パケット
ケータイでインターネットにアクセスしようとしたが、なかなか繋がらない。上の方に持ち上げてみたり、左右に振ってみる。すると、窓がコトコトとノックされた。
いけないいけない。寒いからつい締め切ってしまうな。少し開けておかなければ、パケットたちが入ってこれないんだった。
「悪い悪い、今開けるよ」
数センチ隙間を開けると、列になってデータボックスを担いだパケットが入ってくる。
「トクヒロォ、ちゃんとあけといてよ」
「そだそだ」
「そとさむいんだぞ」
「あーおもかった」
「おい、おまえ。ひとりでやすむなよ」
「このへやあったかくてねむねむ」
「とまってこうか」
「まどあいてたらさむいよな」
「しめちゃおうぜ」
「おもくてむり」
「トクヒロしめてよ」
ぞろぞろぞろぞろ、と。室内に押し入り、僕のケータイのアンテナにデータボックスを投げ込むと、箱は形を失ってアンテナに吸い込まれていく。それと平行して、ケータイの画面はウェブサイトへアクセスした。窓を閉めてしまうと、後続のパケットたちが入ってこれなくなるので、ホットカーペットの上にたむろし始めた仕事済みのパケットの言葉は一旦、というか完全に無視して、「しかし、なかなか慣れるものでもないよな」と誰ともなく呟いてみる。誰ともなく、とは言っても、やはりパケットは一向に増え続けて、しかも一部では、退去する様子を見せないで押しくら饅頭など歌い始めている始末だが。彼らには、僕の悩みを解消できるような知能はない。寧ろ、押しくら饅頭の歌を知っていることに、若干の驚きさえ覚えるほどだった。
まあ。二秒で忘れたけど。
かくして。僕のケータイは、五分後にやっと目的のウェブサイトを表示した。するとパケットがちらちらと肩の上によじ登って来て気安く質疑する。
「トクヒロなにみてるー」
「えろいやつか」
ちげーよ。というか、お前たちにもエロいとかいう概念あんのな。意外。
「がいねんはしらんけど、だれかいってた」
「なんだっけ」
「あれだよあれ、ほら」
「ええと」
「めがねかけてたよな」
「なんのはなしだよ」
「あそうだおもいだした」
――おとめはみんな、えろいんだ。
それ、本当にあってるの。お前たちには僕が乙女に見えんの。
「それだ」
「まちがいない」
「よくおもいだしたな」
「だれがいったんだっけ」
「シマジじゃね」
「いやいやオトノリだよ」
「だれだそれ」
おいおい、本気で知らねえ奴らの名前出すなよ。僕にはそんな知らねえ奴の適当な知識までフォロー出来ねえからな。というか、君たち帰んないの。
「かえったやつもいるじゃん」
そうだけど。室内は僕が数ページのサイトにアクセスする間に、多分、千以上のパケットで溢れていた。主にホットカーペットの上にだけど。なんだか小さいのが大量にうねうねしてて少し気持ち悪い光景だ。パケットがいない時代の自分が見たら絶句するだろうな。今だって言葉もないし、これが絶景と言うものなのだろうか。絶好の景色じゃなくて、絶句する光景でも、絶景と言っていいものか。
「かおいろわるそうにいえばいいんじゃない」
顔色は、だいたいいつも悪いつもりなので、絶景だな、と言ってみた。言ってみると、思ったより違和感がなかった。そんな阿鼻叫喚カーペットの行く末を気に掛けている隙を突いて、パケットがケータイの画面を覗き見た。
「りくるーと」
「トクヒロにーとやめんの」
バカ野郎。僕は学生だからニートの定義には絶対に当てはまらねえんだよ。というか、お前、字読めるんだな。
「トクヒロ、おもったんだけど」
「ぼくらのことばかにしすぎじゃね」
お、おう。悪かった。そう言って僕は、部屋に転がしてあった長さ五十センチくらいの金属円筒――マグネットバーを手に取った。
コロコロコロコロ~。
「うひゃ~」
「きえるー」
「トクヒロ、きえるよー」
「あひゃ」
「うぽん」
「ぐにゃ」
「べちょ」
「ぼきぼき」
態態口でグロい音を演出しようとするな。本当に阿鼻叫喚みたいじゃないか。
「ほんとに、あびうにゃうにゃだわ、ぼけー」
叫喚が言えてないぜ。叫喚を『ギョウカン』と読んでしまうのには共感しなくもないけれど、いや、やっぱりしないか。でも流石に言えないほど発音難しくもないだろ。コロコロコロコロ~。
「発音どころじゃないぐちゃ」
「あれをとめろーぼはっ」
「いーーやーーどっかーん」
引き続き阿鼻叫喚。
さて。
パケットたちがさっきから何を叫び喚いているかというと――それは僕の転がしたマグネットバーに襲われているからであった。襲われてなんて言うと少しヒト聞きが悪いけれど、要約すると、僕は部屋の掃除をしているのだ。ん、短くまとめすぎかな。まあ、そのうち慣れるよ。僕みたいに。
「トクヒロ、なにゆえだ」
「ぼくらはトクヒロのへやでねてるだけじゃないか」
それがダメなんですけど。まあ、安価なAIでできた電子生命『パケット』に、他人への気遣いとかを期待しても詮方ないことらしい。生命とか言いつつこうして簡単に除去している僕もどうかと思うが、その辺は、各町内の拠点アンテナからいくらでも生産されるから問題ない、らしい。らしい、というのも、実はこのパケットが普及し出したのがまだ先週のことで。だから一般人の、特に電気的な分野に興味があるわけでもない高校生の僕には、管見でしか詳細を語れない。今こいつらについて分かっていることといえば、強力な磁界に近づくと消えるということくらいだろうか。さっきから僕からの扱いがあまりにぞんざいだから、もしかしたら誤解があるかも知れないけれど。世が世なら――つまりあと何年かしたら、歴史年表に新たな通信革命の項目が増えてもおかしくない存在だ。有線通信、無線通信に続き、とうとう物理通信が確立されたのだ。まあ、効率は悪いし、作り手の遊び心が満載すぎて、無駄に賑やかになってしまっているが。その辺は後に改善されるだろう。初めから完璧な技術なんて、そうそうあるものじゃない――いや、初めだろうとその後だろうと、技術に完璧という言葉は似つかわしくないかも知れないけど――完成はなくとも改善には期待するところだ。と、カーペットのコロコロが終了して、部屋が綺麗になると、僕の肩のあたりに隠れていた(遊んでいた?)パケットたちが、仲間を一掃されたのを気にも掛けず、警告を発した。
「トクヒロ、やばいぞ」
「チカチカがくる」
来るって、そんなこと分かるのかい。大概僕もお前たちのことはバカにしていたけど。もしかしてあれかい、人間の発する生体電気のパターンを記憶ならぬ記録していて、近くにきたら誰かわかるとかそう言うことなのかい。もしそうなら、今後も僕の周りに付きまとってくれていいから、知り合いが近くに来たら教えてくれないかな。あまり偶発的に誰かと顔を合わせるのは好きじゃないんだ。
「まどからみえた」
なんだよ。それなら僕にもできるわ。この役立たずめ――って、あれ。ちょっと待てよ。誰が来たって言った。何か、僕の耳が遮断したくなるような名前が聞こえたような。
「だからチカチカだって」
「本当にやばいじゃないか」
冒頭のセリフ以来、鍵カッコをつけてしまうほどの驚愕だった。
驚きすぎて、多少カッコぐらいつけてないと目玉が飛び出るぜ。
「寒い」
ごめんなさい。玄関を開けて、開口一番シュンとする僕だった。いや、自分でも俗な駄洒落を使ってしまったと思うけど……。
「なんで謝ってんの。おもしろーい」
と、反省してみたが、どうもモノローグへのダメだしではなかったらしい。しかし、ものすごくつまらなそうというか、平坦なテンションで面白いと言われると、逆に傷つくな。
「ねえ」
なんでしょう。これでも僕はケータイ片手に職探しに勤しんでいたところで一応忙しいのだけど。アポもとらずやってきて、挨拶もなく寒いと文句を言われ、僕はどうしたらいいかわからず。とりあえず、次の言葉を待ってみた。
「寒いって言ってんでしょ。部屋に早く入れなさいよ」
額の下から、のぞき込む用にして睨まれた。寒いと言いつつ、彼女の前髪はいつも通り上で纏めておでこ全開のスタイル――確かポンパドールと言ったか。見ように寄っては、ミディアムな金の癖っ毛が、おしゃれパーマにも……見えないな。一月だというのに、限界まで短くされたプリーツスカートと、裾が外に出た、信じられないくらいクシャクシャなブラウスは、女子高生というブランドを遺憾に思うほど無駄遣いしている。僕だって、制服をその辺に脱ぎ散らかしたりするけど、そこまでにはなかなかならないぞ。最低限見れる姿になっているのは、黒いブレザーの上に羽織った白いコートがまだ新品だったからだろう。きっと来年には雑巾にでもなっていると思う。僕は、すみません、と顰蹙した態度で、決してボタンが真ん中の二つしか留められていないブラウスの下のお臍とか、胸元には目線を向けたりせず、せず。ワンルームの室内へ案内した。
「おっ。結構キレーじゃん」
それはまあ。何もないからな。
「キャハハハハ。全部燃えたもんねー」
笑い事ではないと思うけどな、普通。こいつが普通じゃないのは、十年も前から承知しているけど。
「いーなーいーなー。ウチも自分ち燃やしてみたいわー。ね、ね。どんな感じだった」
嬉々として詰め寄ってくる。どんな感じと訊かれても、家が全焼したんだ。そんなものは喪失感以外あるわけもない。
「えー、もっとあるでしょ。だって」
両親を殺したんだから――わざとなのか、それとも天然か。コートとブレザーを脱いだチカは、這うように迫って耳元でそう囁いた。脳が痺れて彼女の狂気が忍び込み、露出した肌が、冷静を切り崩してくる。
気持ちが悪い。
やめろよ。殺しただなんてヒト聞きが悪い。あれは単なるストーブの不始末だったんだよ。今時石油ストーブなんて使ってるからこんなことになるんだ。外出してなきゃ、僕も危ないところだったんだぞ。
「やっぱ、トクヒロおもしれー。死んだ人間に説教かよ」
チカはホットカーペットに寝ころんだ。ちなみに、パケットたちは、全て除去済みだ。というか、チカが上がってくる前にみんな自分からマグネットバーに突っ込んでいった。この一週間であいつらに何したんだよ。まあ、できることなら、僕だってマグネットバーにダイブして消えたいところだけど。そうもいかず、おとなしく話を聞く。
「あんた、親のこと嫌ってたもんね。幼なじみとしては、励ましてやるべきなんだろうけど。つーか、一緒に悲しむべきなんだろうけど。落ち込んでない奴は励ませねーし、悲しんでない奴と一緒には悲しめねーよな」
キャハハハ、トクヒロはクズだよー。と言われたが、そこに関しては何も言い返せない。言い返す必要性もあまり感じなかったけど。
「ウチも殺してみてー。でも良識が邪魔してできないわー」
良識が棒読みだぜ。殺してー殺してー、トクヒロいいなー。と、僕の状況を垂涎するチカ。彼女としては、僕が両親を殺したことになっているらしい。警察も言ってただろ、事故だって。
「キャハハハ、笑わすなって」
今のセリフで笑いがとれると思ってる奴は、全世界探してもお前くらいのものだと思うけど。
「死んでほしいと思ってる奴が死んで、死んだことをトクヒロが喜んでんなら、それは自分で殺したのと変わらねえだろ」
あんたは偶々《たまたま》手を下さなかっただけだよ。チカは、文字通りに腹を抱えて、マグネットバーの如くカーペットの上を転げ回った。
喜んでなんかいない。さっきも言ったとおり、あるのは喪失感だけ。なくなった、と思うだけ。
「言葉の綾だよ、ウチだってあんたが喜んでる姿なんか見たことねーっての」
それは言い過ぎにしても、確かに僕は、両親の死をマイナスとは思ってないかも知れない。……思ってない。もちろん、マイナスな面だってある、生活は大変になるし、未成年だから保護者の問題とか、大変なことは多い。けれどそれを踏まえても、嫌いな人間が居なくなることの心情を考えれば、それはプラスに……ああ、こんな計算している時点で、僕はどうしようもないな。
「おーい、なんか言えよ、張り合いねーな。ヒト殺すのってそんなにつまんねーの、じゃあ今度は殺されてみる」
起きあがったチカは、勝手に台所へ向かうと、包丁を持ってもどってきた。
「じゃーん」
冗談はよせよ。お前が持ってると本当に怖い。刃の先が、何の迷いもなく僕の方を向いている。
「ええー」
凶器を持った右腕をぶらりと下げ、胴ごと首を傾け白い胸元をだらしなくはだけさせる。左手を僕の体に回し、息がかかるほど顔を近づけて、
「ウチはトクヒロならいいよ」
と、悪魔の様に囁いた。
語尾に「殺してあげても」という一文が隠れてなかったとしても、包丁を握っていなかったとしても、チカの毒のような笑顔に、警戒を解くことはできなかっただろう。
「それとも一緒に死んでみる。ほらよくあるじゃん。ウチらは死んで一つになるのよー、みたいなやつ」
なんだ、チカは死にたがりなのか。それなら僕に迷惑のかからないところでやってくれよ。
「そんなこと言ってねーだろ。ええーい」
淫らな格好の女子高生に飛びつかれて押し倒された。チカの影が覆い被さる。倒れた表紙に、顔のすぐ横に包丁が落ちて刺さっていた……。おい、そんなもん持ったままふざけんなよ。
「キャハハハ。ひでー顔」
四つん這いで見下ろされる。包丁の刃の様に、まっすぐ視線が刺さった。なんなんだ。何がしたいのか分からない。そもそも今日は何をしに来たんだ。
「だから言ったでしょ、励まそうと思ったって」
でも落ち込んでない奴は励ませないって言ったじゃんか。
「それは結果論でしょ、ここに来てトクヒロに会うまではそう思ってたんだよ」
似合わないな。僕にはいつも通り、頭のおかしい女にしか見えない。
「しょーがないでしょー。そんな罪悪感に押しつぶされそうな顔して、ウチにはちゃんと分かるんだなー。なんか隠してんだろ、ほら言っちまえよ」
言えって、何をさ。
「何を。知ってるのはウチじゃないだろ。後ろめたいことがあるんだろ。だいじょぶ、だいじょぶ。誰にもいわねーから」
チカは何を知っているのだろう。どこまで知ってそんなことを言っているのだろう。本当に僕の表情はそんなに酷いだろうか。わからないな、しばらく鏡を見ていない。
「快楽を求めろよ。欲しいもんなら手に入れろよ。ウチに話せば楽になれるぜ。罪の共有だ。ほら、楽になっちまえよ――悪人」
「二人を殺したのは僕だ」
「まじかよ」
何も知らなかったらしい。それでも僕の心は楽になってしまった。チカはきっと僕を責めたりしないから。
「お、おい、どうする」
「しごとはしないと」
「おまえさきいけよ」
「やめろチカチカにきづかれる」
「おすなよばか」
今度はちゃんと窓を開けているのに、パケットたちがなかなか入ってこない。原因は、どう考えてもチカにありそうだ。
「お、出たなーちびっ子たち」
「ぎゃーみつかった」
そりゃあ、窓の目の前で作戦会議していれば見つかりもするだろう。別にここの窓は磨り硝子でも、マジックミラーでもないんだ。中から君たちのことはばっちり見える。パケットを見つけると、チカは、男子にとっては未知で謎のスペース、スカートのポケットに手を突っ込み、どこかで見たことのある気がする金属棒を二本取り出した。それって。
「マグネットバーだよ」
シャキーン、と鉛筆サイズのマグネットバーを両手に構えた。小さいから一瞬何かよく分からなかったけれど、よくよく見れば、僕が使ってパケットを除去していたマグネットバーのミニチュアバージョンだ。しかし、そのサイズだと、僕みたいに一掃するのには向いていないな。
「そんなことしないよ。てか一掃とか、もっとなんかあるでしょ」
おや。流石にチカも、小さい生物――実際は生物ではないが、そういうマスコット的なものには情が絆されるのか。確かに、僕の『一掃』という言葉のチョイスも制圧的ではあるが、チカの様な魔王的な人間に引かれるとは、意外というか、寧ろ心外であった。
「見てなさい」
言うと、チカは窓を開け、屯していたパケットを両腕いっぱいに抱き抱えた。そして、こちらを振り向き、部屋に解放した――いや、正確に表現するなら、ばらまいた、と言う方が的確な気がする。そして再び二本の棒を構える。
「キャハハハ。お前たち逃げ惑え」
盛大に叫ぶと、しゃがんで床のパケットを「ちょんちょん、つんつん」と楽しそうに攻撃し始めた。細いマグネットバーが体に触れると、パケットは触れられた部分だけ消失していく。
「うでがー」
「ころされるー」
「きられたー」
「いやめて」
「こわいよー」
「チカチカやめてー」
「トクヒロー」
「ぐふぁ」
「もうだめ……ぐうぇ」
「キャハハハ。逃げろ逃げろー」
戦争でもここまで五体不満足にはならないだろうさ。さっきまでの阿鼻叫喚が子どものお遊戯会に見えてくる。ここはもはや阿鼻地獄、叫喚地獄と言うに相応しい惨状だ。確かに、パケットに痛覚のようなものはないのだろうけど。たとえ僕に痛覚がなかったとしても、手足がこうも次々とフッ飛ばされたら泣き叫ぶよ。ダメージを受けて死んだフリをしているパケットにも容赦なくマグネットバーを突き刺した。唯一の救いは、ある程度攻撃されると消えられるということくらいか。僕のしていたのを一掃というなら、チカのはただの愉快犯的な殺戮行為だ。ホントに魔王かよ、お前。こんな小さい生き物いじめんなよ。
「ウチが楽しいからいいんだよ」
地獄に堕ちろ。さてはお前、本当に間違えて人間界に降り立った魔王なんだろ。
「ぼくかえったらけっこんするん――うぎゃ」
「おれはしなねえよっ――むねん」
「どうせみんなやられちまうんだ――うわあああ」
「まさかはんにんは――はっ、う、おまえ……ぱたん」
「もうしらない、みんなかってにすればいいんだ――きゃーーー」
「ぼくむかし、ハルルンのこと、す――ぐさっ……え……」
「なんかげんきでた、よし、わたしがんばるよ――ははは、やっと、まえにすすめたのにな」
……。
なぜか死亡フラグを立てまくるパケット。
そして襲いかかるチカ。
「ああ、なんか体がぴりぴりしてきたー。何この気分」
ええと、まあ、パケットは電気とか電波みたいなのと同じ様なもんだから、分解された磁場に当たって痺れてるんじゃないかな。
三十分後。
チカは僕の頭に乗っているパケット以外を全て消滅させると「そういえば、なんでこいつら呼んだの」と、今更聞いた。ひとまず、遊びに飽きたらしい。じゃあ始めさせていただこうか。僕の懺悔を。
なんで呼んだかというと、早速なんだけど、こいつらパケットが、この事故――事件の、まあ、凶器というか、トリックというか、引き金かな、うん、そういうものになっているからなんだ。
「引き金。もしかしてこの子らに自爆テロさせたとか」
やめろよ、チカじゃないんだから、そんなこと思いつかねえよ。
「チカチカこええ」
今気づいたけど、なんでこいつらに『チカチカ』って呼ばれてんの。実は仲良しなのか。
「そうだよ。ねっ」
「そんなわけねえだろボケボケ」
おい、それはどっかの美術館のモアイのセリフだろ。勝手にパクるな、ヘタレ妖怪が。
「ヘタレでもようかいでもないわ。おそろしすぎて、よびすてにできないから、あだなつけたんじゃ」
ヘタレじゃねえかよ。というか、五月蠅いのが増えると会話が進まないな。せっかく呼んだけど、よく考えればあんまり必要ないし――えいっ。
「だから、へたれじゃね――うきゅ」
「ああああ、殺すならウチに殺らせろよー」
殺したんじゃない、除去したんだ。
「何が違うんだよ」
目を細めて見つめられる。決して視力が低くて僕の顔がよく見えないわけじゃなく、苛々して睨んでいるだけだ。さて、そろそろ僕もこいつに帰って欲しいし、早く真相を暴露ならぬ、懺悔を拝聴していただいて、お帰り願おうか。じゃあ話すよ。
「待ってましたー。ぱちぱちぱいぱい」
……聞かなかったことにしよう、見なかったことにしよう――拍手の後に何をしていたのかは聞かないで欲しい、僕は何も見なかった。そう、幼馴染みと言えば、ラブコメでは定番の「昔は一緒にお風呂入ってたんだから」が使えるしー、なにも問題ないよー。チカは情緒不安定なんじゃない。安定して頭がおかしいだけなんだ。
さて、文字数が嵩むからおとなしくしていてくれよ。
「はーい」
ええと、警察が調べた結果だけど、まあ結果は石油ストーブ、正確には石油ファンヒーターの消し忘れで、近くの衣類に引火して、昼間から酒を飲んで寝てた僕のどうしようもない両親は焼死した。で、そのヒーターは三時間で自動停止する機種なんだ。だから、朝から学校に居た僕にはスイッチを入れることはできない、ってことで、なんの疑問もなく不注意による事故。ってことで方がついた。
「へー。なるほどなるほど。確か、火事が起きたときにはもうちびっ子たちはいたよねー。つまり、窓かどっかから忍び込ませて、ストーブのスイッチを押させたわけ」
ではない。
「ではないよねー」
……。
「ほれほれ。はやく懺悔なさい。悔い改めよ」
なんで僕は魔王に懺悔してんだ。
まあ、それは置いといて。
まず、あの時代遅れな石油ストーブを物置から引っ張り出して、あいつらの部屋に置いたのは僕だ、どうせ夜まで起きてこないしそれは難なくできた。
「はー。まあ、普段から使ってたのか、その日だけあったのかは、警察にはわからないもんなー」
それでさ、チカは知ってるかな。今は石油ストーブを使うヒトなんてあまりいないけど、昔はたまに誤作動を起こす事件があったんだよ。
「誤作動……爆発とか」
なんで嬉しそうなのかは知らんが違う。
「じゃあなによ」
勝手に電源が入る。
「は。なになに。じゃあもしかして、トクヒロ。自分が殺したとか言っといて、実はストーブ置いて誤作動期待の神頼みかよ。うっわ。きもー。ださ。つまんねー」
話は最後まで聞くものだぜ。ちゃんと懺悔を拝聴しろよ魔王様。いくら相手がチカでもそこまで言われると僕は凹むぞ。
「はいはい聞くよ聞くよ拝聴するよ。もやしメンタル君どーぞー」
ふむ。
誤作動と言っても、一応原因らしきものは分かっていて、その原因というのが、電波らしいんだ。
「でんぱ、リモコン式のストーブだったの」
そんな危ないストーブねえだろ。間違えて隣の部屋からスイッチ入れたりしちゃったらどうすんだよ。言ってるだろ、誤作動だって。つまり、石油ストーブは――いや石油ストーブに限らず、電化製品なら割とあり得ることなんだけど、強い電波を浴びると、中のシステム、今回の場合は点火システムが誤作動を起こしてスイッチが入った。ってこと。
「ふーん。で」
で、僕はストーブの上に二人のケータイとマグネットバーを置いて、後は昼過ぎに学校からメールを送りまくった。
「つまり、ストーブに近づいて来たちびっ子たちは次々とバラバラに消し飛んで、ストーブはさっきのウチみたいにぴりぴりしちゃった。ってこと」
そんな感じかな。まあ、パケットのエネルギーで実際に誤作動を起こすほど電波が発生するかは、賭けだったんだけど。
「普及して数日のちびっ子を使ってヒトを殺す奴がいるなんて、警察も思わないだろうしね、メールを受信しまくった携帯も一応燃えて。わざわざ電話会社に問い合わせて通信履歴を見るほどの事件性も感じなかっただろうし、完全犯罪じゃん。ちょっと見直したわ、トクヒロ」
犯罪で見直されてもな、それに完全じゃない――完全なんかないよ。
「なんで、誰にもばれずに、殺したい奴殺して、キャハハハ、最高じゃん」
僕もチカみたいに頭がおかしかったらよかったんだ。
「はぁなに、ウチはおかしくねえよ。世の中がおかしいんだ」
そんなこと自信満々にいってみたいぜ。
僕はな、お前よりずっと普通で、不完全で、もやしメンタルだからさ、罪悪感で頭がおかしくなりそうなんだよ。
「なんだ懺悔は終わりか、じゃあ聴け、神の言葉を」
なんだよ魔王様。犯人を追いつめる様に、僕の耳元にチカは這い寄り。
「許す」
彼女は、僕がもっとも聞きたくない言葉を口にして帰って行った。