第8話 ダブルインパクト Bパート
「うわあああああ?!ヌルヌルする!?めっちゃヌルヌルするぅううう……おぶぇ?!」
目標との距離を見誤った<絢爛舞踏>クロエの絶叫が吾の耳に届いた。
あの粗忽者が。勢いだけで事を成そうとするからそのような目に合うんじゃ。
おぶぇ?!という断末魔の叫びからして、あの粘液を顔面にまで浴びたということか。
悪夢以外の何物でもないの。
「クロエ殿!?」
鳥型破壊ロボの背に乗り、その二つ名の由来となった極彩色の光の矢を間断なく撃ち続ける<極光>のシルバリオが粘液に飲まれた小娘を見て、悲痛な叫びを上げた。
「うわっ?!きたな──もとい、ご無事ですか!?」
さらっと本音が出たな、眼鏡め。
吾は、全身粘液まみれで落下していく小娘の二の舞を演じるつもりはないため、自身が駆る眼鏡と同型の鳥型ロボに指示を出し、目の前の異形から距離を取った。
懐から取り出した霊符を周囲に撒き、結界を張ることで、体中粘液まみれという最悪の状況から身を護る。
私にもお願いします!と切羽詰まった眼鏡の声が届いてきたが、そのくらい自分でなんとかせい。
さてさて、ここからどうしたものかの。
─ライヒ・エンパイア帝国本土の東海岸沖で<傾城娘々>、<極光>のシルバリオ、<絢爛舞踏>クロエの三人の八神将は<ソレ>と激戦を繰り広げている。
十数分前、突如として帝国上空の「門」から、全長一キロメートルを超える巨大なミミズが湧き出てきおった。
帝国本土に目掛けて落下してくる巨大ミミズを、どうにか海上に弾き飛ばし、三人の八神将が迎撃に出向いたわけじゃが。
この巨大ミミズ、てっきり海に落下して沈んでいくと思いきや、なんと空を飛び、真っ当な眼も持ち合わせておらんくせに、吾等を敵と認識したのか、その巨体を叩きつけてきおった。
結果として<絢爛舞踏>の小娘は接近を許し、巨大ミミズが分泌する粘液に飲み込まれる状況に追いやられた。
ちなみに「門」というのは、この世界と異世界とを繋ぐ時空トンネルのことで、我らが皇帝陛下がこの世界に降臨するために使ったものだそうじゃが、困ったことにこの「門」閉じることが出来なくなったそうでな。
挙句、時が経つにつれ、「門」は数多の世界と接続してしまったらしく、あらゆる「モノ」が帝国本土上空に開かれた「門」から落ちてくるようになってしまった。
それはある時は人であり、ある時は用途すら不明の道具類であり、そしてある時は今この時のような怪物であったりと。
とはいえ、吾としては、いや八神将としては、自身の力を存分に揮える数少ない機会だからの。
むしろ「門」はもう開きっぱなしで構わんくらいではある。
だがしかし……
「久々の戦なんじゃから、もう少し<すたいりっしゅ>な敵と巡り会いたかったものよの」
巨人だの巨竜だのいくらでも居そうなものじゃが、よりにもよってミミズとは。
撒き散らされる粘液を結界で弾きつつ、吾は数枚の霊符を投擲。
「──!」
力持つ言の葉によって砲弾と化した霊符が、眼前の巨体に叩き込まれる。
いくつもの風穴が開き、何色ともつかぬ液体が噴き出す。
──空気が震えた。
おそらくは声を持たぬ巨大ミミズの叫びだったのであろう。
ぶるぶると巨体を震わせ、のたうち回る様を見て、吾はうっかり声を漏らしてしまった。
「なんか卑猥じゃのう」
「余裕ですねえ、娘々殿」
眼鏡がいつの間にやら近づいていた。その身体は極彩色のオーラに包まれており、飛来する粘液を消滅させている。
なるほど、そういう使い方をするか。
「なかなか便利な力よの、眼鏡」
「そのおっしゃりようだと眼鏡が力を発揮しているみたいなのでやめてください。・・・・・・っと、おやおやこれは」
眼鏡をクイっと上げ下げしつつ、驚嘆の声を<極光>の眼鏡が上げた。
吾の霊符と眼鏡の光の矢によって穴だらけになっていたはずのミミズの巨体が再生している。
ゴボゴボと音を立てながら肉が盛り上がり、巨体に開いた穴を塞いでいく。
「長丁場になりそうですかね、これは」
心底面倒くさそうな表情で眼鏡が呟く。至極同感じゃが、さてどうしたものか。
「あー、もうヒドい目にあったわ」
粘液に塗れ、海面に落下していったはずの<絢爛舞踏>の小娘が勢いよく飛んできた。
鳥型ロボは巨体に押し潰されて破壊されたが、重力を操って浮いているのであろう。
それはいいのじゃが……
「あのミミズ、もう容赦しないからね。完膚なきまでに叩き潰してやる!」
戦意を燃やすのは結構なんじゃがな。
「小娘よ」
吾は巨大ミミズから目を離さず、ゆっくりと小娘から遠ざかる。
「何よ?」
胡乱気に聞き返す<絢爛舞踏>。
「くさい」
吾はこれ以上ない程、聞き違えなどさせない明瞭さで言い放った。
「……え?」
「くさい」
てらてらと品の無い光沢を放ち、トロリと糸を引く液体で全身を彩る小娘にダメ押しする。
「自分でも分かってはいるけど……そんなに?」
眼鏡が悲しげに頷く。
「残念ながら……あ、近づかないでくださいね。あ、あーー、くんなくんなシッシ!」
あまりの衝撃からふらふらと眼鏡に近づき、犬のような扱いで追いやられる小娘に、吾は流石に憐憫を覚えた。
「まあ、なんだ。とりあえずその身体を綺麗にせねばな」
パッと小娘の顔が輝いた。
「もしかして霊符で汚れを浄化できたりするの?!」
霊符を使うのは間違ってはおらぬが。
「そんなところじゃ。ではゆくぞー」
吾は霊符を小娘に向けて放つ。ペタリと身体に張り付いた符はその力を解放し──
小娘が操る重力を消失させた。
「え?」
理解が追いつかぬ声が小娘の口から漏れる。
落下。
「ええええええええええええ?!」
符によって能力を封じられた小娘は、海面に向けて勢いよく落ちていく。
「はっはっは。海で存分に汚れを落としてくるが良い。綺麗になるまで上がってくるのではないぞ?」
思えば海面まで二百メートル程ある気がするが、曲がりなりにも八神将の一人ならば、能力が封じられていても死ぬことはあるまい。多分。
「ヒドいことをしますねえ」
落ちゆく同僚を眺めながら眼鏡が呟いた。
犬扱いで追い払った汝に言えた義理か。
おっと、茶番を演じていたらいつの間にやら巨大ミミズが復活しておるな。
「このままだと私までクロエ殿と同じ目に合いかねませんね。さっさと片付けることにしましょうか」
眼鏡が白衣の襟を正して巨体に向き合った。
「して、どうやって倒すつもりじゃ?あの巨体に再生能力は厄介じゃぞ」
「心にもないことを。貴女が全力を出せばあの程度、敵ですらないでしょうに」
「汝にとってもな」
お互いに獰猛な笑みを浮かべ、巨大ミミズの前面に並び立つ。
「では」
「終わらせるか」
吾は霊符を一枚、頭上に掲げた。すると符が一枚から二枚に、そして四枚、八枚と倍々に増えていき、数瞬のうちに百万を超える符が周囲を覆いつくした。
手に持つ一枚の符がくるくると筒状に変化し「柄」となる。
夥しい数の符が柄を起点に組み合わさり、巨大な剣の形を成す──
<極光>のシルバリオもまた、全身から吹き出す極彩色のオーラが爆発的に膨れ上がり、長大な刃となってその手に収まった。
自分に比べれば豆粒にも等しい卑小な人間から放たれる強大な力の奔流に、巨大ミミズは畏怖するがごとく僅かにその巨体を縮こまらせる。
だが、そんな惰弱が自身で許せなかったのか、声なき雄叫びで空を揺らし、大口を開けて突撃する。
「良い」
吾の小さな声が届いたのか、巨大ミミズは更なる加速を持って迫りくる。
身体中に震えが走る。
たまらない、と狂喜する。
抑えきれない欲望を握りしめた剣に乗せ──
同時に振り下ろされた符剣と極光刃は巨大ミミズの頭から尾先までを綺麗に三枚におろした。
三分割されて尚、目の前の敵を飲み込まんと突き進んできたが、吾の身体に触れる直前にピタリと動きを止め、そしてゆっくりと海面に向けて落ちていった。
慣性にも重力にも逆らうような巨大ミミズの最後だったが、疑問に思うようなことではないようじゃな。
下を見れば、海面に顔を出し、何やら不満顔で喚く<絢爛舞踏>の小娘の姿が見えた。
あの小娘が重力制御で巨大ミミズの動きを止めたのであろう。
何やら悪態をついておるが、吾を護ろうと能力を振るうあたり、可愛げがあってよい。つんでれというヤツじゃろう。
「ゆっくりと着水させようとしているのでしょうが、あの質量が落下したのでは、どれだけ速度を落としても海中に引きずり込まれるのではないでしょうかねえ」
眼鏡が淡々とごく近い未来を予言する。
そうさなあ、と救助に向かうべきかと悩んでいるうちに三枚おろしが海に落ちた。
小娘が頑張ったのか、思いのほか小さな水柱が(それでも数百メートル単位ではあるが)立つと同時に<絢爛舞踏>クロエの姿は海中に消えた。
「「あ」」
……後で温かい茶でも振る舞ってやるか。
時代は変わり、流れは変われど、決して変わらぬモノがある。人は何故ここまで心惹かれるか。そう、それは誰が言ったか水着回。
次回、奏星機グランセリオン第9話「summer vacation!」
──星の光でも、水着は透けない。