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奏星機グランセリオン  作者: みんと猫
22/26

第10話 紅蓮の息吹 Bパート

 分かり切っていたはずの衝撃的な展開に、不貞腐れた皇帝が無言の沼の中に沈んで既に久しくなっている。


「あー、もう超お腹減ったし!」


 無論、そんな主君のことはガン無視して<絢爛舞踏>クロエが椅子の背もたれを思い切りリクライニングさせながら、子供のように手足を振り回して不平を漏らす。

 時間を見ればいつの間にやら二十二時を過ぎている。雑談のネタには事欠かない為か、盛り上がるとついつい時間が過ぎるのを忘れてしまうのは異世界からの侵略者であっても変わりはない。


「今から帰るのも面倒じゃの。今日は城に泊まっていくとするか」


 <傾城娘々>が黄金の液体をご満悦といった体で口に含む。

 実のところ転移装置を使えば一瞬で地球のどこへでも飛べるのだが、酔いの回った身体を動かすのが億劫なのだろう。

 他の八神将もそれに同意し、それならもう一杯、と黄金の美酒、ヒュンケル皇帝液を脳味噌の浮いた培養槽<玉座>から惜しげもなくジョッキに注いでいく。


 妻帯者である<紅>の破軍だけは別れの挨拶を告げ、そそくさと転移装置に乗り込んでいった。


「嫁持ちも大変だなあ。毎日毎日ご苦労なこった」


 <剛腕>パンツェーセンが感心半分、呆れ半分といった顔で苦笑を浮かべた。

 

「その辺りの苦労も込みで幸せそうだからいいんじゃない?」


 アンタも結婚してみたら?と褐色の美女がケラケラと笑うと、巨漢は更に苦笑を強くする。


「ま、そのうちな」


 <絢爛舞踏>は巨漢の態度に違和感を覚えた。考えてみると、彼女は異世界人である男達の過去をほとんど知らない。

 対面に座る漆黒の甲冑を纏うロリコンや、ハンサム眼鏡も陽性の、愉快痛快な性格で口数も多いが、自身の過去については多くを語らない。

 基本プルプルと震えている老人に至っては何をかいわんや。

 

 異世界時代は魔王とその部下、という立ち位置であったことを踏まえると、ロクなことはしてなかったんだろうなあ、と褐色の美女は思い、そら話しづらいかと結論。

 話を切り上げ、ぼちぼち寝室へ向かおうかといったところで漆黒の甲冑を纏うロリコン<華焔将>アインヴァルトが椅子から立ち上がり<傾城娘々>に向けて人差し指を突き付けた。


「娘々、俺は今日こそお前を抱くぜ!」


 その燃え盛る熱い想いは、突きつけた人差し指の先端から、純白の炎が噴き出す程であった。

 幼女以外の他の八神将は、またか、とばかりに呆れた素振りで首を振ったり、ため息をついてスルーを決め込む。


「毎度毎度飽きんの、(なれ)は。ま、()の究極の美に篭絡(ろうらく)されているのでは仕方ないことやもしれんがな」


 そう、この幼女が帝城で一夜を過ごす時、必ず<華焔将>は夜這(よば)いに勤しむのである。

 幼女の振るう呪符の鉄壁の防御陣によって、一度たりとも成功したことはないのだが、その程度で諦めるほどライヒ・エンパイア帝国の大幹部<八神将>は安いものではない。

 こんな変態と一緒にするな、と他の八神将は文句を垂れるが、まあ、安いものではないのだ。


「その愚直さには感心しますがね」


 <極光>シルバリオが眼鏡を布で拭いながら、胡乱(うろん)な目つきで幼女と青年を見やる。


「分かってねえな、シルバリオ。愛だよ、愛!ありとあらゆる事象をを二の次にする尊い想い!それが愛!愛あればこそどんな障害をも乗り越えることが出来るんだよ!」


「非常に素晴らしいご意見だとは思いますが、結局行きつくところが幼女への夜這いではどうにも……」


 本当に恐ろしい男だと眼鏡は額に滲んだ汗を眼鏡拭きでついつい押さえてしまった。


「安心しろ。ヤっちまえばこっちのもんよ」


「性犯罪者の理屈ですよソレ?!」


 そんな男達のやり取りを白金の髪の麗人<魔導機姫>アンネロッテが見て頷いた。


「なるほど、愛……そしてヤってしまえばこちらのもの、と」


「……なんでこっち見てるのアンネロッテ?」


 穴が開きそうな程に凝視してくる麗人に<絢爛舞踏>は身の危険を覚え、視線を外す。


「……なぜこちらを見ているのですか」


 次いで眼鏡をガン見し、ボソリと呟いた。


「ヤってしまえば」


「ストップです、アンネロッテ。それ以上はいけません。ええ、絶対に駄目です」


「えー」


 無表情ながら可愛らしく唇を尖らせる麗人に<極光>はぼけーっと椅子に座る老人に(すが)るような眼を向けた。

 その眼は何よりも雄弁に語っていた。


(我々、この娘をこんな風に造りましたっけ?!)


 と。


 老人はその視線に気付くことなく、ちびちびとジョッキを傾けている。


「あああああ、役に立たねぇ!」


 眼鏡が頭を抱える。

 

「吾の寝込みを襲うのも何度目になるかも覚えておらんがな、小僧」


「俺も覚えてねえなあ」


「このままではいつも通り、寝室から吹き飛ばされて海岸に頭から突き刺さるハメになるであろうが、なんぞ策でもあるのか?」


 <華焔将>は大笑した。どんな不振や不安をも払拭するかのような強い笑みで、


「何もねえ!俺はただまっすぐに突き進むのみよ!」


 なんとも男らしいがただの馬鹿であった。

 さすがの幼女も若干鼻白んだが、すぐに何やら企みを思いついたのか、南国のビーチで浮かべた時と同様の邪悪な微笑みがその顔に浮かんだ。

 

 「仕方あるまい。少しばかり汝が奮起するよう、吾がさーびすをしてやろう」


 彼女はとてとてと<華焔将>に近づくと、しゃがめしゃがめとアピール。

 男が腰を屈めて幼女の頭と同じ高さに合わせると、なんと幼女は男の頭に手を回して抱きしめたのである。


「──?!」


 室内が声なき声で揺れた。

 一体何を、と八神将が驚愕と不振で見つめる中、石の様に固まった<華焔将>に幼女は耳元で囁いた。


「今まで黙っておったが──吾は処女じゃぞ?」


 硬直していた男の身体がビクンと跳ねた。


「……かは!」


 男が血反吐で出すかの如き勢いで呼気を漏らす。

 幼女はそんな男の様子をにんまりと笑顔で見つめると、手を休めることなく追撃を耳元で放った。


「初潮もまだだぞ?」


 男が心臓を押さえて仰向けに倒れ込む。

 幼女はダメ押しとばかりに男の身体に跨り、耳たぶに唇を触れさせた。


「だが自慰は激しいほうでの。毎日のように身体を慰めておる」


 男の頭部の穴という穴から鮮血が噴水となって発射された。


「え、ちょっと?!大丈夫?!」


 大量の血をまき散らしながら幸せな笑みを浮かべる男に<絢爛舞踏>が顔を青ざめながら近づく。

 と、その身体をふわりと後ろから<魔導機姫>が抱きしめる。


「ちょっと邪魔しないでアンネロッテ。放っておいたらこいつ死んじゃいそうなんだけど?!」


 だが麗人は馬耳東風。


「クロエ様」


 動かぬ表情の中、瞳には熱く燃える何かが輝きを放っていた。

 その光に射すくめられ、褐色の美女は動きを止めた。


「な、なによ……」


 麗人は腕の力を強めて、および腰の<絢爛舞踏>をさらに抱き寄せる。


(わたくし)も処女ですよ、クロエ様」


「それアタシに言って何させようっての?!」


「寝室の鍵はかけないでおいてくださいね?」


「って、そっちが襲う側なんだ?!」


 喧々諤々(けんけんごうごう)たる室内で鮮血を(したた)らせながらも立ち上がった<華焔将>に幼女は満開の花のような微笑みを浮かべた。


「では寝室で待っておるぞ、小僧」



 ※



 翌日未明、ライヒ・エンパイア帝国の東沿岸で、上半身を砂浜に埋もれさせ、両足だけを直立させた状態の八神将<華焔将>アインヴァルトが巡回中の魔導人形によって発見されたが、心優しきその人形はいつも通りに見て見ぬふりをして巡回に戻っていった。

爆炎の牙が星を砕かんと襲い来る。赤の壁が星の流れを食い止める。

分かれ隔たれてもきらめく星は輝きを失わず──

次回、奏星機グランセリオン第十一話「彼岸花は、まだ散らない」

命と花と星、全てを心に秘めて。

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