第11話 彼岸花は、まだ散らない Aパート
既に幾度目の激突になるか。
二体の鋼鉄の巨人が紅に染まる世界の中を縦横に動き回り、眼前の敵に刃を突き立てんと激しく振るう。
長大な馬上槍を構え、高速でビルの谷間を駆け抜けるケンタウロス型の巨大ロボ<ヨンホーン>を駆るのは私の配下である<爆炎>の光牙。
そして無論、対するは我等が宿敵<奏星機>グランセリオンである。
彼等がぶつかり合う大都心の駅前広場、その近くの高層ビルの屋上の縁に私<紅>の破軍は腕を組んで戦場を見下ろしていた。
一対一の決闘。戦況は結城君……もとい<爆炎>がやや有利といったところだろうか。
ちなみにもう一機の奏星機<メガセリオン>はバリアーの圏外で、必死に内部への侵入を図ろうと努力しているが、恐らくは徒労に終わるだろう。
改めて紅一色のバトルフィールドを見渡し、我ながら凄いことが出来たものだと感心してしまった。
半径1キロメートルにわたり、建造物や道路、車や街路樹にいたるまで、私の生み出した真紅のバリアーが包み込み、大都心を巨大ロボ同士の激突から守り抜いている。
グランセリオンがヨンホーンの突撃を回避する度、または跳ね飛ばされる度に、ビルに激突しているが、極薄のバリアーに包み込まれた建造物は罅ひとつ入ることはない。
絶対の自信と誇りを持つ能力ではあるが、まさかこんな広範囲かつ応用が利くとは・・・・・・
街中での決戦という、燃えるシチュエーションではあるが被害を考えると頭の痛くなる問題があっさりと解決してしまった。
どこを見ても真っ赤というのは、眼にも精神的にもあまりよろしくはなさそうではあるが。
と、数千個のガラス杯を一斉に砕いたような、一種美しさすら感じる破壊音が響いた。
見れば<ヨンホーン>が奏星機の肩部装甲をランスで刺し砕き、高速で駆け抜けているではないか。
「惜しいな。もうちょい!もうちょい左!あー、そっちじゃないそっちじゃないって!」
「うるさいっすよ!助手席座ってるウザいおっさんかアンタは!」
むう、的確なアドバイスを無下にするとは。それが上司に対する態度か、結城君。
私は仮面に覆われた目元を押さえると首を振った。やれやれ。
それにしても、新型の破壊ロボである<ヨンホーン>は超スピードによる突撃と、ランス先端から生み出される、攻防一体の熱衝撃波は確かに強力ではあるが、
「実際のところ、ハンデ戦だよなあ、これ」
そう、パイロットである<爆炎>の光牙は、その二つ名の通り、数百数千の爆発する光球を操る能力者なのだが、実はその能力、破壊ロボに乗っていると使えないのである。
彼だけに限らず、異能力を持つ者は悉く、もちろん我々<八神将>とて例外ではない。
別段、破壊ロボに能力の増幅装置だの、発射機構が付いているわけでは無いので当然といえば当然なのだが、それはつまりライヒ・エンパイア帝国が誇る魔人たちの枷となっているということだ。
ぶっちゃけて言えば──破壊ロボに乗らない方が我々は断然強い。
以前<極光>のシルバリオが素手でグランセリオンを殴り倒していたのがいい例だろう。
それでも尚、破壊ロボを駆る理由はただひとつ。
浪漫。
ただそれだけである。
我々<八神将>にも専用の<八機神>と呼ばれる尖ったデザインの破壊ロボをそれぞれ愛機としているのだが、生身と違って地球人の軍隊相手にも手を焼く程なので中々扱いづらいところではある。
巨大なロボットを自由自在に操りたい気持ちは溢れんばかりに持ち合わせてはいるが、帝国の大幹部としてはうっかり敗北を期してしまうわけにもいかない。
中々にジレンマを有するところだ。
……能力、能力か。
ふと思い立って、私は自分が立つビルの縁の先に、真紅の障壁を絨毯のように展開した。
恐る恐る、一歩踏み出し、バリアーの上に靴底を乗せる。──いけるか?
更に一歩。私の身体は完全にビルから離れ、足元に展開したバリアー上にその身を委ねる。
安定しているのは当然か。全長三十メートルの巨大ロボがぶつかってもビクともしないのだから。
何度かその場で軽くジャンプしていきなり砕けたりしないかもチェック。……うむ、OK。
「なんでもやってみるものだな」
独り言ちて私は眼下の戦場を改めて見据えた。
──なんも状況変わってないな。
肩部装甲を砕かれたことで、より慎重になった<奏星機>に対し、<爆炎>はどうにも攻めあぐねているようだ。
ビルの谷間を行ったり来たりで突撃のタイミングを計れず無駄に推進剤を使っている。
と、なるとまだしばらく時間がかかりそうだ。
私は更なる能力の追求をすべく、思案を巡らせた。
ほんの数秒で思いついた。
いや、しかし……
数秒の逡巡を追加。
「ええい、男は度胸!やってやろうじゃないか!」
私は覚悟を決めるとイメージを浮かべる。それは口に出して説明できるような感覚ではなく、また自分でも本当にこれでいいのかと不安もあるが……
イメージが全身に行き渡る感覚を得ると、私は覚悟を決めて、足元に展開しているバリアーを消滅させた。
落下の恐怖に眼を思わず眼を瞑ってしまったが、落下特有の不快さを感じることはなかった。
ゆっくりと目を開けてみると、バリアーを消す前と同じ高さの光景が飛び込んできた。
浮いている。
……おお?!




