第5話 星は砕け、刃折れても Aパート
さてさて、本当に技術と資金を地球人の皆さまに提供してしまいました。
どちらも沸いて出るものではないというのに、皇帝陛下にも困ったものです。
こういう時はケチケチするものではない、との事で先進国の国家予算なみの金額が地球の方々に送られることになりました。
……世界のお金の相場が崩れたりしなければよいのですけれど。
と、いうわけで今度は帝国のお財布が火の車です。
帝国は地球全土に大小さまざまな企業を運営しておりますが、これだけの規模でお金を放出するとなると大変です。
我々八神将も、各々の担当区域での営業にてんてこ舞いで、最近は侵略行為も疎かになりがちになってきています。
本末転倒とは正にこのことですね。
元サラリーマンである<紅の破軍>様は昔の血が騒ぐのか、妙にイキイキとご自分の所属する会社(本来はダミー企業なのですけど)でお仕事に励んでらっしゃいます。
商社の営業マンというのはそんなにも心躍るものなのでしょうか?
とはいえ、懸命に働く殿方の姿を素敵ですね。恋心を覚えてしまいそうです。
……それでは、私も自分の担当区域でしばし経済活動に勤しむと致しましょう。
申し遅れました。私、アンネロッテと申します。
異世界の魔法文明と地球の機械文明が生み出した魂を持つ人形。
激動の時代に生まれ落ち、戦うことを義務付けられた悲しき存在。
勿論、そんな義務など遂行する気など更々なく、毎日をハッピーに暮らしておりますので、皆さまご安心ください。
※
空間転移装置を用いて欧州の秘密基地に戻りました私は、自身で押さえている天然資源や貴金属、魔導資材の在庫を確認。
ふーむ、いくらか放出しなければ今後の侵略活動に支障をきたしそうですね。
倉庫に貯め込んだ、これら御宝の山を愛でながらのティータイムは楽しみの一つだったのですけれど。
私は未練を振り払うべく、極東方面司令部へ連絡を取ることにいたしました。
「おやおや、これはお久しぶりです、魔導機姫アンネロッテ様」
通信画面に映し出されたのは穏やかな笑顔を浮かべる初老の殿方。
「ごきげんよう、宗像社長」
軽い世間話といくつかの物資のやり取り、届けられたデータに目を通しながら、私はついつい溜息を漏らしてしまいました。
「これだけのお金と資材があれば、どれだけ世界征服に近づけることか」
社長もそうですなあ、と頷いてくださいました。
「全ては皇帝陛下の御心のままに、と傅きたいのは山々ですが、現実は厳しいものです」
宗像社長も私に釣られたのか、重い溜息をついてしまいました。
「このような苦労を背負うなら、思考することのない木偶人形として生まれたかったですなあ」
そう、この宗像社長に限らず、世界各地で暗躍する多数の帝国の尖兵達は、そのほぼ全てが私と同様の魔導人形が担っております。
疲れを知らず、畏れを知らず、傷つくことを厭わない人形達は我々帝国にとって無くてはならない労働力なのです。
私を生み出したお父様、大賢者イグナーツ様の言によれば、私以外の魔導人形は与えられた命令に従う、あらゆる状況に対応して適切な反応を返すだけの、文字通りの人形に過ぎないとおっしゃっていましたが、困り顔で額に浮いた汗をハンカチで拭う宗像社長を見ていると、表情というものを一切浮かべることのできない私の方がよほど人形のような存在に思えます。
「本当にご迷惑をおかけしております」
私は彼等を統括する立場にあります故、心底から労いの言葉をかけさせていただきました。
いえいえ、と優しい笑みを浮かべる宗像社長。
なんという素敵な笑顔。
まったく、私の回りの殿方はどれだけ心を揺さぶるのでしょう。これが恋多き女というものでしょうか。
今度クロエ様に相談してみましょう。