第一章 歪んだ僕ら
初チャレンジの学園もの。
普段はファンタジーな要素が入るものばかりなので、それを無くすとどんな作品が描けるのかを試したものとなります。
うまく書けたかどうかはわかりませんが、楽しんで……は無理でも、せめて良き暇つぶしになれれば幸いです。
相も変わらず新人賞に出したものをそのまま、コピペしたので禁則処理関係はしておりません。読みづらいかもしれませんが、よろしくお願いします。
第一章 歪んだ僕ら
いつの間に眠ってしまったのか。
わからないくらいに浅い眠りから文紀は起き上がる。
真木文紀。中肉中背だが、目付きが鋭く、凡庸な少年とは言い難い迫力を持つ少年がそこにいた。
文紀は寝ぼけた頭の中、ふと、思い付いた言葉をつぶやく。
「ああ……幸せに、なりてぇなぁ……」
その言葉を聞いていただれかがいた。
そのだれかは口を開き、文紀の言葉にさらに問いを投げかける。
「文紀、あなたの言う幸せって……なに?」
そのだれかは文紀にとって、居て当たり前の存在だ。
だから、きっと起きた時、すぐそばにいたことに文紀は違和感すら感じなかったのだろう。
事実、彼女といる時間は、文紀にとって何よりも心地良いものであったのだから。
「とりあえず……だれかに好かれてみたい、かな」
文紀の言葉が終わった後、ふふ、と静かに漏れるような笑い声を、隣にいる女性が漏らす。
その静かな笑い声が彼女、静森響歌のものであると文紀は確信できた。
静森響歌。彼女の体を包むのは上下共に女性が着るものとは思えないほどにやぼったいジャージだ。
響歌の髪の毛は長いもののボサボサで、手入れなどしているようには見えない。
少し枝毛も見え、長い髪は所々ハネている。そんな中でも一房だけ、頭の頂点から伸びているように髪がハネているのが特徴的だった。
けれど、響歌の顔はそんなやぼったい格好から感じるイメージを一掃するほどに、端正で美しい。
小さな顔。体つきも小柄だというのに、しりや乳など出る所が出ていて、肉感的ですらある。
男好きされるような顔立ちと体。古い言い方だが、確かこういう女性のことをトランジスタグラマーと言ったはずだ。
まさしく、そう評されるのにふさわしい体つきをしているのが響歌だった。
女性としての外見の良さをどれだけ響歌が捨てようとしても、彼女はいっそすべての女性という存在に対して、残酷なまでに美しい。その外見を響歌自身がどう思っているかは別として、彼女は絶世の美女と言い表されるのにふさわしい美貌を持っていた。
「それはきっと……文紀には無理だよ」
その美しく端正な顔に苦笑を浮かばせながら、響歌は文紀の言葉を否定する。
その毒舌は聞き慣れたものでも、心の底をかきむしられるなにかがあった。
淡々と事実を指摘する言葉。悪意的ではないものの、排他的ではあるその言葉に、他者に対する好意を感じることが出来る者はいないだろう。
「……なんで、そう思うんだ?」
文紀も静かに笑いながら、けれど胸の奥にかすかに揺れる怒りを糧に響歌の言葉を問いただす。
文紀の怒りの理由は響歌の物言いがまるで、自分が人に愛されることのない人間だと言われているような気分になったからだ。
「だって、あなたは……欲張りで身勝手な人だから」
そんな文紀の推測を、ある意味ではより正確にした言葉で、響歌は文紀への評価を口にする。
その言葉に、文紀は苦笑した。
確かに、その言葉はなによりも自分を表す言葉としてふさわしいと、文紀自身もそう考えていた言葉だったからだ。
「だれよりも勝手で……だれよりも身勝手な、そんなあなただから……」
響歌が口にする言葉の先を文紀が聞くことはなかった。
響歌はそこで言葉を句切り、ただ静かに目の前の本に目線を下ろしたからだ。
その手に握られている本が、詩集であることを文紀は知っていた。
「また、今日もそれを読んでいるのか?」
「うん……」
そう答える響歌の手元にある本の一節を、文紀は読み上げてみる。
「汚れちまった悲しみに……中原中也か……好きなのか?」
文紀の問い掛けに、響歌は首を振る。
「ううん。でも、この詩だけがずっと……心の中に残っているの」
汚れた悲しみ。その言葉に連想させる過去の出来事に文紀は少しだけまゆをひそめた。
その言葉から連想される響歌の過去に、文紀は苦い思いを抱えていた。
「…………所で、あいつらはどこに行ったんだ?」
その苦い思いが響歌に悟られないよう、文紀は明るい声で話題を変える。
元々、文紀と響歌がいるこの部屋はある男性が管理する部屋だった。
地下に作られたこの部屋は元々、スタジオであったためか広く作られていて、文紀たちのような不良少年たちが集まるには絶好の場所となっていた。
「知らない…………」
響歌のそんなすげない言葉を耳にして、文紀は深く考え込む。
自分に対しては最近そういうことはなくなったが、基本的に響歌は他人に興味を持たない人間だ。
だから、この部屋の管理をしているあいつが居なくなったことに気付かないでもおかしくはない。けれど、どこか響歌の言い方には、あいつがいない方がいいというようなニュアンスが入り込んでいるように文紀は感じた。
そのことに不安を感じながら、文紀は視線をさまよわせる。
部屋の隅には持ち主が良く使っているキーボードが置かれており、その電源が切られていることを文紀は見て取った。
そのことから、この部屋の持ち主であるあいつが席を立ったのは随分と前であるのだろうということに文紀は気付く。
――それなら、もうすぐ帰ってくるだろう。
あいつは親ににらまれることを忌避している。そのことから、文紀たちのような雰囲気の友人がいることを、両親に知られたくはないはずだ。
その考えを肯定するように、部屋の扉が開かれる。
「入ってください、あねご」
「……前にも言ったろ。二度とそんな風に呼ぶんじゃない」
女学生の二人組。事情を知らない人間が見れば、そう思うだろう二人が入ってくる。
その内の一人は、支倉音貴。
この部屋の持ち主だ。
かわいらしい小さめの顔立ち。のんびりとした性格を表すかのように垂れさがった目じり。
服装こそ室内着として使っているラフなシャツとズボンだが、磨けば光るようなかわいらしい雰囲気を持っている。
やや髪を伸ばしているために、頭の形に添って軽く丸みを帯びたさらさらとした髪が、小顔を強調する。
しかし、この支倉音貴の実際の性別は男である。
そのかわいらしさから女性と間違えられることが多く、学生服もどこか男装をしている女性のような雰囲気を感じさせるが、彼はれっきとした男なのだ。
そんな顔立ちだからか、一時期は学校の女子に良くかわいいと言われ、化粧をされていた。
気弱な性格から、化粧をされることを内心嫌がってはいても、断れないでいたために彼の女性らしさは日に日に磨かれていった。
そんな音貴を救ったのが今、音貴の隣にいる女性、来乃宮礼香だった。
上背があり、細い体と俗に言うモデル体型で、しっかりと長さが切りそろえられたボブの髪型がどこか知的な雰囲気を感じさせる。
着ている服はダメージジーンズにカットソーやジャケット、胸元にはシルバーのアクセサリーとどこか大人っぽい印象を受けるファッションをしている。
礼香は自分たちが通う私立謳祖学園では珍しい不良だった。
しかし、タバコはしない。髪も染めてはいないし、暴力行為も好まない。
礼香曰く「チャラい不良」とは違い、ハードボイルドな他者を頼らない生き方をしているのが彼女の特徴だった。
そういう意味では不良というよりも、一匹狼と言った方が正しいのかもしれない。
自分の性分にあった生き方が不良であったからそう生きていると言う、他者の視線を一顧だにしない人間。
それが来乃宮礼香という人間だと文紀は理解していた。
礼香は女のクラスメイトに化粧されることを内心嫌がっていた音貴に対して、自分の思ったことをはっきり言うべきだと語り、説教したことがあるらしい。
しかし、そう発破を掛けられても嫌なことを嫌だと言えない音貴に対していら立ち、ついには音貴を自分の舎弟にすることで、音貴を守ろうとした。
礼香の舎弟。進学校である謳祖学園の中で唯一とも言っていいほどに希少な不良である礼香には、様々なうわさがあった。
曰く夜の街で見かけただとか。曰くどこそこで喧嘩をして、相手に重傷を負わせたとか。
そんな根も葉もないうわさに忌避感を抱いたクラスメイトたちは必然的に礼香の舎弟となった音貴にも近づかなくなったのだ。
しかし、礼香にとって計算外だったのはそんな自分を音貴が姉御と言って慕ってきたことだろう。
礼香は自分が恐れられ、距離を取られることが当たり前だと思っていた。
そんな礼香に対して、音貴は助けられたことに対する感謝から素直に尊敬の目を向け、礼香はそんな音貴をどこか持て余しているところがあるように文紀には見受けられた。
「音貴。お前、どこに行ってたんだ?」
まるで飼い主にじゃれつく子犬のように、にこにこと笑いながら礼香の腕を引く音貴に文紀は話しかける。
「ああ、せんぱい。礼香さんが近くにいるような気がしたので、ちょっと出ていました」
照れたように笑う音貴。その顔は実にかわいらしく、男である文紀でさえ、見ていると胸が高鳴ってしまうほどだった。
自然と男の胸を高鳴らせるような仕草が出来ること。それが、音貴の美少女っぷりを増している原因なのだろう。
「お前な……」
音貴に対して、色々と言いたいことが浮かぶ文紀。
それは例えば、礼香がいると思ったということだけで行動を起こしたことに対してだとか、あまつさえそんな適当な理由なのに実際に礼香を探し出したことに対する驚きやら、男なんだからもう少しかわいい仕草をしないように気をつけろだとか、そんなものだ。
「真木、無駄だ。こいつは……素でこういうやつなんだから」
だが、そんな文紀に礼香が声をかける。
女性っぽくないどこかハスキーな声。その声を聞いて、文紀は落ち着き、音貴に対して言いたい事すべてを飲み込むことができた。
「せんぱい? どうしたんですか、そんな難しい顔をして?」
そんな文紀を、小首をかしげて不思議そうに音貴が見つめる。
「あたっ」
その視線をうっとうしく思って、文紀は音貴の額をぴんと指ではじく。
「痛いですよ……せんぱぁい」
「媚びた声を出すな、全く……お前ってやつは……」
あきれ果てた顔と声で、音貴に口を出す文紀。
だが、文紀は音貴がその場その場の感性で生きている人間だということを知っている。
そのため、内心ではその行動の意味不明さと理屈の無さをあきらめて受け入れていた。
音貴の行動を理論的に解釈し、理解しようと思うこと自体、無駄なのだ。
そう割り切れるくらいに、文紀と音貴の付き合いは長い。
中学校こそ違うが、家が近くで交流があり、幼稚園児から小学卒業までずっと一緒に遊んだ幼なじみ。
それが文紀と音貴の関係だった。
「まったく、音貴には困ったもんだ……響歌、お邪魔するよ」
そんな文紀と音貴のコントに飽きたように、礼香が響歌に声をかけ、しなだれかかる。
「やめてください、礼香さん」
「やーめない」
抱きつかれた響歌は少し面倒くさそうにしながらも、口元には笑みが浮かんでいた。
響歌と礼香の関係も、文紀と音貴と同じく実は長いものであるらしい。
元々近所に住んでいた二人は小学校は同じ班で登校し、その班の中でなにかと気が合った二人は、お互いに学年の壁をものともせずに友達付き合いを続けていた。
だがしかし、中学では丁度道路一つを挟んで別の学区になったことから付き合いが薄くなったらしい。
そして、進学した中学で文紀は音貴と別れ、響歌と出会い、礼香は響歌と別れ、音貴と出会うことになった。
中学では進路や学区の関係から一度離れることになった友人たちが高校で集まり、一緒くたに友情を結んだ。
それが、この部屋に集まる四人の関係である。
そして、文紀はそんな四人の関係を心地よく感じていた。
音貴の、礼香の、そして、響歌の事情を文紀は知ってしまっている。
そんな事情を抱えた四人がどんな形でも集まり、その背負った重荷を下ろせる居場所を作れたこと。
そんな居場所があることに、文紀は感謝していた。
当たり前のようにその幸せは、ずっと続くものだと文紀は思っていた。
だから、だろう。
なぜ、文紀が音貴と礼香の二人が部屋の中に入った時、無意識に音貴だけに話しかけたのか。なぜ、本を読んでいただけでその姿を見慣れているはずの礼香が、響歌にかわいいと言っていたのか。
小さな、けれど確かな変化の兆しを、文紀は見逃していた。