第一章 忘れえぬ出会い(第二部)
その夜、少女は夢を見た。
「二リ~?今日の草むしりにはどうして来なかったんだ?」
庭にある丘の木の下で。
冷たい目をした少女は、口元に明らかな怒りの笑みを浮かべて立っていた。
「いや、それが母ちゃんに買い出し頼まれちまってさ……ファゴットまで行ってた。」
「お前な、普通そういう事は行く前にあたしに一言ことわっておくもんだとか思わないわけ?ぼけっと待ってたあたしが馬鹿みたいじゃんか。」
「え、どうして待ってたんだ?」
ブチ。
黒髪の少女は、茶色いくしゃくしゃの髪の少年に掴みかかった。
「どうしてじゃないだろ! 昨日手伝ってくれって言ったのはお前だろうがよ!! おかげで朝は潰れちまうし、どう責任とんだよ!」
「ちょっと大げさじゃねえか?」
「ああ、お前にとっちゃ大したことないんだろうな。でもあたしには大切なんだよ朝の時間っての―――だ!!」
コ―――――ン。
クィーゼルの頭に、赤くて丸いものが降ってきた。
コロコロコロコロ。
「ってぇー……。」
頭をおさえながら転がっていくものを拾って、クィーゼルは首を傾げた。
ちょうど手のひらサイズの小さな果物。
ニリウスが頭上を見上げる。それにつられてクィーゼルも上を見て、枝の間から差し込む陽光に目を細める。
「すもも。おいしいよ。」
(木が、しゃべった…?)
違った。よく見れば、木の頂上の方で白いスカートの裾が風に揺れていることに気付く。
逆光で見えなかったこともあるが、その四肢と胴が枝と区別できないほど細いせいでもあった。
「何のつもりだ、お前。」
不機嫌に尋ねると、
「ああ、そこの男の子にもあげなきゃね。」
という呑気な返答が返ってきた。
「じゃないだろ! お前誰だよ。」
落ちてきたすももを両手でキャッチするニリウス。
どうかすると風にかき消えてしまいそうな小さな笑い声が舞い落ちてくる。
「知りたいなら、登っておいでよ。」
何様だこいつ。
クィーゼルは思った。
「けッ、付き合ってられるか。こんな奴ほっといて行くぜニリ! ……って登んなよお前は!」
「だって、いい奴じゃん。」
一番低い枝によじ登って、ニリウスはクィーゼルを見下ろした。
「お前は食い物くれる奴なら誰でも良い奴なんだろうが! …~っ、お前に見下ろされると無性に腹が立つ!! あたしより高い所に行くな!」
そういうと、クィーゼルもがしがしと木を登り始めた。
ニリウスがニカッと笑って、その姿を見守る。
ゴール地点にいる人間も、これを見てクスクスと笑っていた。
遥か上には、午後の太陽が輝く。
季節は、夏の始まり春の終わり。
けぶる緑のさざめきさえ、鮮やかに思い出す。
上に居る白いスカートの人物が少し変わった少女で、その日から毎日遊ぶことになる人物だとは、この時の二人はまだ知らなかった。
いつもあいつは、あんな感じだった。
出会った時から、ずっと。
どれほどの季節を共に過ごしたのだろう。
きっと、そんなに多くはないはずだ。
なのに、まだ顔をはっきり覚えてるんだ、あたしは。
そしてどこかで待ってるんだ、あいつを。
忘れないように、色あせないように。
あたしは死ぬまで、きっと。
誰にも奪われぬように、心の奥の奥に深く。
思い出を、抱きしめて。