた)いながら無為に日々を過ごしていたわけでは無い」


「「「「「「「「え?」」」」」」」」


 綺麗にハモる驚愕の一声。


卿等(けいら)……予をなんだと思っているのだ」


「無論、我が帝国絶対の君臨者にして、この世界全てを支配なさる偉大なる主で御座います!」


 瞬時に平伏し忠誠を露わにする<八神将>に皇帝は疑わしげに、


「ホントにぃ?」


「臣下の忠節を疑うなどと、国家の存続に関わりますぞ、陛下!」


 黒の仮面で表情を隠す<紅>の破軍が怒気を浮かべて立ち上がる。


「……忠節を信じられるようなことしたことあったっけ卿等?」


「稀に?」


「……卿等の忠節に対する定義に関しては後程(のちほど)詳しく問い詰めるとして、だ」


 考えてみれば世界中の電波をジャックしての生放送中である。こんな主従漫才を見せつけている場合ではない。

 皇帝は改めて、世界に向けて宣言する。


今日(こんにち)までは我が帝国の刃<八神将>が指揮を執り、地球人類に対し堂々たる戦いを挑んでいた」


 溜める。


「しかし!今、この時より予自らが帝国の旗を掲げ、陣頭に立つ!」


 驚きに声を失ったのは地球人だけではない、帝国の誉れ高き刃<八神将>も同様である。


「旗を掲げ、って脳味噌に旗を突き立てるってこと?!」


 <絢爛舞踏>クロエが的外れな驚きを浮かべているが、残る八神将はそれどころではなかった。

 突如、黄金の液体を満たした巨大な培養槽の内部に気泡が生まれ、それは瞬時に槽内を埋め尽くす。


 まるで沸騰したかのような培養槽の中、皇帝の本体である脳が気泡の中に消えていく。


「い、一体何が!?」


 <極光>のシルバリオが焦りからか、眼鏡を無意味に上げ下げしつつ玉座から身を遠ざける。


「ほう、これはもしや──」


 珍しく知性の輝きを瞳に取り戻した<大賢者>イグナーツが、この後起きるであろう状況に期待の笑みを浮かべた。

 

 ピシリ、とガラスに罅が入る音が黒薔薇の間に響き、その音は続けざまに大きく、早く鳴り続け──


「ほうほう、成程のう、そういうことかや」


 <傾城娘々(けいせいにゃんにゃん)>が幼くも美しい顔を艶やかに歪める。


 玉座たる培養槽は無数の罅に覆われ、その隙間から黄金のヒュンケル皇帝液が間欠泉の如く噴き出している。


 そして──


 遂に圧力に耐え切れなくなった<玉座>がある種美しささえ(ともな)う音とともに砕け散る!


「はわああああああああ?!」


「いててててててててて?!」


 間近で控えていた<華焔将>と<剛腕>に砕け散った玉座の破片が突き刺さり、血しぶきと悲鳴を上げてのたうち回っていたが、そんな愉快な失態を見ている者は誰も居なかった。


 なぜなら濛々(もうもう)と蒸気の上がる玉座の中、ゆっくりと立ち上がる一人の男の姿にあらゆる者達が目を奪われていたから。

 

 美しく輝く白金の長髪、全てを見透かし、射貫くかのような冷たく鋭い桃色の瞳、しなやかな筋肉に覆われた長身は精緻を極めた彫像の如く。


 今、再び肉体を得た皇帝は、身を覆う蒸気を振り払いゆっくりと平伏する<八神将>の間を歩み始め──


「いかん!?」


「おおっと!」


 <紅>と<極光>が同時に立ち上がり、真紅のバリアーと極彩色の矢を同時に<皇帝>に向かい撃ち放つ!


「危ないところだった……」


「もう少しで放送事故になるところでしたね……」


 仮面と眼鏡の下に浮かぶ冷や汗を拭いさりながら、危機を回避した二人の男は互いのファインプレーに頷きを持って称え合った。

 

「すまぬな、二人とも」


 皇帝も自身の失態に気付いたのか、軽く手を上げて礼を送った。


 再び肉体を得て復活を果たした皇帝は無論、一糸纏わぬ姿であり、その股間は極彩色の輝きと真紅の障壁によって輝くモザイクとなって隠されていた……

 

 きらめく股間を隠そうともせず、皇帝は堂々たる名乗りを上げる。


「予はライヒ・エンパイア帝国皇帝インヴァシオン!世界よ、予を恐れよ、讃えよ、崇めよ。そして挑むがよい!」


 美しく、猛々しい異世界からの侵略者は世界を侵す。


「さあ、始めよう!」

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