13 非常識な常識
何となくそんな気はしてたけど、まさかと思ってたオレは甘かっただろうか。
どーなってんだよ、ここ…。
驚き過ぎてヘンな風に冷静になってる自分と、周囲の状況に引きまくりの自分がいる。
樹ノ寺からののはら荘へ行く途中に見えた墓地が現在地。正確には、他の檀家よりも奥まった所のヘンな角っこに置かれている大きめ墓石――乃木家と書いてある――の前なんだが、この墓石を背に、老人が1人腰を降ろしている。
ものっすごい人の良さそうな老人が。
そして、周囲に一定の距離をおいて、わさわさといる。すっげぇしっかりくっきりいる。
―――多分、全員、人間じゃねーんだよ、な。………きっと。
促されて歩いてきたけど、気付けば周りをぐるりと囲まれてるし。
総勢14。
内1人はさっきの華って人で同年代風の女の人と何かしゃべってる。聞こえねーけど。
いや、しかし多過ぎだし、しっかり存在し過ぎだし、マジでどーなってんだよ。
「―――将和に瓜二つだな、ぼーず」
目の前の老人がそんな事をのたまったせいで、オレの顔が思いっきり引き攣った。
「それ、気にしてるみたいだよ」
短調なツッコミが悪魔から入って肩を竦めた老人の姿は生身にしか見えない。
「そうか、それは悪い事をしたな。だが誰が見てもアレの幼少から少年期までを知る者は皆、同じ事を口にするだろうよ。尤も、今は当時の面影一つないが。―――おお、すまぬ。紹介が遅れたの。ワシは乃木四朗、ここの墓守よ。狼の子、お前の名は?」
「ほ、本条十郎太」
「なるほど末子か。よく来たな、この地の者はお前を歓迎するだろう」
柔和な笑みは人の良さそうな老人の風体にとても似合っている。いるが…―――今、乃木って言ったよな。って事はきっと多分、この人も人が良さそうなのに実は性格悪いとかいうんだろうか。
「そうだな、か弱い人の身でそれ以上の力を持った者達と対等に渡り歩かねばならぬゆえ、その辺りはいたし方あるまいて」
「………へ? 何が???」
ものっすごい微笑ましいものを見るかのように眺められる。
「乃木は性格が歪んでいるのではなく、それが処世術として身について代々受け継がれているだけということじゃな」
っ!?
思わず口が空いたのも、固まったのも、仕方ないだろう。うん。オレは悪くない。
「ほっほ。素直な仔よのぉ~。そこは将和に似ずよかったの」
一人楽しそうな四郎さん。周囲も楽しそうに笑ってくれているのだが…、いや、この場合、オレが笑われている…のか? 何でだ???
「十郎太、考えてることが顔に出すぎだよ…」
心底あきれ返った声が隣から吐き出される。
「ほっ。子供らしくてよいではないか。月乃、お主もここにおる時くらい見習ったらどうじゃ?」
「また無理難題を…」
「だろうのぉ。しかし、月乃はそれでよいわ。虹乃と同じになっては収集がつかなくなるからのぉ」
「別に外見で区別が付くのだから問題ないと思いますが」
「気分の問題じゃからな」
満足げに笑う四郎さん、困ったように肩を竦める悪魔。
なるほど。ここは月乃のテリトリーではあるが、勝てない相手というのが複数存在している事がわかった。うまくいけば被害が減る可能性もある………筈。多分。きっと。
「さて、十郎太。重要なことを言い忘れたわ」
「え、あ、はい! 何ですか?」
「ここは他とは違う。詳細はおいおいわかるだろうから省くが、我々がかような状態で存在しているのも土地柄と言える」
それで済ませられる話でもない気がするんだけどな…。気にしたら負けなんだろうなぁ、きっと。
「似たようなモノが多い。主要の面子は集まってもらっているが、場を離れられぬ者もなかにはいるでな。全員を紹介するという訳にもいかんでのぉ、まぁ、顔を覚えておくとよかろう。たいていフラフラしているのはここにいる奴等だからの」
フラフラを強調した科白に、周囲から冗談交じりの苦情が返った。
「つまり、払うべきモノとそうでないモノとの区別が付き難い。じゃからな、意に反するかもしれんが、はじめのウチは見かけても手を出すな」
「は?」
「悪意のあるモノでも、土地付きとして必要な存在であったりする事があってな。ヘタに払われてバランスが崩れると後始末が面倒なんじゃ。―――まぁ、困るのは一般人ゆえ、ワシはどうでもいいんじゃが」
あ、黒い面が出た。
「後始末に乃木が借り出されるのは不憫じゃからのぉ」
………うん。いっそ清清しいまでの見事なまでの身内びいきだ。
「そういうわけだから、見かけても手出し無用でな。もしどうしても気になるようであれば、恭一に言うてくれたらいい。たまにはアヤツも雑用をせんとな。桜乃の彼氏に敵意を燃やしてる場合でもなかろうに」
めっさ重い溜息を吐き出した。
ご先祖様にも心配されるレベルなのか。ってかたまにって、普段やってない? 自分の管理地なのに??? ………マジで修行地がここでいいのか不安になってきたんだが。
「まぁ、月乃に聞いても問題ないが、そう四六時中一緒にいる訳にもいかんだろうしな」
にこやかに付け加える。
物凄く微笑ましい眼差しだ。何だろう、コレ。
つーか悪魔から突っ込みがないな、どうした?
「月乃、どうかしたのか?」
何の反応もないので四郎さんも訝しんだようだ。
「いえ、電話が」
「かまわんよ」
「でも」
「気にするな。急用であろう、ほとんどが」
「…ありがとうございます」
ぺこり、と一礼し、少し離れて上着のポケットから携帯を取り出す。
多分、会話をしていてもそれが通話先に届いたりはしないだろうに、何故か場が沈黙した。気が利いてるというべきなんだろうか、判断に困る。
しっかし、オレだけだったら問答無用で出てただろうーなぁ、きっと。こんちくしょう。
「はい、月乃です。……はい、え、あ、はい」
声のトーンが下がった、と思うのと同時に、ほぼ無表情だった月乃の顔が強張る。
向こうの声が届かないから何を言われているのかわからないが、その表情からは尋常でない事が起きているのだけはわかった。
焦り、とわかる顔になって通話を終わらせる。
「申し訳ありません、四郎さん。火急の用件ができてしまいました」
「……ふむ。玲子嬢かの?」
「はい」
「すぐ行ってやるがよかろう」
「はい、ありがとうございます。失礼します」
深々と頭を下げてからさっさときびすを返す。………あれ、オレの事忘れてる?
「月乃」
その背に四郎さんが呼びかけ、
「十郎太も連れて行ってやるがよかろう」
「え?」「は?」
暢気な声の提案に、月乃とオレの疑問符が被ったのは言うまでもない。
「でもみんなの自己紹介がまだ。せっかく集まってくれたのに」
「後でもよかろう。全員ではないしな。それに、いい経験になろう?」
真顔でキリっとして最後の科白を付け加えた四郎さんに、月乃の表情が引き締まる。
「余り……他人を連れて行きたくないのですが」
言い難そうに口を開いた姿に、四郎さんの双眸がキラリと光った。
何でだろう。子供が悪戯をたくらんでるよーな印象を受けた………見た目老人なのに。
そして月乃も何かに気付いたのか、不服そうに顔を顰める。
「お主が豊かになるのをワシは歓迎する」
にこにこと告げられた科白に月乃は一瞬だけきょとんっとしてから見る見るうちに赤面していく。その様子を心底満足げに眺める四郎さん。
うん、間違いなくこの人は乃木の人間だ。
ってか、何でそんな反応なのかわからんが、完全無欠の無表情の悪魔というワケじゃないよーだ。それに弱点を見つけた気がするがオレには有効活用できない部類のばっかだ…。
「ほっほ。いや、まぁな。それも踏まえてだな、必要な経験であろうとワシは判断したんだが、どうかね?」
ニコニコじゃなくてニヤニヤだな、コレ!
四郎さん、子供をからかっちゃ駄目だろう。大人として。いやまぁ、何をネタにからかってるんだかさっぱりわからんオレに言われたくもないだろーが。
「―――わかりました」
しぶしぶといった風に頷いた。
嫌そうではないんだが、何だろう、この………変な寒気は。
「十郎太、付いてきて。少し歩くから」
「え、あ、ああ」
「気をつけて行ってくるがよい」
オレに一瞥くれて背を向ける月乃を慌てて追う。
2人に向かって四郎さんがかけてくれた言葉に肩越しに振り返ると、その眼とバッチリあってしまった。
………オレか。
思わず泣きそうになったが、オレが気付いた事に気付いた四郎さんが悪い笑顔で面白そうにこちらを眺めてるから必死で我慢した。
ってか、これからどこ行くんだろーか…。