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  作者: 小林 谺
第2部  必要とする者、される者
18/23

15  その名はジョンソン

 玄関の扉を開くと、犬が鎮座していた。

 いや、犬と言っていいものか悩むところなんだが、見た目はコリーだ。ラフ・コリーと呼ばれる長毛のコリー……―――なんだが。

 何だコレ。

 お座りしてて目線がオレとあってるってどういうサイズだよ!?

 普通のコリーじゃねーだろ、このサイズ。ってか犬としてもどうなんだよ!! 確かにオレは小さいけどさ、それにしたって無理があんだろっ!

 んで、半透明。

 こいつの向こう側が透けて見えるし、睨まれてるし、もう何なんだよ。

「お疲れ様」

 にこり、と月乃が微笑む。………って、は!?

 柔らかい笑みを浮かべる姿に思わず脳がフリーズした。やヴぇ、新しい嫌がらせかコレ。

 じっとこちらを睨んでいたコリー(?)がフイと顔を月乃へと向けて頭を垂れると、労をねぎらうようにしてそれを撫でた。

「さっき、少しだけ話したよね。番犬」

「え、ああ、そだな。………番犬」

 その巨大な図体を眺め、どこから突っ込むべきか悩んだ。

「ジョンソン、今度お父さんが修行の担当するこになった本条十郎太。ここへ来る事もあるかもしれないから、覚えておいて」

 月乃に撫でられながら気持ちよさそうにしている番犬――ジョンソン、というらしい。というか、半透明って事は餌になる部類だよな…。何で平気で撫でてんだ?

「それで、十郎太。このコはジョンソン。この家の番犬。……後は見てわかる通り」

「いや、そこ省いちゃ駄目なトコだ」

「見てわかるよね」

「わかるけど、何でそーなってんのかとか。触ってて平気なのかとか。このサイズは何でだとか」

「死んだ後も主が心配でその傍を離れようとしなかったから。今は私の使い魔みたいな感じになってるから、触れるの。大きいのもそのせいかな、契約前は普通だったし」

「………そか」

 思わず天を仰いだ。天井だけど!

 やっぱり世間一般の常識ってやつは通じない土地なんだな、と改めて再確認。

 しかし…。

 何で睨まれてんだか。ジョンソンの視線がこっちに向く度に敵意にも似た突き刺さる何かを感じる。殺気はナイんだが。

 はぁ、と内心ため息。

幸せどんどん逃げてくなぁ、オレ。

「何か気になるの?」

 問いかけた月乃を真っ黒な双眸が見つめ返し、

「―――そう、うん。流石ね」

 そんな科白を口にして優しくジョンソンを撫でる。何やら満足げだ。

 えーと…。何?

「十郎太は人狼だから。吸血鬼の」

 じっと月乃を見つめるジョンソン。月乃の独り言にしか聞こえないのだが、あれで会話が成立しているのが不思議だ。

 ってか、普通の“霊”ならオレにも声が聞こえる筈なんだけどなぁ…。

「そうなの、宜しくね」

 こくりと頷いた。

「十郎太、これで単身ここに入ってきても攻撃されないから安心してね」

「いや攻撃とか安心って…」

「ジョンソンは人から霊まで対処するから、有能な番犬だよね」

 同意しろと言わんばかりなのだが、したくない。ってか、ここで頷くとオレの中の一般常識が完全に崩壊するよう気がする。大げさかもしれないが。

 そもそも死んだ霊を自分に取り込んだり作り変えたりするのは退魔師協会の禁止行為になった気がすんだけどなー………SSクラスの恭一さんが黙ってるならアリなんだろーか、コレ。でもあの人は娘バカなんだもんな、黙認しちゃってる可能性もあるよな、例外中の例外の“霊食い”だし。

 って、そっか。もしや同属がいないからって眷属つくったとか…。いやいやそれこそ禁止行為だよな、何考えてんだオレ!

「十郎太。微妙に顔と声に出てるし、ジョンソンとはお互いに契約の元で行動してるから協会の処罰対象にはならないよ。違反行為もしてないし」

「………出てたか」

「割と微妙に」

「ならいいんだが、いや、あんまりよくない気もするんだが…。な、月乃」

「何?」

「恭一さんが心配するからギリギリなのは止めた方がいいと思う」

 だってお前無免許じゃん、という言葉は飲み込んでみる。多分ばれるが。

「紙一枚なのにね」

 やっぱバレてーら。

「後3年したら取ればいいだろ。面倒とか言ってないで」

「……別にいらないから」

 無表情が翳った。未来(さき)の話をすると、こいつは無表情でいるのがちょっとだけ難しいようだってのが何となくわかってきた。

 理由はわかる。

 だからと言って未来に夢も希望もないんじゃ、それこそ生きる活力不足しそうなんだが、そこは自覚があるのかないのか。どっちなのやら。

「何でかな、今凄くイラっとした」

「……何でだ」

 人の顔を眺めて不服そうに眉をしかめる姿に、一瞬だけ同情しかけた自分を殴りたくなった。

 やっぱ悪魔は悪魔なのだ。

「んで、有能な番犬のジョンソンの声がオレに聞こえないのは、アレか。使い魔になってるから意思疎通は主のお前とできるが声を発しないのは本人にその気がないと」

「ジョンソンは会話できないの。代償にそれを使っているから」

「は? 何でそんな面倒なことってか、デカイもんを」

「元々会話してた間柄じゃないから、別にいらないって言うから。本人が」

 ちらりとジョンソンを見やる。

「なるほど。ってかそこまでして自分の飼い主に忠義を尽くすとか、すごい犬だな」

「同類として感心したなら、十郎太もしっかりと私に忠義を尽くさないとね」

「何でっ!? ってか、お前オレの飼い主じゃねーし!」

「……そっち(・・・)を否定するんだ」

「そりゃここまで立派なら、でっかい括りは一緒にしても問題ねぇだろ。犬と狼だが、四足歩行の哺乳類」

「そこまで大きな括りにしたら像とかサイも含むよ」

「何でそのチョイス…」

「見た目に反してキレたら手のつけられない凶暴具合で選んで見た」

「…そうなんだ」

 ぼそりと呟いたら一瞬だけ頬を引き攣らせて、

「行こう、時間勿体ないから」

 無駄話を振ってきたのはどっちだと思ったが、月乃がさっさと歩き出したので後に続く。その後ろ姿を眺めて10歩ほど進んだところで、

「あ」

 と思わず声が漏れた。

「何?」

 怪訝そうに振り返る月乃に、なんでもないと首を振る。一瞥されてから再び前を向いたのでほっと安堵の息を吐き出して、苦笑する。

 さっきのアレは冗談だっとのだと今更気付いた。遅すぎだオレ。ってか、妙なこと言うから何かと思えば余り笑えない冗談だった。全く笑えない冗談はよく聞いていたが。意外であることに変わりはない。

 しっかし自分よりデカい犬と並んで歩くのってどんな気分なんだろーか…。

 並ぶ背中を眺めて思う。ってか月乃なら乗れるんじゃね?

 そういや固定食堂の筈なのに家の中に入った途端に一匹もいないってどーゆーことだ? ………いや厳密に言ったら、一匹はいたんだが。

 非常事態で呼ばれた筈なのに暢気に歩いてるしなぁ………何でだ。

「なぁ、月乃」

「何?」

「問題があって呼ばれて来たんだよな?」

「そうだよ」

「歩いてていいのか? ってか、外は確かに異常事態だったけど、家ん中は何ともねーし。外の話か?」

「外のアレは普通で 「普通なんか、あれっ!?」 ……溜まるの早かったけどね。家の中はジョンソンが片付けてるからキレイなの」

「じゃぁ何が問題なんだよ?」

「多分、口で言ってもわからないと思う。私も連絡もらっただけじゃわからなくて、ジョンソンの目を借りて理解できたから」

「は? 目を借りるって…」

「他では滅多に起きない事例だと思うし、私もああいうの見るの初めてだから、どうしてそうなったのか興味はある。ジョンソンとしても目的は遠からず一緒だったから無理強いできなかったみたいだから」

「つまり言う気はないと」

「言ってもわからないのに何で説明しなきゃならないの?」

 無表情だった。

「……じゃ、何で暢気に歩いてんだ?」

「家人が動じてないから」

「は? 異常事態なのにか?」

「そうだね」

 即答だった。まぁ確かに、あんなに浮幽霊しかもヤバい系よりのが溜まってたし、こんなでっかい半透明のコリーがそばにいる生活してたら、そうそう動じない鉄の心臓を手に入れそうだが、それ以前に外のアレだけで精神が壊れそうな気がする。一般人なら。

 ってことは同業者か。

 いやいや。待てよ。だったら、月乃が対処ってことはないだろうから、それはないな。

「十郎太」

「え? っが!?」

 顔面を強かに強打する。

「考え事してても前を見て歩こうよ。壁に激突するってマヌケ過ぎだよ」

 しゃがんで顔を抑えているオレに文字通り、上から目線であきれ返った声が降ってきた。

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