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自ら残った者Ⅱ

「マス、やよちゃんがご飯だって。」

 ノックもせずに開けられたドアから顔を出したのは、河西亜衣だった。赤木を始め、年上しかいないここでの唯一の同い年で、大学時代に一度も勝てなかった学年一の秀才だ。

 整った顔立ちに、肩まで届かないくらいの茶髪のショートヘア。手足の長さに比例した長身。男よりも女にもてるタイプといったところだろう。運動すら勝てない男子が当時何人かいた気がする。

「お前な、ノックぐらいしろって。」

「そっちが慣れたらいいのよ。」

「そういう問題じゃないだろ。」

「あーはいはい。本当神経質ね。」

「お前が無神経すぎるんだよ。」

「ありがたいお言葉どうも。」

「褒めてねぇっつの。」

 河西と軽口を叩き合いながら食堂へと向かう。彼女とはいつもこうだ。赤木が止めに入った言い争いも過去に何度かある。しかしそれは本当に相手が憎いというわけではない。閉ざされた空間で過ごす自分にとって、言葉にして何か吐き出すという行為はストレスを発散させるのに丁度よかった。明日さえ分からないこの恐怖を、誰とでもいいから分かち合いたかったのだ。

「遅い。」

 食堂に入った途端、不機嫌な声色で西島哲が言い放った。彼の威圧感はサークル時代に比べれば幾分か丸くなった。あのころの西島は、まるで自分がサークルを作ったと言わんばかりにふんぞり返り、いつも一番後ろからサークル全体を見回していた。しかし彼の持つ才能と人望に誰もが惹かれ、憧れた。最上級生になり、当たり前のように彼がサークルの長となったのは、その風貌以上に誰もが科学者としての彼を認めていたからだろう。

「夜飯は十八時だって言ってんだろ。」

「マスがなかなか部屋から出てこなくて。」

「河西が呼びに来るのが遅いんだよ。」

「呼びに来てもらってるのに文句言うわけ?」

「お前だってすぐに俺のせいにすんなよ。」

「だー、わかったわかった。リーダーももういいでしょ。ほらほらさっさと席着けよ」

 河西との言い合いが始まりそうになったところで仲裁に入ったのは、このメンバーの中でムードメーカーのような存在である大久保俊也だった。西島、赤木と自分達の間の学年である大久保は、学生の頃から何かと世話を焼いてくれるいい先輩だった。人を笑わせるのが生きがいだと豪語するほどのお笑い好きで、笑い上戸の河西は何度も泣かされていた。(もちろん笑いすぎで、だ)

「よし、じゃあみんな手を合わせて。いただきます。」

「いただきます。」

「いただきまーす。」

「さすがやよちゃん、今日も美味しそう!いただきまーす。」

「…いただきます。」

 西島、赤木、大久保、河西、そして自分を入れたこの五人が、今この惑星にいる最後の人間だ。



 政府が別惑星への移住を発表した時、全ての放送局がこの会見を報道した。俺はその会見を自宅で強い関心を持つこともなく見ていた。この非常事態に科学者が何をしているのだと言われるかもしれない。だが、その時はこの非常事態で最愛の人に何もしてやれなかった自分への絶望感が、俺を支配している時だったのだ。

 その時、会見の場で異議を唱えた人物がいた。それは、会見の席に座っている科学者と思われる何人かの中の一人だった。

 ウイルスを野放しにしておくのか。

 苦しみながら死んだ人達や、今現在苦しみ続けている人達に何もしてやれないまま逃げるのか。

 報道陣のカメラが動いた先に立っていたのは、怒りというよりも悲しみに近い表情を浮かべた西島だった。そして彼はその場で言い放った。

「俺が新薬を開発する。」

 ざわつく報道陣となだめる政府側の人間。誰も想定していなかった発言に、もう会見どころではなくなっていた。西島は先ほどまで話を進めていた男のマイクを奪い、次の要件を端的に述べた。

 移住の計画には賛成している。しかし、何人かの科学者を残すこと、そして最高設備の整った環境と無人ロケットでの食糧輸送をお願いしたい。西島はそれだけ言うと、会見の席を後にした。

 次の瞬間、テーブルの上に置いてあった携帯が着信を告げた。待ち受け画面に映っていたのは、今しがたテレビ画面の中から姿を消した男の名前だった。





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