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  作者: 小林 谺
第2部  必要とする者、される者
21/23

18  ヒトは順応する生き物です

 重い沈黙が降りている。

 うららかな午後。

 久方ぶりにこの家の視界を邪魔するように飛ぶモノがないというのに嘆かわしいと心の中で涙してから、その男は動き出す。

「あの方に師事するということは、十郎太様は将来有望な優秀な御仁なのですね」

 玲子さんのカップに紅茶を継ぎ足しながら、柳澤さん――柳澤(やなぎさわ)満彦(みつひこ)さんという先代から仕えるこの家の執事さんで、月乃曰くパーフェクト執事らしい――がやわらかに微笑む。

 執事には主とその客人との間に広がる空気を和ませ、主の都合のいいように場を持っていくことが必要だ。確実に必要な技能ではないかもしれないが、柳澤にとってそれは必須事項だ。

 この、人の観察眼にすぐれた主に仕える者として。

「え…―――いや、それは買いかぶりすぎです」

「そうでしょうか。恭一様に師事したいとこの地を訪れる方は、皆様かなりの腕をお持ちの方であると聞いた事がございます。それでも実際に指南を受けられるものは僅かであるとも」

 え゛。

「そ、そんなに珍しいんですか…?」

「そうですね」

 深く深く頷いた。

 何だかアレだ。いらん付加価値が付いてる気がする。つーか試験の時にエラい目立ちそうだ。

「ご存じなかったのですか」

「全然知りませんでした。おや………父が、決めた修行先なので。多分に知人に頼んだというノリだと思いますけど」

 だから大した事はないんだと告げたつもりだったのだが、柳澤さんは関心したように、

「教えを請う立場として謙虚であることは大切ですからね」

 などと、かなーりいい方向に解釈してくれた。

 心の底からの本音であり、事実なのだが。これ以上続けても言い負かされて終わりそうな気がしたので「そんなことないです。まだまだ若輩者で」とごまかした。

 誤魔化せてないようだがな! 玲子さんの生暖かい眼差しは見なかったことにする!!

 やわらかい笑顔で訪問販売とか変な勧誘を撃退しそうだなぁ、などと柳澤さんを見ながら思っていると、

「君もちょっと走ってきなよ」

 軽い科白がすぐ背後からして、気付いたら地面がさかさまに見えていた。

 落下しながら、先ほどまで自分がいたバルコニーが、玲子さん、柳澤さん、そして、いつの間にそこにいたのか自分が座っていたイスのすぐ後ろで恭一さんがにこやかに手を振っている。

「―――え?」

 投げられた(・・・・・)と頭が理解する頃には、体は勝手にひねりを加えて体勢を整えるとしっかり着地する。

 変な汗が出ることはなかったが、ゆるゆると上げた視線の先に映った満足そうな恭一さんの顔を見て、間違いなくこの人は親父の同類(親友)であると確信する。

 この程度の高さ、幼少期の頃に親父から投げ捨てられまくったからどうってことないからな!

「十郎太君、ごーかく! 今日のところはソレで勘弁してあげる」

 今日って何!?

 親父より非道かも! ものっすごくいい笑顔なあたりが特にっ!!

「学校始まる前に、ある程度確認しておきたいからね」

 指導する立場のものとして当然の科白だったが、背筋に悪寒が走った。意味ありげに微笑むと、振り返って柳澤さんと何やら会話を始める。

 オレはこの距離で会話が聞こえるよーな特殊な耳は持ってないから何を話てるのかはさっぱりだ。もうちょい近ければ聞こえたのに、射程範囲を超えてる。ってか、恭一さんはいつオレの背後に移動したんだろう…。全然気付かなかった。

「お父さん、走れって言ってたよ。走らないと」

 すぐ横でした声に続いて、腕に触れる感触、何かが抜ける感覚――、

「って、何しよっと!?」

「追いかけっこ」

 半身引いたオレにあっさりとした科白が返った。

「あれだけ喰ったのに!?」

「雑魚ばかりだったから、足りないの。お父さんにこういう隠し事できないんだよね」

 肩を竦められた。

 あぁ、命がけの鬼ごっこですね。わかります。もう何度目かわかりません。涙も枯れました。文句も枯れました。

「夕飯の時間までか、遅れて平気なのか」

「お父さんが家まで送ってくれるから、話が終わるまでかな」

 言い終えるのと同時に動いた月乃、逃げるオレ。

「………避けられた」

「流石に何度も何度も、スタートの合図もなしに始まってたら警戒するだろっ!」

「今回が初めての逃げに成功ね。次はないけど」

 悪い人の科白だから! って、こいつ悪魔だったんだよ。ちくしょー忘れてた。ついさっきまでいい人そうな言動だったのに。過激だったが!

「余計な事考えてると、捕まえるよ」

「逃げ切ってみせる!!」

 強気に断言したところで科白は逃げる宣言だから情けない筈だが、慣れとは恐ろしいもので、全力で恥じたりはしない。この状況でも冷静に考え事をしながらそこそこ逃げられるようになったことを逆に誇りに思う。

 最初はすぐ捕まってたからなー。

「って、そういや、ジョンソンは?」

「見学中」

 家の方に一瞬だけ視線を動かした月乃のそれを追って、ちょこんと座るジョンソンを視界の隅に捕らえる。図体はでかいが少し離れてるとちょこんと座るもふもふだ。

「逃げ切れたら、認めるって」

「は、何を!?」

「この家に単独で入ることを」

「何で、そんっな、許可」

「許可なきものが立ち入ると、ジョンソンと柳澤さんのタッグに叩き出される。手に負えなかったら状況に応じて、私かお父さんに連絡が入る事になってる」

「そういうのって、普通、警察とかじゃ」

 霊的なモノはともかくとして。

「退魔師協会に所属してたらそのヘンのデキる人よりか腕は立つでしょう。お父さんを誰だと思ってるの?」

「誰って、そりゃ、世界に10人しかいない、SSクラ…っぶね」

 軽く腕をかすった。怖っ! ちょっとしか触れてなくてもがっつり吸い取られる!!

「この前までなら今ので終わってたのに。意外。少し腕をあげた…?」

「オレまだ成長期だから!!」

「身長伸びてないよね」

 っ!? ぶっ―――?!

 躓いて勢いよくヘッドスライディングをかました。

「動揺しすぎ」

「ったぁ!」

 背中に月乃特性『壁』のハリセンVerの一撃が入った。いつ用意したそれ、コケる前には持ってなかっただろう…。それに身長の話は年頃の男児にはタブーだ、絶対!

 絶対に大切には思われてない自信がある、この扱い。玲子さん、この悪魔を買いかぶりすぎです!!

 涙がちょっとだけ出たのは、痛さではない。

「オレはこれから伸びるんだ…」

「希望的観測?」

 ばっさりと切り捨てられて、ついでに頭をポンポンたたかれた後でそこから喰われた。

 歩ける程度に残しておいてくれたのは、運ぶのが面倒だったからだろう。くそう。

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