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第三章 ここに居ない彼女(第二部)

「嬢さん!」



 グリーシュ別邸・オパールの玄関の扉を開ける直前に誰かに呼び止められ、金色の髪の少女は振り返った。



「お帰り! 何調べてきたんだ?」



 茶色の髪の少年は、腕に色美しい小鳥達をとまらせたまま少女に笑いかけた。



「いや、私事わたくしごとだ。」



 少女は小鳥達を驚かせないようにゆっくりと歩み寄る。



「嬢さんも餌やるか? 大丈夫だって、痛くはねぇよ。手ェ出せ。」



 少女が白い手のひらを開くと、その上に何かの植物の小さな種が零れ落ちた。


 小鳥達は、ニリウスの腕から少女の手のひらへ羽ばたいていく。



「この黄色の鳥の名前は何だ? ニリ。」


「ん~? ああ、マリィだ。」


「では、こっちの赤い鳥は?」


「シャルル。」


「シャルローナが聞いたら憤慨しそうだな。」



 ニリウスは「内緒ッ。」と言うように笑う。



「しかし……ニリは本当に動物から好かれている。私の腕では落ち着かないらしい。」



 自分の腕の上をせわしなく跳ぶ“シャルル”を見て、少女は少し残念そうに言う。


 小鳥達がニリウスの方へ戻ってしまうと、少女はその小鳥達を見ながら独り言のように何事かを呟いた。



「ん、何か言ったか? 嬢さん。」



 ニリウスが不思議そうな顔をする。



「いや。夕食に遅れるぞ、ニリ。」


「あっ、やべぇ~っ。」



 聞き返しては見たものの、ニリウスには少女の呟きが聞こえてしまっていた。







“お前達はいいな、自分の名前があって……。”






少女の声は、ニリウスが食事を済ませて眠りに就くまで、ずっと耳から離れなかった。







                  ☆








 その夜も、少女は夢を見た。




―――なぁっ、オパールの屋敷の裏に、大きな山があるんだ。この季節には、あの山のてっぺんにすっげぇ沢山の花が咲くんだって母さんが言ってたんだ。あたしら三人で、近いうちに行ってみないか?



そう訪ねると。



―――本当?うわあ行きたいな。



 あいつは、顔を輝かせて答えた。



―――どんな花があるの?


―――うーん、ヒミツだ!


―――それってずるいよー。



グリーシュ別邸の一つであるオパール邸の裏にある山には、あいつが見てみたいと言っていた花があると聞いた。黄色の花びらが何枚も重なった、可愛らしい高山植物。しかも、頂上はその花で金色に染められるとも聞いていた。



―――楽しみにしときなよ。


―――うん!



 少女は、迎えの召し使いに気付く。



―――あれ、僕もう帰らなきゃいけないみたいだ。


―――何だよ。今日はやけに早いな。



 まだ、昼にもなっていなかった。



―――なんでだろ? あ、でも大丈夫、父様と母様には本邸から出してもらえるように頼んでおくから。


―――ああ、しっかりやれよ?



 召し使いと共に屋敷に向かう後姿が、一度だけ振り向いてこちらに手を振る。


 気付いた二人も、笑って手を振り返す。





 驚かせてやりたかった。


 喜ばせてやりたかった。




 それなのに。




 翌日、朝早くクィーゼルの元へ来たニリウスは、暗い表情をしていた。



―――どうしたんだよ?



 顔を覗き込むと、茶色の瞳から大粒の涙がこぼれていた。


 初めて見た、ニリウスの涙。







 そしてその後すぐに、クィーゼルは知ったのだ。


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