第11話 彼岸花は、まだ散らない Bパート
ライヒ・エンパイア帝国が誇る最強の刃、八神将に不可能は無い、と味方に対しては鼓舞と畏怖、敵には恐怖と戦慄を植え付けるために喧伝して回っていたものだが、まさか空まで飛べようとは思わなんだ。
虚空に身を委ねる私の身体は、ふわふわと頼りなく浮いているでも、がっしりと足を踏みしめているでもなく、なんと言えばいいか、空中に固定されている、というのが一番近い表現だろうか。
……ここからどうしたものか。
手足を踏み出しても腰を捻っても全く前に進まない。天に向かってクロールしても同様である。
よしんば徒歩やクロールで空中を進めたとしても、見た目非常に格好悪いため、あまり他人様に見せたくはないな。
やはり大事なのはイメージだろうか。今こうして空に浮いているのも、その辺のふんわりとした何かの力が働いているわけだし。
私は背中に回した両手で腰を押し出すようなイメージを、身体中に行き渡らせている力に混ぜ込んでいく。
するとどうだろう。ひどくゆっくりとではあるが、宙を前に向かって進んでゆくではないか。
なるほど、こういう理屈か。私は足を揃え、両腕を組むと先程と同様、力を身体に行き渡らせる。
──これは中々、悪の大幹部らしい動きではなかろうか。
直立不動で腕を組むという傲岸不遜を絵に描いたようなポーズでの空中移動。高笑いの一つでもセットにしたら様になるかもしれない。
次回からの登場シーンはこれでいこう。そうしよう。
空中に身を委ねたまま、眼下を見れば、捕まえたのか、捕まえられたのか、グランセリオンとヨンホーンががっぷり四つに組みあい、フレームを軋ませながら全力で相手を押しつぶさんとしている。
これは熱い展開になってきた。これは間近で観戦せなばなるまい。
出来るなら、ヨンホーン肩に乗って、
「ふはははは!その程度か奏星機!」
などと挑発のひとつでもかませればモアベター。
さっそく実行に移すべく、私は下方向へと進路を変え、先程より少々力を込めて、背中を<押した>
──視界に映る景色が瞬時にブレると同時、凄まじい衝撃を感じるとともに私の身体は闇に包まれた。
※
……いったい何が起きたのか。
私は闇に包まれたまま、脳裏に浮かんだ疑問を咀嚼する。
えー、と確か優雅に空を舞い決闘を観戦していた私は、苦戦を強いる奏星機の前に瞬時に、且つ荘厳に登場し、絶望と諦観の言葉を告げたんだったかな?
事態が把握できず、少々混乱しているため、都合の良い解釈が混ざっている気がしないでもないが、確かそんな感じだったはず。
と、なると現状、視界がブラックアウトしている理由が不明である。それに妙に息苦しい。むしろ呼吸が出来ん。
手足も全く動かせない。これは一体どういうことか。
しばらくの間もがいていると<爆炎>の光牙から通信が送られてきた。
「ちょっと!何邪魔してくれるんですか!せっかく勝ってたってのに!」
そう言われてもなあ。
だが、ひとつ理解出来たことがある。<爆炎>に返答しようと口を開いたら土の味を舌先に感じたのだ。
そして味を感じた次の瞬間、大量の土砂が口内になだれ込んできたことから、どうやら私は地中深くに埋まってしまっているらしい。
しかも頭から。
そうと分かれば現状からの離脱は容易い。
私は頭上?にバリアーを二重に展開してぶつけ合うと、その反発力を持ってロケットのような勢いで地上へと跳ね上がった。
空中で一回転して華麗にもうもうと土煙を上げる、罅割れた道路へ着地。
……あれ、土煙?罅割れた?
辺りを見渡せば道路だけではなく、ビルの窓ガラスは砕け、街路樹は根本から折れ曲がり、乗り捨てられた車は例外なくひっくり返っている。
戦場である街はバリアーで覆って守っていたはずだが、一体なぜ……
「あ!やっと出てきましたね破軍様!」
<爆炎>のやたら刺々しい声が 通信機から耳に突き刺さった。
「あー……と、結城君……じゃない、光牙よ、何が起こったんだ。説明を」
ああ?と、さらに刺々しさを増し、ハリネズミもかくやと言わんばかりの光牙の冷たい声。
「ようやっと奏星機を抑え込んで、このままトドメだっ、て時にいきなり後ろから体当たりしてきたのはどこの誰っすか?!」
体当たり?
改めて二体の巨大ロボを確認してみれば<爆炎>のヨンホーンは右腕を肩口から失い片膝を突いており、奏星機に至っては腹部に大きな風穴を開け仰向けに倒れこんでいる。
つまり……<爆炎>が駆る破壊ロボの肩に華麗に着地しようとしたところ、加減を誤り砲弾のごとく加速した私は組みあう二体の巨大ロボに激突、ヨンホーンの右腕を粉砕し、更には奏星機のどてっ腹を貫通、そのまま勢いあまって地面にめり込み、その衝撃でバリアーは消滅、周辺に破壊をまき散らしたと、とそういうことなのだろう。
これだけの惨状を作り出しておきながら、傷ひとつ無いとは我が身のことながら感心を通り越して呆れるばかりである。
「いやすまん、悪気があってやったわけじゃないんだ。こう、ついうっかりというか不可抗力というか……」
真紅の紳士服に付いた土埃をはたきつつ、謝罪混じりの言い訳を通信機に向けて囁く。
「弁解は後で聞きますけどね。とりあえず現況をどう対処したらいいか考えてくださいよ」
現況?と私が首を傾げると、<爆炎>が、
「一対一の決闘中に、上司が味方巻き添えにして不意打ちかましたんすよ?!この状況でトドメ刺すとか卑怯すぎやしませんか?!」
……きわめて正論である。
堂々たる戦いこそがわが帝国の本懐。あくまで不可抗力(ここ重要)とはいえ不意打ちでの決着ともなればその看板に泥を塗ることになってしまう。
ではどうするか……
私は高く跳躍し、近くの高層ビルの屋上へと降り立つと、必死に立ち上がらんと足掻く<奏星機>を見下ろし、口元を笑みの形に歪めた。
「その程度の相手にいつまで遊んでいる気だ<爆炎>の光牙よ!」
哄笑ひとつ。
「あまりにも退屈過ぎて、ついつい悪戯してしまったではないか!」
「あー?!自分のミスを他人に押し付ける気ですか!?最悪だ!それでも上司か、こんにゃろう!」
いや本当にすまん。お叱りは後で存分にお受け致します、はい。
「では後は任せるぞ<爆炎>の光牙よ!見事、奏星機の首を打ち取ってみるがよい!」
「しかも逃げる気か!ちょっと降りて来いやゴラァ!」
あまりの理不尽さに性格が変わってるぞ結城君。当事者に言えた義理ではないだろうが・・・・・・
私は身を翻しゆっくりと戦場を後にする。
おぼえてろよおおおおお!と背後から怒声が聞こえてきたが、それは奏星機との戦いの果てに使ってほしいセリフだなあ。
※
結局、戦場にバリアーを張り直すことをうっかり忘れてしまったため、駆け込んできた第二奏星機メガセリオンとの共闘によって<爆炎>の光牙は善戦むなしく敗北を期してしまった。
重ね重ね申し訳ないことをしてしまった。
私は、みなとみらい駅近くの極東方面軍司令部に帰還する前に東京駅に寄り道、ご立腹であろう結城君への献上品として、名物の長崎カステラを購入し平身低頭からの謝罪の準備をしておくことにした。
これだけじゃ足りんかもしれないな……
ライヒ・エンパイア帝国の大幹部<八神将>としてあらゆる不測の事態に対処出来るようにせねばなるまい。
と、いうわけで更に高級焼肉店に予約の電話を入れ、今頃結城君を懸命に宥めているであろう籠森君にメールで同席を願い、次いで同じ八神将である盟友<絢爛舞踏>クロエと<魔導機姫>アンネロッテにも誘いをかける。接待に綺麗どころは必須。
勿論戦闘を観戦していた二人には失態を責められたが、食事の誘いは快く応じてくれた。心優しき戦友たちに感謝せねば。
ぬう、これで自分を含めれば五人か。
悪の帝国の大幹部として、相応の高給を頂戴してはいるが、お小遣い制の身としては痛い出費である。
何より愛する妻の手料理を食べられないというのが二重に痛い。
私は大きくため息をつくと、今夜の食事は要らない、という心苦しい連絡を妻に送り、重い身を引き摺るようにして極東方面軍司令部である古びたビルの玄関ドアを開けるのであった。
願いが叶うことはなく、祈りが届くことはなく。
されど願いは途切れることはなく、祈りは潰えることはなく。
星の光もまた……
次回、奏星機グランセリオン第12話「祈りは空へ」
奏でるは──




