終章(第二部)
「遅いわっ。一体何をしていたの!?」
「仕方ないだろ、食料詰めてたんだからよ!」
恐れおおくも帝国の皇族に対して、こんな言葉を返せる使用人はクィーゼルくらいである。
続いて、ニリウスが走ってくる。
先に門の傍で待っていたシャルローナ・スウィング・クィーゼルの三人は、ニリウスの後方に現れた人物を見て一様に驚く。
「お嬢!!」
長い金の髪を高い位置で一つにまとめ、服はシンプルなデザインの紺色。
「一人、増えても?」
その言葉に、シャルローナは答えた。
「今ここで、気が変わった理由を言ってもらえるなら、いいわ」
「私は無力だ。でも、もし自分の努力次第でそれが変えられるのなら、私は……貴方達と一緒に居たい」
(強くあろう)
強くあろう、彼らと共に。
シャルローナは三人に向き直る。
「だそうよ? 異論は?」
「あるかよ」
「僕も」
「俺も。やっぱ嬢さんが居てくれた方が安心だぜ」
「じゃあ、いきましょうか、ドルチェの森へ!」
「そうだ、スウィング」
エルレアが、思い出したようにスウィングに声をかけた。
「言い忘れていた……ミヅキと言う男が、“港町シタールで黒髪ーズの再結成を待ってる”と」
「え、ああ……シタールか……また会えたらいいな」
この第一皇子探しの旅が終われば、自由に皇宮の外に出るのは難しくなってしまう。
ただの剣士として彼と会う事はできなくなるだろう。
「そこでスウィング……ウィッグは?」
「あれっ、つけたつもりだった。ごめん、邸の中に忘れてるみたい。取ってくる!」
走っていくスウィングの後姿を少し見て、エルレアはクィーゼルにこっそり尋ねた。
「気になっていたのだが……私ともう一人の“エルレア・ド・グリーシュ”は似ているのか?」
「似てるって…顔が? うーん。小さい頃は結構似てたと思うぜ。でも今は、どちらかっていうとセレン坊の方があいつに似てるかな。ま、いいんじゃねぇの? あいつはあいつ、お嬢はお嬢、だろ?」
「……そうだな。だが何故私が“エルレア・ド・グリーシュ”に選ばれたのか、分かった気がする」
似ていたから、か。
ピチ、ピチ、ピチ。
鮮やかな赤い羽根の小鳥が、金髪の少女の手に止まり、小首を傾げる仕草をした。
「エルレア、だ。シャルル」
その声に、赤い髪の少女が振り返る。
「呼んだかしら?……あら? 貴方は私の事シャルローナと呼ぶわよね……」
「いや、何でもない」
恐らく、怒りを買うのはニリウスだ。
「そう。でも面倒だから、これからはシャルルでいいわ。私もその呼び名の方が好きだし。貴方は他に好きな呼び名はなくて? エリィ、とか」
「いや、私は“エルレア”が一番だ」
「……!!」
シャルローナとクィーゼルが、目をぱちくりさせてエルレアを見る。
「どうしたんだ? 二人して」
別の方向を見ていたニリウスがそう尋ねると、クィーゼルはまだ焦った顔でニリウスに囁いた。
「お嬢が……さっき笑ったんだよ。びっくりした……冗談抜きで、あいつそっくり……」
赤い鳥が飛び立ち、スウィングが帰ってくる。
その時。
ガラガラガラガラガラガラ。
二台の馬車がオパールの門前に到着した。
「あれは……!」
先頭の馬車にグリーシュの家紋が刻まれている事に気付き、ニリウスとクィーゼルは慌てて召し使いの礼を取った。
御者が馬車の扉を開き、降りてくる人物の手を恭しく取る。レースをあしらった貴婦人のドレスが、静かに地上に降り立つ。うなじの金の巻き毛が、その動作に従って揺れた。
続いて、紫色の服を着た十代前半と思われる少年が、馬車から降りる。
驚きを隠せず、エルレアは呟いた。
「お養母様、セレン……」