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終章(第四部)

 家系図の秘密、ハーモニアの兄皇子であったフーガを殺した人物、“エルレア”の婚約の継続。

 内二つは分かった。フーガ皇子は“贄”であり、“狩人”になりえる人物は一人しか居ない。


「皇帝陛下に関わる事…それだけが、分かりません」


「皇帝陛下……あのかたは、聡いかただわ。ソリスト皇子の失踪の原因を、一番確実な方法で突き止めようとなさった。私たちは、一族の秘密を守ろうとした。……これで分かるわね?」


 ソリスト皇子の失踪。それはグリーシュ家の秘密に関係している?

(ソリスト皇子は、“狩人”を庇おうとした……?)


 “儀式”が行われる場所が、グリーシュの内部ならまだしも。

(皇宮では、その罪を隠す事ができないから……!)


 娘の罪を、彼は甘んじて被ったのだ。

 そして、姿を消した。

 兄の後に即位した今の皇帝は、兄の妃、カトレア・ド・グリーシュとその娘に焦点を置いた。


(だが、外部からの働きかけでは、グリーシュの秘密を解き明かすのは不可能だった)


 やがて、帝国に二人の皇子が誕生し、皇帝はハーモニアに二人目の皇子と同じ年頃の娘が居る事を知った。そして、半ば強制的に仮婚約を結ぶ……。


(外からが無理なら、いっそ中に入ってしまえ、と言う事か)

 そして、ソリストとカトレアの二の舞にならぬよう、今度は厳しく監視するつもりだったのだろう。


 だからグリーシュは、皇帝からの直々の申し込みを喜べなかった。

 グリーシュにその仮婚約の問題がのしかかっていた最中に、“エルレア・ド・グリーシュ”が逝去。


 間もなく自分が養女となり、その婚約を引き継いだ。

 それは。

(グリーシュの血を継がない、つまり、何の秘密も無い私であれば、皇帝の目を欺けると思ったから———)


 皇帝側とグリーシュ側で、激しい水面下の駆け引きが行われていたのだ。


 今になって、その婚約を皇帝自らが破棄しようとしているのは、グリーシュの娘が養女であると勘付いたからか、何か別の方法を思いついたからか、であろう。


(なるほど。確かに皇帝陛下は油断できない)

 事実、スウィングはその秘密を知ってしまっている。

 それすら、皇帝の計画の内かもしれないのだ。


 しかしスウィングは、皇帝にグリーシュの秘密を告げたりはしないだろう。

 少なくとも彼の中に“エルレア・ド・グリーシュ”が生きている限りは、そんな事はありえない。


 そこまで考えを導いたエルレアは、何の動揺も見せずにハーモニアに尋ねた。


「何故、私にその事を教えて下さるのですか? お養母様」

 ハーモニアの水色の瞳が、神秘的な光を宿していた。


「貴方に、救いを求めているのかもしれない。私だけではなく、私の血の中に息づく数え切れない程のグリーシュの魂達が」

「誰も、自分でしきたりを変えようとはしなかったのですか?」


「いいえ。おじい様は戦われた。セレンから言えば、曽祖父にあたる人よ。」


 カトレア・ド・グリーシュの父。


「おじい様がお母様を皇太子妃になさったのは、一つの賭けだった。家名が変われば、あわよくば、娘をこの忌まわしい家から解き放てるのかもしれない。世界の安定と引き換えに…。でも、天はそれを許さなかった。お母様はこの家に引き戻され、短い生涯を終えられたわ…おじい様はお亡くなりになるまで、罰から逃れる術を探しておられたのに、結局、何も…。けれど貴方には、おじい様にも私たちにも無い力がある。何でかしらね。そんな気がするの」


「姉様ー! 早くー!」

 馬車の方からセレンが呼ぶ。



「貴方には話さなければいけない事も、謝らなければいけない事も沢山あるの。だから約束よ。どこに行っても、グリーシュの名に恥じぬ行いをして、そして、無事に帰っていらっしゃい。セレンの事も、頼むわね」

「お養母様も、どうぞお元気で」


 最後にハーモニアは、エルレアをそっと抱きしめた。


「帰ってきなさい、必ず……私の可愛い子」


 エルレアが馬車に乗り、それが走り出してからも、ハーモニアは馬車の影が見えなくなるまでオパールの門の前に立っていた。



   ☆☆☆



 ゴトゴトと揺れる馬車の中で、エルレアは正面に座っているスウィングに頼みごとをした。

「スウィング。私に何か、武術を教えてくれないか?」


「え…武術…って、エルレアが!?」

「私も、自分の身を守る術がほしい」

「護身術程度でいいなら、扇術はどう?」

「扇術?」


 クス、とスウィングは少しだけ笑った。

「皇宮で君がしようとした事だよ。文字通り、扇を武器に見立てて戦う術」


 未来とは、既に決まっていて、変えられないものなのだろうか。

 いいや、そうではないのかもしれない、とエルレアは思う。


 動き出すのも立ち止まるのも、全て自分の心一つなのだから。



   ☆☆☆



 青空の下に白い十字架があった。

 朝まで無かった花束が、昼には十字架の前で風に吹かれていた。


 美しい瑠璃色の蝶が、羽を光らせながら飛び交う。

 黄金の花々に囲まれ、花束を胸に抱き、空を仰いで。


 彼女は終わらない眠りの中で、彼らの夢を見ていた。

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