幸せの形
こんばんは、はじめまして。僕はみのりの夫で真琴の父の灯夜です。
今僕は夜の街を歩いている。同僚の飲みを断って帰宅中だ。理由? そんなの簡単、愛する妻と息子が家で待ってるからね。それ以外に理由がいるかい?
ちなみに今日も職場でお前は親バカだ、と言われたがそんなのは分かっているんだ! しかし感情なんてどうにかできる訳もないし僕は諦めている。
いつもの帰路を歩き、ローンで建てた我が家の前まで着く。今日も一日疲れた……が、これでやっとオアシスへと行ける。
見慣れた玄関のドアを開けてただいまと一言。さぁ我が天使よ、出迎えてくれ。
「あら、パパお帰りなさい。今日も一日お疲れ様でした」
……目の前にいるのはエプロン姿のみのりだ。というかだけだ。
「あれ、真琴はどうしたんだい……」
「あ、まーちゃんならリビングで何か読んでましたよ?」
……本当は「パパ! おかえり!」「ははは、飛び込んだら危ないだろ」的なものを想像していたのだけれど、まあ妻が出迎えてくれただけでもよしとしようじゃないか。むしろ、僕はきっと幸せな方だ。
「パパ、ご飯にする? お風呂にする? それとも……」
おっとこれは定番のやつじゃないか。
自分で言うのも何だが、我が妻はとても若く見える。今年で二六の筈だが、その外見は二十才……下手したら十代でも通るのではないだろうか。
「寝ます?」
そしてちょっと天然だ。
酔ってもいないのに、帰ってきてすぐ寝るなんてあるのだろうか。ちなみに今は七時である。
「あー、いや、ご飯でいいかな。今日は何?」
「今日はですねー、ハンバーグです!」
思いっきり魚の焼く匂いが漂っているんだけれど……多分元々ハンバーグを作ろうとしていて言い間違えたかな?
みのりに鞄を渡して靴を脱ぐ。そのまま廊下を渡ってリビングへ、さあ今度こそ息子と対面だ。
「ただいま〜まこと。パパが帰ってきたぞ!」
何かを読んでいるって言ってたし、絵本か何かだろうか。
「ああ、うん。おかえり」
はい、ほぼほぼスルー……チラッと見てすぐ本に戻っていったよ。しかもよく見たら読んでるの芥川龍之介の『羅生門』じゃないか!
「なるほど、生きるための人としてのエゴイズムが表されている訳か」
しかも完璧に理解してるじゃん! 僕でさえ最初は意味わかんなかったのに!
「お、おーいまこと。そんな本読んでないでこれを読もうよ。ほら、買ってきてあげたよ?」
子供が好きそうな迷路の絵本だ。本屋さんで見るに、有名なキャラクターが冒険するストーリーのようだ。
これなら大抵の子供は喜び「パパっありがとう!!」となるに違いない。
「え、いらない」
あー、うん、そうだよね……大抵の子供はだよね。
「こら、まーちゃん! パパが折角買ってきてくれたのですよ!」
みのりが、鯖らしき物を乗っけた皿を運んできてそう言った。やっぱり魚だった。
「……買ってきてくれるんだったら夏目漱石の『こゝろ』がいい」
「それ人生の迷いを解くやつだからね!?」
はあ、頭が良いと言うかドライというか……まあ可愛いには変わりないけどね。
「まあ真琴のこの性格は今に始まったことじゃないけどね……この様子だとこれもいらないか。はい、みのり、プリン冷蔵庫に入れといて」
「ピクっ…………」
「三つあるからそうだね、明日会社にでも持って行こうかな」
「…………げる」
「ん、何か言ったかい? 真琴」
「しょうがないから食べてあげる!」
おーっとなんか腕組んで頬を膨らませているぞ。これはあれか、ツンデレか。なるほど、男のツンデレって需要があったんだな、初めて知った。
「母さん、スプーン!」
「先にご飯食べてからですよ〜?」
小さくチェっと舌打ちする我が息子は、行儀が悪いけど……
「まあいっか。お、美味しそうだな」
頂きますをしてみんなでご飯を食べる。急いで食べようとしてむせる真琴を、みのりが慌てた様子で背中を叩く。威力が強かったのか真琴がゲホゲホとむせて、みのりを恨めしそうに見た。
「ははっ」
「父さん、何笑ってんだ」
「いや……ちょっとね」
本当、やっぱり僕は幸せ者だな、と思うのであった。
書いてるとき「あれ? 羅生門だっけ羅城門だっけ? そもそも書いたの誰だっけ? よっしゃウィキ○ディアへゴー!」
……作者は五歳児に負けたのであった。