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  作者: 小林 谺
第2部  必要とする者、される者
14/23

12  煮ても焼いても喰えないよ1

 ぼやっとしてる。

 いや、驚きのあまり呆けてるだけだけど。オレが。

 目の前で、物凄い人良さそうな雰囲気と顔をして、穏やかに微笑んでお茶を飲む姿を、信じられない気持ちで眺めている。

 確かに血縁関係があるとわかる、というか似た顔だから兄弟ってわかる。それに雰囲気が遠一さんと全く同じ。

 色々話を聞いてた人物全然符合しない………。

 いやまぁ、先生が行ってた優男っていう部分は物凄くハマってるが。

 20代半ばになる子供がいるとは思えないってか、親父と同世代とは思えないくらい若い。本物? とか疑いたくなるが、どことなく月乃と虹乃が似てるから父親似って事で本当なんだろうけど………。

 驚くなって方が無理だ。とてもじゃないけど、SSランクと言われても、面と向かってるけど実感薄い。てか、ゼロ。

「どう、十郎太君?」

「………はい?」

「この街は2度目………ああ、前回来たのは隣町だったっけ。馴染めそう?」

「まだ歩いてないからよくわかりませんけど…」

「そういえば、駅からタクシーだったんだっけ? 一弥君、観光案内でもしたら良かったのに。割と珍事件スポットだから、面白い名所が幾つもあるんだよ。駅からここに来るまでのルートって」

「………親父もそんな事を言ってた気がします」

「だろうね。まぁ、将和は、面白くても自然が足りない住宅密集地に住むのは拷問だって言ってたけどね」

 クスクス笑う姿はどこをどう見ても、柔和な、まさに優男。

「でも人が多い分、そういうのを寄せ集めやすい土地な分、面白い事になってるんだけどねぇ」

 ずずっとお茶を飲み干して、茶碗をテーブルに置いた。見た目は紅茶でも飲みそうなイメージなのに、何でか白地に黒い大文字で寿と書かれた豪快な湯のみ茶碗。

「さてと。今日は運動したから、別にいいか。折角だから、将和期待の末息子のお手並み拝見したかったけど」

 はいっ!?

 期待って何? つーかお手並み拝見って………まさか。

「本当は幾つか組み手をと思ったんだけどね。これ以上やったら結界割れて、アパート傷つけたら春乃に怒られちゃうからね。修復作業は今日中に終わらせるから、明日にでも」

 何か論点が違うような気がっ!?

 とういうか結界にどんだけ負荷かけてんの! っていうか、結界っ!? そんなの通った記憶ないけど!

「十郎太君は、今日は軽く荷解き頑張って。荷物が少ないなって思ったら、明日追い討ちで残りの荷物が届くらしいから。まぁ、そんなに時間かからないだろうけど、あの量なら。それと、夕飯は7時からだから、その時間になったらここへ来てね。遅れたら夕飯は抜きね」

「は、はい…。―――えと、恭一さん」

「うん?」

「ここに家族で住んでるんですか?」

 思わず室内を見回す。現在地は8畳ほどの広さのリビング………っていうか畳だから居間? だけど、アパートの1階の外れだし、外から見た感じ6人で住むには狭いような気がするんだけど。

「うん、そうだよ」

 マジで!? このスペースで? まさかここで川の字で寝てる………?

「ああ」

 何故だか、悟ったような声を恭一さんが上げる。

「ここには、ボクと春乃だけだよ。上2人が2階、下2人は3階」

 何デスカ、その部屋割り。ってか、そんなに顔に出てるのか…?

「うん。そうだね。確かに、十郎太君はわかりやすいけど」

 にこやかに思考突っ込みーっ!?

「………そ、そんなにわかりやすいですか?」

「うん。素直でいいんじゃないかな? まだ子供なんだし」

「はぁ……。そうですかね…」

「うん。ああ、そうだ。注意事項、言ってなかったね。かなり重要な」

 穏やかだったその顔を一点、真剣な表情へと変える。

 ぼんやりしていた空気まで一変した。

「………な、何ですか?」

 ここまで雰囲気を変えるんだから、きっと凄く重要なんだろう。本人もそう言ったし。

 思わずゴクリと生唾を飲み込み、次の言葉を待つ。

「許可ない限り、上階の部屋へは上がらない事」

 威厳ある声は、そんな科白を紡いだ。

「屋上があるから、そこへ行くのに階段を上がるのは許可するけど、それ以外は禁止」

 ………。

 やっぱ親父の知り合いなんだな、この人。意味がわからん。

「恭一さん。理由を聞いてもいいですか?」

「勿論。このアパートね、元々、女性―――女学生って言った方がいいかな、そのために造られたから、今でも女性の入居者を優先して入れてある。まぁ、十郎太君と同じ1階の101号室には男性が住んでるけどね。彼だけだから。で、2階は全部女性。そういう理由で」

「なるほど」

「まぁ、十郎太君はこれから高校生で、2階の住人は20代の人達なんだけど。ほら、間違いがあったら大変だからね」

「そ、その心配はないと思うんですが…っ!?」

 思わず顔が赤くなる。つーかそういう話題はまだ早いっ、オレには。普通に恥ずかしいっつーか、男に囲まれて育ってるから何となく苦手というか。

 思わずお茶を飲みつつ視線を逸らした。

「そんな事ないよ。………ああ、十郎太君がどうこうって意味じゃなくてね。別に露骨な話はしてないのに、そんな可愛い反応してたら、お姉様方に十郎太君が襲われるかなと」

 ぶっ!?

 な、何を言ってるんだ、この人はっ!? 思わずお茶吹いたじゃんかっ!!

「はい、布巾」

「………ありがとうございます」

 にこにこ顔で差し出されたそれを受け取って、テーブルを拭く。ああ、ほとんど飲んであってよかった。

「ほらね? だから、間違いがあったら大変だろう。将和が」

 親父かっ!?

 テーブルを拭く格好のまま固まったオレに、ふぅ、と恭一さんが息を吐き出す。

「流石に将和が本気で暴れたら、オレも本気を出さざるを得ないし。そうなると、このあたり………人が住めなくなりかねないからねぇ」

 しみじみと呟いた科白は、何でか遠い目をして呟かれた。

 ていうか、そんな顔して言われても、科白が物凄い不吉だし………。

 それに、親父が暴れるって。どういう風に思われてるんだろう、あのクソ親父。

「そういう訳だから、まぁ、気を付けてね。ボクも将和に君の事頼まれた身だから、将来に関わるような間違いがあったら、真っ先に攻撃受けるの間違いなくボクだからねぇ。まぁ、気持ちはわからないでもないんだけど」

 わかるのかっ!?

 いや、普通わかんないだろっ!! ってか、あの親父がそんな事でキレたりしないと思うっつーか、逆に喜びそうな気がしないでもないんだけどなぁ………。

「あ、それと、家族の紹介は夕食の時にするね。―――――桜乃だけだもんね、後」

 うわぁああああ。最後の科白が凍り付いた顔になったーっ!?

 ………そういえば、出迎えなかったのって、その桜乃さんとやらの彼氏が来てるとかで、確か交際を反対してて………。

 ふいっと、凍り付いた表情のままの視線がこっちを向いたせいで、思わず頬が引き攣る。

「まぁ、帰ってくればだけどね」

 溜息と供に測れた科白は、多分、怒りという感情が込められていたと思う。

 背筋を嫌な汗が流れ落ちた。

 本能が、無理、撤退、と告げてる。うう、やっぱり虎の巣に飛び込んだのか、オレは。

 どうしよう、泣きたい。

「お父さん。そろそろお願いしたいんだけど」

 凍り付いた空気を、可愛い声が切裂いた。色々な意味で。

「………もうそんな時間? 虹乃の勉強の方は?」

 ゆるゆると振り返る恭一さんの顔には、最早穏やかな笑顔しかなく。

 その向こう、部屋の入り口へとオレも視線を上げると、本気で無表情の悪魔が立ってたりする訳で。

「もうとっくに。元々、私に聞かなくても虹乃は賢いから大丈夫だし」

「そっか、わかった」

 表情のない娘に何を言うでもなく頷いて、再びオレの方を向く。

「それじゃ、十郎太君。このくらいで。また夕食の時に。………ああ、そうだ。早めに荷解きが終わったら、屋上に上がってみるといいよ。このあたり、二階建ての住宅が大半だから、景色を眺めるくらいは十分に出来るから。これから住む街の空気に、早く慣れてね」

 そういって微笑んだ姿は、元の、柔和な優男そのものの印象だった。

「はい、有り難うございます」

 へこりと頭を下げたオレを、立ち上がった後にこやかな笑顔で一瞥してその場を後にした。

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