第六章 全ての答え(第二部)
———ニリ……?
あの朝、ニリウスが泣いていた理由。
あいつの身に何かが起きた。
そんな嫌な予感がして、全速力で本邸の大広間に駆けた。
静まり返った本邸の廊下が不気味だった。
息を切らせたまま開いた大広間の扉。
そこにあったのは、すすり泣く声と美しい花々に囲まれた、それより美しい少女の白い顔。
薄く紅を引かれた唇。
長い睫は頬に影を落とし、肌はいつもより白く見えた。
小さな身体には、レースが沢山ついた、金糸の編みこまれた服が着せられ、真っ直ぐで細い金の髪は、いつものように高い二つ結びではなく、横たわった花の上に流されていた。
ドクン、と心臓がいやに大きく高鳴る。
クィーゼルは箱の中の少女の頬に手を触れると、その冷たさに反射的に手を引いた。
そして、何かから逃げるように大広間から走り出した。
「答えろ、バカ女! あたしを待ちぼうけさせて満足かよ!?」
ニリウスに構わず、クィーゼルは腹の底から怒鳴った。
あの世とこの世を結ぶという、白雲の谷の底へ。
脳裏に蘇る、よく通る高い声。
———知りたいなら、登っておいでよ。
葉の間から差していた太陽の光。
時にいたずらっぽく輝いた双眸。
「“また明日”っつったのは、どこの誰なんだよ!?」
クィーゼルの瞳から、今まで堪えていた涙が堰を切ったように溢れ出す。
「オパールに来いよ、一緒に! お前が来ないと意味がないんだよ!!」
「クィーゼル……!」
そこまで無言だったニリウスが、しがみつく力を弱めずに言った。
「あいつは約束を守らなかったんじゃねぇ!! 守れなかったんだ……!!」
ニリウスの嗚咽を堪えた声が耳に届く。
ニリウスも泣いていた。
「……っ」
胸が痛い。
あいつのせいで。
痛くて死んでしまいそう。
少しでも心を緩めれば、大きな悲しみの波にもまれて、もう二度と抜け出せないような気がした。
怖い。
ただ怒ることでしか、その感情を抑える事はできなかった。
「……戻って来い、バカ女……」
聞こえているなら。
溢れる涙を拭いもせずに、クィーゼルは谷底へ叫んだ。
「もう一度あたしをひっぱたいて見せろ、エルレア―――!!」
歪んだ視界に、金髪の少女の困ったような笑顔が浮かんで、消えた。
谷底の白い霧が、まるで意志があるかのように一点に集まり、一気に真上の空へ駆けたのは、その時だった。
やがて、柱のような霧が周囲の空気に薄れていき、中から現れたのは二人が今まで見たことも無い形の虹だった。
一直線に空へと、果てなく続く虹の道。
古代リグネイの言葉で、“七色の(オリエン)奇跡”———年に何回か起こる、白雲の谷の不可思議な現象の事だった。
「叶えてみせろ、オリエン・セーヌ!! 願いは一つで十分だ! 三つも要らないから……っ」
(何でも願いを、なんてデマだ)
☆☆☆
クィーゼルが山頂の土を踏んだ。
続いて三人が到着する。
「“エルレア・ド・グリーシュ”は」
———あの山のてっぺんに
黄色い花びらが、五人の視界を埋めて一斉に空へと散った。
———すっげぇ沢山の花が咲くんだって……
「死んだよ」