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奏星機グランセリオン  作者: みんと猫
19/26

第9話 summer vacation! Aパート

「海だー!」


 アメリカはハワイ、オアフ島の有名ビーチに八人の男女が横一列に並び思い思いのポーズで喝采を上げた。

 燦々と照り付ける太陽の光の下、おそろいの白いマイクロビキニに身を包み(男女ともに)人々の奇異と羨望と嫉妬の視線の入り混じった視線を平然と受け流している(一部除く)。

 美しく輝く海原の偉容に、我慢の限界を超えた赤銅の肌の巨漢と褐色の美女、そして愛らしい幼女が解き放たれた獣のような勢いで波打ち際へと駆けていき──唐突に足元を<何か>に掬われ転倒した。


「ず(あつ)っああああああ!?」

 

 熱く焼けた砂浜に頭から突っ込んだ三人は美しく悲鳴をハモらせのたうち回る。


「なにしやがる、アンネロッテ!?」


 鼻と口に入り込んだ大量の砂を盛大に吐き出しながら巨漢が涙目で叫んだ。


「めっですよ、皆さま。海に入る時はちゃんと準備運動をしてからです」


 不可視の力を操り、抜け駆けした裏切者たちを転倒させた、アンネロッテと呼ばれた白金の髪を持つ傾国の美女は、その顔に表情と呼べるものを浮かべぬまま、淡々と言葉を紡いだ。


「さあ、足が攣って海の藻屑となっては末代までの恥。皆さましっかりと身体をほぐしてから海に入りましょうね?」


 不承不承、だが素直に「はーい」と返事をすると八人の男女は再び横一列に並び、<準備体操>を始める。

 手を振る度に雷光が走ったり、軽くジャンプするだけで足元の砂浜が爆発するのはご愛敬といったところだろうか。


 そう、世界征服を目論む人類の敵、ライヒ・エンパイア帝国の大幹部<八神将>はここ、南の島の楽園に揃ってバカンスに赴いているのである。

 

 ──忠誠を誓った彼らの主君を置いてきぼりにして。


 

 ※



 既に誰もが無駄の極みだとだと悟っている、ライヒ・エンパイア帝国皇城シャトー・キャッスルブルグは黒薔薇の間における定例会議の後、ぼそりと聞こえた誰のものともつかぬ「遊びに行きたい」というつぶやきに食いついた八神将は、即座に出発準備を整えゾロゾロと空間転移装置に乗り込んだ。

 

 強い魔力光を放つ空間転移装置に我先にと飛び込んでいく八神将の背に、一人<玉座>に取り残された皇帝がひどく遠慮がちに声をかけた。


「えー……()は?」


 今まさに転移装置に足を踏み入れようとしていた<絢爛舞踏(けんらんぶとう)>が胡乱気(うろんげ)な眼で振り向くと、


「脳味噌だけでどうやって遊ぶのよ?ビーチボールの代わりにでもなってくれるの?」


 辛辣に過ぎるが真っ当な対応に心折られた皇帝は、悲壮な沈黙に身を沈めながら消えゆく八神将を見送った。


 静寂だけを共に、皇帝は不自由な己の身を呪い、そして腹心である八神将の冷たい仕打ちに心からの呪詛と罵詈雑言を怒涛の如く繰り出した。

 同情の余地はある。何故なら「遊びに行きたい」と口にしたのは他ならぬ彼であったのだから……



 ※



 最新鋭の兵器を有する大軍にすら憶することのない八神将<紅>の破軍であるが、羞恥心は平均的な日本人男性のそれであるため、ピッチピチの白ビキニを纏っただけの自分の姿がビーチの人々に見られることに落ち着かないのか、準備体操が終わるとぶ厚い筋肉の持ち主である<剛腕>パンツェーセンと<大賢者>イグナーツの陰にコソコソと隠れた。


「隠れることなんてありませんのに。とても素敵ですよ、破軍様」

 

 <魔導機姫(まどうきき)>アンネロッテがそんな<紅>の姿に理解出来ないかのように首を傾げる。


「君くらいにもなれば他人様(ひとさま)の前に出ても恥ずかしくはないのだろうが……」


「まあ、それではまるで(わたくし)が羞恥心の無い痴女のようではありませんか」


 これでも恥ずかしく思っているのですよ、と無表情のまま口を尖らせる<魔導機姫>。


「褒めているつもりだったんだが。それにほら、(わたし)程度の貧相な身体を世間の皆さんにお見せするのはどうもね……」


 そう言って両腕を軽く広げる<紅>。

 実のところ彼の肉体は自分で言うほどに貧相なものではない。日本人としては長身であるし、元サラリーマンとして少々運動不足気味だったその身体も、今では均整の取れた水泳選手のようなしなやかな筋肉に覆われている。


「そりゃーよお、破軍。アレに比べりゃ大抵の人間は貧相に映るのは仕方ねえだろ」


 軽快な笑い声で<紅>の肩を叩きながら<華焔候(かえんこう)>アインヴァルトが「アレ」を顎で指す。

 <紅>と<魔導機姫>が揃ってそちらに眼をやると、そこには二つの肉塊が存在していた。

 

 つい先ほど、他者の視線から逃れるために<紅>が利用した筋肉の壁<剛腕>と<大賢者>がそれである。

 身長二メートル三十センチ、体重170キロの偉丈夫である<剛腕>はその膨れ上がった筋肉と見上げて首が痛くなるような長身で、広いビーチが狭く感じる程の圧迫感を醸し出していた。


「剛腕のおっさんはいつも通りだからいいんだけどよ」


 <華焔候>がどうしても理解できない面持ちでもう一方の筋肉を見据えた。


「アレはなんでああなったんだよ?」


 (くだん)の「アレ」<大賢者>は普段と変わらぬ茫洋とした眼で青い海を眺めている。

 既に九十歳を超えた老人であるが、二メートル近い長身と真っ白な長い髪と髭の持ち主で、それだけなら<大賢者>の名に相応しい姿であったかもしれない。

 が、その肉体は年齢からくる衰えなど一切感じない程の分厚い筋肉に覆われており、<剛腕>と並ぶとどこのボディビルコンテストの参加者かと思うレベルである。


「元々老人というには元気な方だったが、あんな筋骨隆々ではなかったような・・・・・・」


 <紅>が若干己の記憶に不信を抱くような面持ちで眉間を押さえた(さすがにビーチで正体バレバレの仮面は付けていない)


「それについては私からご説明いたしましょう」


 麗しき美姫がピシッと右手の人差し指を立てる。


「お父様は、いつ地獄に叩きこま・・・・・・んっん、失礼。天に召されてもおかしくないご年齢です。ですので昨今は健康に気を遣うようになってか、肉体維持のトレーニングを毎日続けるようにしたのですが」


 <魔動機姫>は立てた指先をそのまま自身の側頭部に突きつけた。


「皆さまもご存じの通り、最近は少々脳の劣化が著しく、その為でしょう、既に済ませたトレーニングを一日に何度も繰り返してしまいまして」


 次いで左手の人差し指も同様に側頭部に押しつけ、そのまま軽く首を傾げてみせた。無表情ではあるが妙に可愛らしいのが不思議である。


「そして疲れた身体と空腹を癒す為、思うがままに食事を貪り続けた結果──」


 側頭部を押さえていた指をズビシ!と自身の製造者(ちちおや)に向けた。


「ああなったわけです」


 なるほど、と<紅>と<華焔候>が同時に頷いた。


「老い先短い爺さんだと思ってたんだが、ありゃまだまだ長生きしそうだな」


 <華焔候>が敬愛と面倒さを半々にしたような微妙な表情を浮かべる。


「介護をする身とは、パワー系ボケ老人とか勘弁して欲しいところなのですが」


 <魔導機姫>が表情筋を動かさぬままに重いため息をつく。


「あなた方は普段帝国本土に居ないのですから良いではありませんか。毎日顔を突き合わせているこちらの身にもなってもらいたいものです」


 ピッチピチのビキニパンツを身に纏った眼鏡の青年<極光>のシルバリオが<魔導機姫>に勝るとも劣らないため息を吐きながら歩み寄ってきた。


「力を押さえることすらあの動きの悪い脳細胞では難しいのか、先日はくしゃみしただけで黒薔薇の間を半壊させていましたからね」


 玉座が砕ける寸前までヒビが入って陛下が狂乱していたのは愉快でしたが、とつまらなそうに吐き捨てると<極光>は何かに気付いたのか<魔導機姫>に顔を向けた。


「いかがなさいましたか、シルバリオ様」


 視線に気づいた麗人が無造作に<極光>に近づいた。

 完璧な造形美を誇る肢体を、極小のビキニに身を包んだその姿を、眼鏡の青年は不躾(ぶしつけ)な眼で嘗め回した。

 それに気付いた<魔導機姫>は羞恥に頬を染め、わずかに身を竦めたが<八神将>の一角を担う者としての矜持が委縮した自分を叱咤し、すぐに胸を張るようにして、その姿を<極光>に見せつけた。


 眼鏡を陽光にきらめかせながら青年は、目の前で両腕を後ろに回し、豊かな胸をグイっと押し出すようにしている麗人の顔を見据えた。

 <極光>の表情には色めいたものなど一切存在せず、眼鏡の奥にあるのは研究者、開発者としての知性の光だけである。

 それに気付いた<魔導機姫>は若干の落胆を覚えたが、<極光>の視線が顔から下に降り、柔らかな双丘で止まったことで、落胆が不審と期待に変わった。


 白いマイクロビキニに包まれた、更に白い肌の膨らみを凝視する眼鏡の青年を見つめ続けるうちに、麗人の覚悟は決まった。

 後ろに回していた腕を胸の下で組み、そのままグイっと持ち上げる。

 

 下からの押し上げによって麗人の胸の谷間がより一層深いものとなる。

 怪訝な表情を浮かべる<極光>に向かって一歩近づき<魔動機姫>は美しい唇から衝撃を発した。


「よろしければ、どうぞ」


 眼鏡の青年の眼が驚愕に見開かれる。踏み込まれた一歩分後退し、軽く首を振り、更に眼鏡を外してどこからともなく取り出した布で曇ってもいないレンズをふき取る。

 軽くうつむいて眼鏡を掛け、顔を上げた時には既に強い意志をその瞳に宿していた。


「では、失礼して」


 <極光>は右手で手刀を作ると、躊躇いなく<魔導機姫>の魅惑の谷間にそれを突き立てた──!


(これは……!?)


 素晴らしい。


 

 ※



 <魔導機姫>のどこまでも柔らかく、大きな二つの胸が左右から<極光>の右手をまるで底なし沼に沈ませるようにして包み込んでいく。

 強い陽射しによって汗ばんだソレはしっとりとして<極光>の手の動きを抑え込む。

 麻薬の如き甘美な感触が意識を浸食し、青年は陶酔の極致へと進もうとしていた。

 

(いけません……!)

 

 眼鏡の青年は気力を振り絞り、理想郷へと踏み込もうとしていた意識を無理矢理に引っ張り戻した。

 

(さすがは<魔導機姫>!同じ八神将でなければ既に勝敗は決していたでしょう。──ですが!)


 ライヒ・エンパイア帝国の大幹部<八神将>としての誇りが、同格である<魔導機姫>への一方的な敗北を()とはさせなかった。

 麗人の胸に挟まれたまま、麻痺したように動かない右手の指先が、極彩色の輝きに包まれる。


(これが我が刃、我が誇り、我が魂!)


 眼鏡の青年の全てが右手の指先に収束していく。


万物悉(ばんぶつことごと)く極光の輝きの前に果てよ!)


 ──遂に力は届いた。

 

 <極光>のシルバリオの指先がかすかに動き右手を圧迫する<魔導機姫>の柔らかな膨らみを、ぷにっと押し返した。

  

 ピクリと麗人の身体が跳ねた。


(今です!)


 眼鏡の青年はここぞとばかりに動きを取り戻した右手で<魔導機姫>の双丘を蹂躙(じゅうりん)していく。

 五指を左右に動かしてたぱたぱと音を立ててみたり、指先で肌を擦ってみたりと、やりたい放題にしていたのだが。


「……んっ」


 苦痛ではない、甘さを含んだ小さな呻きで我に返った<極光>は右手を谷間から抜き取り、息を乱した<魔導機姫>に(うやうや)しく一礼をした。


「ありがとうございました。非常に有意義な時間を堪能させていただき感謝の極み」


 麗人は頬を朱く染めたままに返礼。


「いえいえ、こちらこそ。またいつでもどうぞ」


 非常に健やかな空気の中に居る二人を<絢爛舞踏>は理解不能の物体を見ているような顔で問う。


「……あんたら、一体どういう関係なのよ?」


 <魔導機姫>と<極光>はチラリと目線を交わしあうと、ガッシリと肩を組んで親指を立てた。


「「戦友です」」


 


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