第十章 大好きだよ(第二部)
「ありがとう、ニリウス」
向けられた笑顔は、彼女の母や弟のそれに似ていた。
「ここ、凄く良い場所だよ。風が気持ちいいし、僕の大好きな花がいっぱい咲くし。何より」
ふ、と下に広がる世界を見て。
「僕の大切な人達が、いつでも見える」
「礼ならクィーゼルに言えよ。お前の墓はここが良いって旦那さんに言ったのはあいつだ」
「でも、ニリも一緒だったでしょ。それに……それ以外の事も」
風が吹く。
「……後悔してねえか」
「ニリは?」
奇妙な会話だった。
二人だけに分かる会話。
「俺は……分からねえ。お前を殺した事は、多分一生後悔する。けど、セレン坊っちゃんと嬢さんがいないのも嫌だ」
「それで良いんだよ、ニリ。人を秤にかける事なんてできない。もしかしたら、してはいけない事なのかもしれない。僕が僕の命とセレンの命を比べようとして、答が出なかったように。命自体に何かと比べる為の価値なんて、無いと思うんだ。生きるか、死ぬか。それは価値で決まるんじゃない。心で決めるんだ」
少女の言葉は、いつか聞いた黒髪の少女の言葉に似ている。
「セレンに生きて欲しい僕の意志。それが、セレンを殺してでも生きたいっていう僕の意志を越えた。それだけの事だよ。君が自分を責める事じゃない。むしろ感謝してるよ、僕を見送ってくれた君に」
「感謝?」
「うん。今になってやっと、伝えられた。君に“ありがとう”って」
「…あいつには…クィーゼルには?」
「“ごめん”。僕にはこれしか言えないよ」
少女は苦笑しながら言った。
「ね、そういえばニリはどうして、オパールに来たの? 僕のお父様かお母様の命令?」
「いいや。俺が居たかったんだ。一人は嫌だろ?」
少女はそれを聞き、照れたように笑う。
「……セレン坊っちゃんは元気だぞ」
「うん、それは知ってる。それに意外な事もあったね。あの子……緑の瞳の女の子」
「嬢さんか」
「強い意志の力がある。でも、近い将来あの子はもっと凄い力を手に入れるよ」
「勘か?」
少女は笑って「ううん」と首を横に振る。
「いずれ来る未来。揺るがない事象」
「?」
ふふ、と少女が花のように笑う。金の髪がサラサラと揺れた。
「行きなよニリ。君の仲間の所に。ついて行くんでしょ?」
“ついて行きたいんでしょ?”
許してくれるだろうか、あの幼なじみの少女は。
“いつだって……自分の意志で”。
「ああ。……じゃな」
ニカ、と笑い返すと、ニリは坂道へと走り出した。