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奏星機グランセリオン  作者: みんと猫
20/26

第9話 summer vacation! Bパート

 世界中の球技審判が愛用しているホイッスルが高らかと鳴り響く。


「では皆さま、今からしばらくの間、自由行動といたします。他のお客様にご迷惑をおかけしないよう節度を守って楽しんでくださいね」


 いつの間にやら引率役になっている<魔導機姫>アンネロッテが虚空を切り裂いて生み出した異空間にホイッスルを放り込みつつ<八神将>に注意した。

 うぇーい、だのはいはーい、だのと気の抜けた返事をしながら、各自どうしたものかと美しいビーチを見まわし、思案に(ふけ)る。


 せっかくの休暇である。思い切り羽根を伸ばしたいところだが一人で行動するのも少々寂しい。


 となれば……


 真っ先に動いたのは<華焔将>アインヴァルトであった。

 彼は意中の人である<傾城娘々(けいせいにゃんにゃん)>の起伏の無い肢体に熱い視線を送っていたが、見ているだけは満足出来なくなったのか、幼女に近づいていく。

 

「よぉ娘々。どうよ、これから俺と波打ち際でキャッキャウフフした後、ホテルで朝までキャッキャウフフでも」


 なかなかに最低な口説き文句だが、口説いた方は何故か絶対の自信に満ち溢れている。


 そして口説かれた方といえば──


「……ペッ」


 路上のゴミを見るような眼で<華焔将>を見据えながらビーチに唾を吐き捨てた。


()を誘うのなら、もう二千年程経験を積んでから出直して来い、小僧」


 紀元前から変らぬ、幼女の姿をした仙人の冷たいお言葉にも鼻白むことなく、青年は押しの一手とばかりに詰め寄ってくる。


「二千歳も年上の成熟した大人の女だからこそ、こうして愛を囁いてるんじゃねえか。分からないかねこの機微が」


「その機微で囁く愛とやらがキャッキャウフフなのか……?」


 ある意味凄い男だと幼女は感心する。


「と、いうわけで今から波打ち際のホテルでウフフ朝までキャッキャ」


「シャッフルしとるぞ、小僧」


 青年は髪を爽やかに掻きあげた。


「おっと、ついつい本能が理性を凌駕しちまったみたいだ」


「格好いいセリフだけれどもな」


 使いどころはここではないだろう。

 さて、この馬鹿をどうしたものか。


 いっそこの場から消えてしまうか。普段用いる呪符がなくともその程度の芸当は容易いことである。

 <華焔候>に背を向け、そんなことを考えていると、ふと視界の端に<紅>の破軍の背中が映った。

 未だにビキニパンツ一丁が恥ずかしいのか、仁王立ちしているようで若干腰が引けているあたり、帝国の大幹部の姿としては少しばかり情けない。


 その後ろ姿を見ているうちに、幼女の頭に天啓が降りた。

 延々と頭の悪い口説き台詞をのたまっている<華焔将>に幼女は笑顔を向ける。

 ニヤリ、というよりニチャッとした、姦計を巡らせた悪魔の如き笑みはペラペラと口を回転させる青年を黙らせるに十分なものであった。


 凍り付いた青年を他所(よそ)にして、幼女は<紅>に向かって軽快に走り出した。


 そして──


「一緒に遊ぼ、()()()()!」


 <紅>の背中に電流が走った。比喩ではなく、本当に青白い雷光がバシィ!と音を立てて首筋から背中、足に流れ、勢い余って近くに居た<剛腕>に直撃し、感電した彼は身体中から白煙を吹いて悶絶したが、それは些細なことであろう.


 無垢な笑顔で<紅>の腕に抱きつくと、幼女は甘えきった声でおねだりを始めた。


「ねえ、いいでしょ?あっちで遊ぼ、二人で!」


 <紅>は数瞬の間、上目遣いの幼女を見て茫然としていたが、我に返ったのかしっかりと<傾城娘々>の手を握りしめて破顔した。


「ああ、そうだね。お父さんと……いやパパと一緒に遊ぼう!」


 訂正、全く我に返ってはいなかった。


「え、あ、うむ……うん」


 暴走気味な父性に()てられた幼女は曖昧な笑みで頷くと、がっしりと繋がれた手を引き剥がすことも出来ずに波打ち際へと連れられていく。

 その光景を唖然として見ていた他の八神将は、普段クールな(八神将基準で)仮面の男の未知なる姿に戦慄を隠す事が出来なかった。


(パパって呼ばれたいのか……)


 とてもどうでもいい戦慄ではあったがいち早く立ち直った<魔導機姫>があることに気付き、ぽんっと手を打った。


「二千歳オーバーの娘々様でも良いのですから、三歳児である私も破軍様をパパとお呼びして甘えても良いのでは?!」


 まさに天啓を得たかの如き発想に、麗人は同意を求めたが極小ビキニ姿の戦友たちは揃って首を横に振った。


「たとえ実年齢三歳だとしても、その見た目であの年頃の男をパパ呼びとか、別の意味でしか捉えてもらえないぞ……」


 <華焔将>が夏のビーチの温度とは別の理由で汗を垂らしつつ苦言する。

 

「私としてはそちらのパパでも一向に……」


「やめとけ、仲良し夫婦の間に亀裂が走るから」


 そこで<紅>に家庭があることを思い出したのか、麗人は口を(つぐ)んで俯いてしまった。

 だが、数瞬の苦悩の後、顔を上げた<魔導機姫>のその眼には強い意志の光が灯っていた。


「──いける!」


「待て待て待て、お前何をどう組み合わせてどんな結論出した!?」


 ビシッと人差し指を<華焔将>に突きつけた麗人は得意気に鼻を鳴らす。


「無論!泥棒猫コースでHere we go!」


「痴情のもつれで泥沼コースじゃねーかソレ?!」


「奥様に、この泥棒猫!とビンタされるまでは規定コースですが、その後はまあ、流れでどうにかする感じでいこうかと」


「……お前魔導人形で頭すごい良いんじゃなかったっけか?」


「それは違いますアインヴァルト様。確かに私のスペックは人間と比較すれば遥かに高い性能を誇っておりますが」


「おりますが?」


「非常に残念な事なのですが、一の倍数の日はアホになってしまう仕様なのです」


「毎日がevery dayなんだな……」


 そういえば幼女にフラれた事を今更ながらに思い出した<華焔将>だったが、なんかもうこのハイスペックポンコツ人形に付き合っていたら気力を削られてしまい、再起するのは明日でいいや、とばかりにビーチに寝転んでしまった。

 

 休暇はまだまだあるのだ。明日こそはあの美しい裸体(華焔将視点で)存分に堪能することにしようと心に誓い、眩しく輝く陽射しを気にもせずに寝息を立て始めた。



 ※


 

「……思いのほか楽しくて意外であったの」

 

 波打ち際で水を掛け合ったり、よそ様のご家族とビーチボールで遊んだり、ゴムボートで沖合に出たりと一通りのレジャーを楽しんだ疑似親子は、太陽が沈みゆくビーチから、ホテルまでの道のりをゆっくりと歩いていた。


 <紅>の破軍の意外と逞しい背におぶさり、その肩に顎を乗せながら<傾城娘々>が疲れた身体を押しつける。


「悪かったね、いろいろと付き合わせてしまって。こう、とても可愛らしくてね。我慢できずについつい・・・・・・」


 <紅>の気恥し気な謝罪に、幼女は頬を染めて男の肩に顔を埋めた。


「──普段仕事に励んでいる(なれ)へのさーびすじゃ。今後は一層奮起せいよ?」


 照れ隠しでぎゅっっと背中を強く抱きしめてくる幼女に、男は破顔した。


「それはそれは、ありがとう御座います。お姫様」


 お姫様、の単語で再び顔を紅潮させた幼女は、誤魔化しがてらに男の背中を登り、顔の両脇を足で挟み込んだ。

 肩車の態勢になった<傾城娘々>は高くなった視点と、心地いい夕闇の涼しい風で手に染まった顔を冷ましていく。


 無言の道程がしばし続く。


「なあ、<紅>よ」


 膝をしっかりと掴み支えてくれている男の手に自身の小さな手を重ねて、幼女は聞こえるか聞こえないか、といったくらいの小さな声で呟いた。


「──なんだい?」


 少し遅れて返事が届く。

 幼女は男の髪を優しく撫でながら言った。


「次は、自分の子供と来れると良いの」


 自分でも少々驚いた程に優しい声が出てしまった。場の雰囲気とは恐ろしいものである。


「そうだね。ああ、きっとまた来るさ。妻と生まれてくれるはずの子供と、三人で」


 ひどく真摯なその声に幼女はギュッと男の頭を抱きしめることで応えてやった。

 

  

 男の髪からは戦士の血と熱の匂いと、忘れ去ってしまっていたはずの懐かしい匂いが、悠久の時を生きる幼女の鼻をくすぐった。

 

戦場は紅く染まる。炎の紅、血の紅、そして・・・・・・

唐突に訪れる絶望に、二体の奏星機が高らかに謡い、舞う。

次回、奏星機グランセリオン第十話「紅蓮の息吹}

それは焼き尽くす事のできない、二重奏。

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