第九章 君に誓う(第二部)
「グリーシュの、罪? グリーシュの、罰……? 何だよそれ、訳分かんねぇよ!! そんなものの為に、あいつは死んだってのか!? どうかしてる……!! あいつも、お前も!!」
ニリウスへの怒りを消せないまま、クィーゼルは叫んだ。
「“エルレア・ド・グリーシュ”は、自ら死を選んだ」
金髪の少女は、スカートが汚れるのも気にせずにスウィングの横に膝をつき、緑の瞳で十字架を見上げた。そして、静かな声で続ける。
「彼女の願いは叶えられた」
「それが何だよ! 分かってるよ、そんな事は!!」
「なら何故彼女の答えを受け止めてやらない!! それがどんな結果であろうと、“エルレア・ド・グリーシュ”が必死で導き出した答えなら、認めてやるのが友達だろう!」
強い、しかし冷静さを保った口調で金髪の少女は言った。
「……お嬢に何が分かるんだよ……!」
「ああ、分からない。“エルレア・ド・グリーシュ”がどんな人間だったのかも、今聞いて知っただけだ。だがそれでも、彼女の気持ちは身近に感じる」
恐らく今、自分が彼女と同じ立場に立たされたなら、同じ事をするだろう。
自分の為に誰かの命が奪われるのは辛く、そして怖い。
大切な人の命であれば、尚更の事。
「彼女の選択を否定したなら、彼女の気持ちまで否定する事になる。クィーゼル、生前の“エルレア・ド・グリーシュ”に未来のお前がしてやれる事は、“エルレア・ド・グリーシュ”の遺した気持ちを認めてやることなんだ!!」
「……」
「お前が認めてやらなくてどうする……親友じゃないのか、“エルレア”は」
クィーゼルは何も言わずに身を翻し、来た道を走り下っていった。
「まるで……浅ましい自己弁護だな」
金色の髪の少女の心には、嫌なわだかまりが残った。
“エルレア・ド・グリーシュ”を想っての言葉だったのに、自分が言ってしまうとまるで。
(己の存在を認めてほしいと言っているようだ……)
自分が、“エルレア・ド・グリーシュ”としてここに在る事を否定するなと言っているようだ。
「気にしなくていい、嬢さん。あいつはちゃんと分かってる。あいつは自分が正しいと思っている内は、どこまででも食いかかってくるんだ。あんな風に逃げるのは、頭で分かっててもそれを認めたくねえ時。時間をやれば、自分で頭の整理をする奴なんだよ。……でも俺にはもう二度と、まともに口きいてくれねえかもしれねえな……」
口元に滲んだ血を手の甲で拭うと、ニリウスは空を見上げた。
「これで良かったんだ、エルレア……」
「……ニリ」
スウィングは立ち上がり、ニリウスを見た。
「“罰”を終わらせることは、できないのか?」
「……分からねえ」
「確実なのは、何もしない限りそれがこれからも続いていくという事だな」
金髪の少女が言う。
セレンからセレンの子供達へ、そのまた子供達へと。
殺され、殺し続ける。
「貴方は間違っていなかった、“エルレア”……セレンを助けるためには、そうするしかなかったのだから。でも今なら、まだ他の方法があるはず。貴方には無かった時間が、貴方が作ってくれた時間が、私達には有るから」
少なくとも、次の“狩人”が現れていない今ならば。
「きっと、終わらせる」
木の陰に身を潜めていた黒髪の少女も、これを聞いていた。
白い十字架の下、四人はそれぞれ自分の心に誓った。
ゆっくりと、ゆっくりと、歯車が動き出す。
緑の瞳に秘められた避けようのない運命が、追憶の中で少女を待っていた。