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  作者: 小林 谺
第2部  必要とする者、される者
13/23

11  分裂する悪魔

 お茶を飲みながら、まったりとした時間が流れている。

 本当はダメなんだろうけど、あぁ、この空間いいなぁ……。お盆を手に戻って来た遠一さんは、慣れた手際でお茶を出してくれて、その後、テーブルの向こうに腰を降ろして兄貴と談笑中。

 途中、話を振られたり、疑問を投げかけたりするけれど、所謂、世間話に類するそれは、お子様なオレの出る幕は少ない。

 だからまったり。

 ああ、お茶が美味し―――

「失礼します」

 ビシリと硬直した。静かに告げられた声は、オレの脳内でイコール悪魔来訪と結論付けられた。

 固まった背後で、障子が静かに開かれて暖かな春の風が流れてくる。

 遠一さんが顔をそちらへと向けて、苦笑。

「兄さん、無理そうなんだね?」

「はい。お母さんから、案内するよう頼まれました」

「春乃さんは……そうか、止めに行ったんだね」

「はい」

 ゆっくりと振り返ると、悪魔が……心の底から怪訝そうな眼差しをオレに投げていた。

 いや、そんな顔される覚えが全くないんだけど?

 あれか? 非常食は下僕も同然なんだから、お前から挨拶しろよコノヤローとか、そういう目線か?

「久しぶりだね、学校の方の調子はどう?」

 兄貴の声に視線を向けて、にっこりとした笑みを浮かべ……ああ、やっぱり態度豹変。

「私の方は相変わらずです。部活も楽しいし」

「そっか。部活もいいけど、錫ヶ原だと勉強も大変じゃない?」

「それなりに。でも成績落ちたら部活やめる約束してるから、落とせないですよ」

 苦笑して肩を竦める。……マジでオレ以外へのってか、オレへの対応可笑しいよな? 一応、人権とかあるんだけ―――

「部屋へ案内しますので、付いて来て下さい」

 ちらりと一瞥してさっさと踵を返しました。

 ………ああ、還りたい。

「しょうがないな」

 立ち上がった遠一さんが何故か苦笑した。

「無理もないですよ」

 続いて兄貴も苦笑して立ち上がる。

「十郎太、ほら、行くよ」

「え、あ…うん」

 1番納得いかないのは、オレなんだけど。

「十郎太君、鍛錬の時間は朝6時から1時間で始めるのでいいんだよね? 学校終ってからの方は兄さんとの兼ね合いもあるけど、時間を増やすのはこっちに慣れた後でと、千早さんから聞いてる」

「あ、はい。後々は遠一さんの都合で増やしてもらえたら嬉しいです」

「仕事が入らない限りは時間の都合つけられると思うから、早く慣れてくれると嬉しいな。翔はやらないから、剣術のみって機会がなくてね」

「……そうなんですか」

 意外だ。勿体無い。千早伯母さんが太鼓判押してるからいい師範なんだろうに。

「遠一さんに鍛えられたら、オレもすぐに追いつかれそうだな」

 兄貴がどこか嬉しそうに肩を竦めた。

「善処する」

 オレの科白に、兄貴は満足げに頷いてから遠一さんに一礼。

「弟がお世話になります」

「期待に添えるよう、頑張るよ」

 言いながら手を振る遠一さんに、兄貴がもう一礼。オレも一緒に頭を下げた。

「余り待たせるのも行けないから、このくらいで。……気を付けてね」

 エライ不吉な科白を最後に付け加えた遠一さんに見送られて、比喩でも何でもなく兄貴に連行されるようにして部屋を後にする。

 ああ、出来ればあのままでいたかったなぁ……。

 ぼんやりそんな事を思いながら、むしろ激しく後ろ髪を引かれながら、靴を履いて、兄貴にぐいぐい背中を押されて……あれ? 何か方向違くないか?

 寺の正面から見ると、何でか東側の方へと。

「直通してるから」

 兄貴が小さく呟いた。なるほど、納得…。

 と、顔を上げると、相変わらず怪訝そうな顔でこっちを振り返ってる悪魔の姿が目に入る。その背後は塀で、視界の右側の塀は途中で途切れて更に先へと伸びている。L字の逆型? よくみると、こじんまりとした扉の前に立ってた。で。無言のまま、近付いてくるのを見て取ってそれを開いて向こう側へとさっさと姿を消した。

 ………何も言わないのは、兄貴がいるから大人しくしてるのか? そう思いながら隣を歩く兄貴を見上げる。

「どうかした?」

「何でもない」

 間髪入れずに入った兄貴の問い掛けに、反射的に答えて、扉を潜る。兄貴が後に続いて―――

「すげぇ」

 思わず呟いた。

 扉を潜ったら、ほとんど綺麗に周囲が一望出来た。

 長い石段上ってきたから当たり前と言えばそうなんだろうけど、この辺りは古い住宅街が密集しているせいか、高いビル群とかはほとんどない。……こっち側だけかもしれないが。学校とか、最寄の駅は反対側だし。

 でもってそこには車一台通れるくらいの道が。………車で上がってこれたんじゃ?

「十郎太? そのまま直進だよ」

 ぽけっと突っ立ってたオレに、背後から兄貴の苦笑交じりの声。

 道の向こう側、左手側に向かってずーっと生垣が続いてて、何故か真正面で途切れてる。1メートルくらいの幅を開けて、塀。背後から繋がってる塀は、くきっと直角に曲がって、どうやら下へと続いてるらしかった。

「降りるのか」

「ののはら荘は住宅街にあるからね」

「了解」

 頷いて歩いていくと、数段先を進んでる後姿が見えた。………何て言うか、あそこまで無言を付き通されると後が怖いんだが。

 で、お約束のようにやっぱり石段で。そこを歩きながら左を見れば、山。斜面の山。下には家。ああ、確かに石段の先に、アパートらしきものが見て取れる。あそこに繋がってるのか…寺ヘ続く裏口って、住んでる一般人の心境はどうなんだろう? 墓参りは楽そうだが。

「―――で、墓か」

 思わず声に出して呟いた。

 石段の右手側は、いい感じに塀である。下の方は塀の向こうが見えた訳で、まぁ、墓石が連なっていたと。

「ここ、寺の左右に檀家の墓石がおいてあるから」

「小高い山になってるから、斜面を友好利用?」

「それもあるし、寺の裏手は裏家業で使ってるからっていうのもあるし、街の人から見える位置に自分の家の墓があるのもいいらしい。お年よりが安心するとか」

「……へぇ」

 よくわからん。

 首を捻るようにして正面を見ると、距離が開いていたせいか立ち止まって見上げるようにしている姿が目に入る。 ……オレがキョロキョロしてるせいで遅れてるとか不機嫌になってそうだな、アレは。

 近付くとまた無言で踵を返して折り始めた。

 一定の距離を保って近付くなよみたいになってんな……オレ何かしたか? むしろ、オレがそういう距離感を取りたい所なんだが。

「本当に機嫌悪いみたいだね」

 苦笑した兄貴の声が背後からする。

「いつも可愛げがないだろ、兄貴は知らないかもしれないけど」

「そんな事はないし、それに……アレは拗ねてる感じだよ」

「何にだよ……」

 むしろオレが拗ねたい。

「まぁ、大体の予想は付くけど。十郎太、頑張らないとね」

「何に…?」

「多分、誤解してるだけだと思うから」

「何をどう?」

「すぐに解けるだろうから、心配もいらないと思うけれどね」

「……いや、教えてよ」

「釈明理由は自分で考えないとダメだよ。これから1人で頑張らないといけないんだから」

 くっ…。最近、兄貴はどことなく冷たいっていうか秘密主義っていうか。前みたいに教えてくれなくなった。変わりに、わかってるけど教えてあげない的な笑顔が多くなった。

 前より子ども扱いされてないのは嬉しいんだけど、所謂、含み笑いは怖いから止めて欲しい。

 はぁ……。思わず溜め息を付く、肩もがっくり落としてとりあえず降りる。てゆーか、長いよ、石段。

「―――疲れてるね、十郎太。そんなんでこれから大丈夫なの?」

 そんな暢気な声に、項垂れた体制のまま顔が引き攣った。

「長距離移動だったし、引越しの用意とかで忙しかったからね」

「そう言う一弥さんは全然平気そうですけど?」

「オレは慣れてるからね。それに、十郎太はこう見えて、淋しがりやだから」

「10人兄弟の末っ子だから仕方ないですね」

「うん、そうなんだよね。甘やかした覚えはない…事もないか。やっぱり末っ子は可愛いし、年も離れてるから余計に」

「それに、お父さんに素直に甘えられない照れやさんでもあるし」

「―――って、本人目の前にして何言ってんだっ!?」

 思わず立ち止まって突っ込んで、勢いよく顔を上げたら、前を歩いていた足を止めて怪訝そうに振り返ってる。 ……結構距離があるように見えるんだが、兄貴は後ろを歩いてた訳で……。今、会話してたよな…?

「相変わらずだね、十郎太。もう高校生になるのに、全然成長してないね」

 どこか呆れ返ったようなその声は、何故か背後からした。

 悪寒が走る。アレか? 幽体離脱? それとも新しく式紙とか覚えてみましたーとかそういうオチか??? 恐る恐る振り返ってみると、すぐ後ろに悪魔がエライ晴れやかな笑みを浮かべて立っていた。 兄貴の隣に。

「……は?」

 眼を数回瞬いて、肩越しに振り返る。……いるな。いる。向き直ると、やっぱりいる。

「分裂っ!?」

 一気に血の気が引く思いってのを体感しつつ、凝視するように両方の姿を何度も確認する。うん、どっちも生身に見え―――

「十郎太、春ボケするには早いと思うよ?」

 怪訝そうに呟く。

「いやだって、お前っ!!」

「……ああ、そっか。十郎太知らないんだ」

 叫んだオレに、1人納得した顔の兄貴がぽつりと呟いた。

「何が?」

「いや、悪い。てっきり知っていると思ってた」

「…何を?」

「挨拶も特になかったから、顔見知りなのかと思ったよ」

「いや、だから… 「黙ってたんですか?」

 ………何でお前はオレの科白を遮る。そして何で兄貴を見上げて年相応の困った顔してるんだ?

「そうみたいだね」

「そっか」

 苦笑した兄貴に、小さく頷いて、オレに向き直る。

「十郎太、向こうにいるの、虹乃(にじの)。乃木虹乃。私の双子の妹」

 あっさり口にしたそれに、思考が停止した。

 硬直するオレの隣をすり抜けるようにして、月乃が石段を降りて行く。前を歩いていた月乃…じゃなくて、妹の虹乃の傍まで行くと小声で何かを話してる。

「十郎太、驚き過ぎだと思うけど?」

 苦笑した兄貴の声に、のろのろと顔を上げた。

「……双子?」

「うん。ごめんね、知っているのかと」

「似すぎだろ」

「一卵性双生児で、月乃ちゃんの話だと外側は全く同じらしいよ」

「……性格も一緒なんじゃ?」

「そういう意味じゃなくってね」

 困ったように笑った兄貴に、ああ、と呟いた。月乃は“霊喰い”だ。現存する、最後の。つまり妹はそうじゃない、双子でも。

 ゆっくりと顔を巡らして、本当に見分けの付かない2人を眺める。

 どこもかしこも同じなのに、その本質は全くの別物として生まれた2人。

「虹乃ちゃんは、普通の子だよ」

 兄貴が小さく呟いた。

「乃木のお家芸、全くやってないから。本当に小さい頃、基本を少し齧ったくらいなんじゃないかな。桜乃の話では、小学校に入る前に、やらないって言ってやってないそうだから。恭一さんも春乃さんもそれで納得して、好きにさせてるみたいだよ」

「……それって」

「乃木の家で唯一の、一般人って事かな」

「ありえるのか、それ?」

「まぁ、身体能力は、同年代の子と比べると幾分高いけれど。でも、運動神経が良いっていうので済むレベルだから。血筋のせいで、色々見えるモノは仕方ないけれど…。一般の人の中にも見える人はいるから」

「何でだろ…」

「そこは、ほら、個人のプライバシーがあるだろう? オレは赤の他人だから踏み込んで良い場所でもないから、聞いてないよ。察しは付くけどね」

 肩を竦めた兄貴を見上げて、

「……聞いても教えてくれないんだよな?」

「うん。さっきも言ったように、オレが口を挟む話じゃないからね」

「ならいいや。何か複雑そうだから」

 オレの科白に、兄貴がぽんぽんを頭を撫でた。

「十郎太は素直だね」

 クスクス笑ってそう言うと、オレが口を開くよりも先に背中を押す。

「ほら、待ってるから行かないと」

 オレ達を見上げる格好で立ち止まっていた2人との距離が縮まった。

 どれだけ見比べてもマジで似てる。とはいえ、月乃の方は苦笑してて、妹の方は困ったように俯き加減になっているが。何となくだが、表情で判別できそうな気がした。

「虹乃」

 ぽつり、と数段を残して立ち止まったオレ達を前に月乃が呟く。

「………うん」

 小さく頷いて、顔を上げる。そっくりだけど、違うな。うん、違う。悪魔はあんな素直な頷きは返さないし、何より、心底困った顔でオレを見たりしない。

「改めて、初めまして。乃木虹乃です。……さっきは失礼な態度を取ってごめんなさい」

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい? あの顔に謝られたっ!?

 本気で驚いて硬直したオレに怪訝そうな眼差しが姉の方から向けられ………やっぱ、悪魔は悪魔だよな。

「十郎太。挨拶は? 虹乃、きちんと言ったのに」

「………五月蝿いよ。つーかね、オレは驚いてるんだよ。そしてその原因はお前だ」

「失礼な。私だって自分に非があると思えば謝るよ」

「嘘を付け、嘘を。お前がオレに謝った事な 「一度も十郎太を相手に非があると思った事ないけど」

 ぐはっ……あっさりと、あっさりとぉお!? お前のその態度はっ!!

「それで?」

 じと目で睨んでるし、オレ何か悪い事したかっつーの。そんでもってその隣では、本当に困ったような顔でオレと月乃とを見比べてたりするし。見分けが付かないくらい似てるの、本気で外身だけなんだな………。

「………本条十郎太。これから世話になります」

「いいえっ! こちらこそ!! アナタが来てくれて助かります」

 ………はい? 助かるって何が…?

 困った顔を花が咲いたような満面に笑みに変えて階段を上ると、がしっとオレの右手を掴んで両手で握り締める。

「……え?」

「有り難う! 月乃が大変な時に、それ賄ってくれるんでしょ? 私のでもいいって言っても、月乃、絶対私からは取らないし、凄く嫌がるから」

「虹乃は本気で一般人の人から見たら多い方だけど、それだけなんだよ? 私が貰ったら、虹乃まで動けなくなって、部活だって出来なくなっちゃうでしょう?」

「でも、月乃が大変な時は…」

「私は虹乃がスポーツやってるのを見たり、愉しそうにしてるのを見るのが好きなの」

 苦笑して断言する姉に、拗ねたように顔を顰める妹。………ああ、ここだけ見ると、普通の仲良い姉妹だな。

「だから…」

 くるりとオレに顔を向きなおして。

「本当に有り難う、十郎太……さん? 君? 月乃が呼び捨てだから私もそれでいい?」

「……別にいいけど」

 むしろこの顔でさんやら君やら付けられて名前呼ばれる方が心臓に悪い気がする。

「てか、何で有り難う? お礼言われるような事は何も…」

「だって、十郎太、月乃に魔力別けても平気なくらい量があるから、別けてくれるんだよね? 非常時の切り札なんでしょ? も~、本当。そうならそうって言っておいてくれればよかったのに」

 ………。

 何を吹き込んだ、悪魔。

 そう言ってから本気で悔しそうな顔をして、オレの手を離して両手で拳を握り締める。

「私、てっきり……お父さんが手元において面倒見る、同世代のオトコノコっていうから、月乃に無理矢理に許婚でも決めてきたのかと思って」

 は? 

「お父さんの馬鹿って思って、話聞いた時からずーっと、嫌がらせの方法とか考えちゃったし、口なんか聞いてやるもんか、絶対追い出してやるって思ってたよ」

 はぃいいい!?

「ちょ、待っ……何だそれ!?」

「虹乃の勘違いだよ、ただの」

「オレもそう思うな。父さんが十郎太をそう簡単に手放す筈がない。それならむしろ、月乃ちゃんを自分の所へ招くと思う。こっちには、婆様いるし」

「確かに、将和さんのあの態度を見ると、婿には絶対出しそうにないですよね」

「うん。オレの目から見ても、父さんのあの状態は精神衛生上よくないし」

 そこの悟った顔の、悪魔と兄貴。頼むからあの親父絡みじゃないリアクション下さい。

 冷静な2人に、虹乃が本気で困ったように笑う。

「月乃、本当に足りてないから、十郎太のお陰で前よりはきちんと学校にもいけるようになると思うし。だから、有り難う」

「私の非常食なんだから、それくらい当然だよ。一々お礼を言う必要ないよ、虹乃」

「えー。でも、月乃を食べさせてくれるんだから、お礼は言わないとダメじゃない?」

 何か普通に勘違いされそうな科白をあっさり口に………。

「そもそも私のお陰で繋いだ命だからいいんだよ」

「………どーせ、勿体無いな~とか思って、助けてあげたんでしょ? でも月乃はいっつも言葉が足りないし、素直じゃないから。私が変わりにお礼を言ってるの」

 ぐっ、と珍しく言葉を詰まらせる。………ふ、そうか。アレか。お前の弱点は、その妹か。

「でも虹乃ちゃん。十郎太を助けてくれたのは本当だから」

「それでも、ですよ。これから、食の面倒見て貰うんですから」

「代わりに十郎太の衣食住と訓練の面倒見てもらうんだけどね」

「そこは、お父さんとかお母さんとかの役目ですから。私は月乃の事だけを考えて………あ! でも、十郎太。1つだけ凄く需要な事が」

 自分が言い負かした訳でもないのに優越感に浸っていたオレに、急に矛先が向いて反応できず。

「月乃に手を出しちゃダメだよ?」

「誰が出すかっ!?」

 反射的に叫んだのは、まぁ仕様。

「本当? ならいいけど」

「中学生でするには早い心配じゃないかなぁ、虹乃ちゃん?」

「甘いですね、一弥さん。彼はもうじき高校生です」

「……確かに」

 って、何納得してんですかっ、兄貴!?

「虹乃ちゃんも、お姉さん達に近付く男の人はダメって言ってるの?」

「いいえ、全然。信司さんの事はさく姉と早く結婚してくれないかなって少しだけ思います。どーせお婿さんだから、さく姉遠くへ行かないし。お兄ちゃんが出来るんだし」

「桜乃は良くって月乃ちゃんはダメなんだ? あ、中学生だから?」

「違いますよ~。お父さんが1番五月蝿いから。せっかく、月乃を食べさせてくれる人なのに、そのせいでお父さんに殺されちゃったりしたら、月乃が食べるのにまた困るようになっちゃうじゃないですか」

 場が静かになったのは、多分お約束。

 オレも納得。いや、納得したくないし、何か間違ってると思うが、オレもそんな理由で殺されたくないから。

「………そっか。確かに、オレも、そういう理由で可愛い末っ子が恭一さんに仕留められるのは嫌かな。でも、そんな事言ってると、恭一さんと張り合うようになってから行動するかもしれないよ?」

「誰がするかっ!?」

 兄貴がうんうん頷きながら口にした科白に反射的に突っ込んだ。

「顔真っ赤にして必死に弁解しなくてもいいよ。十郎太って、からかわれてるって気付かないんだね」

 事も無げに告げる悪魔。

「私は本気で言ったんだけど?」

「虹乃はそうだろうけど、一弥さんは違う」

「あははっ、月乃ちゃん。そこは言わないで欲しかったなぁ」

「兄貴ーっ!?」

「怒らない怒らない。これから会える回数が減って淋しくなるから、ちょっとね」

 笑って済まそうとしてるっ!

「というか、早く行かないと荷解き今日中に終わらなくなるよ?」

「あ、それもそーだね。んじゃ行こう。月乃、この後、英語をね~」

「いいよ」

「本当っ? 助かるー」

 笑いながらさっさと石段を降りて行くツインズ。

「ほら、十郎太も行かないと」

 ぐぃとオレの肩を掴んで歩くよう促す兄貴。それはもう何事もなかったかのように。

「………兄貴、オレさぁ」

「うん?」

「思うんだけど、本当にここで良かったのかなぁ?」

「そう思うよ。オレはね。………それにほら、誤解も解けたようだし」

 前方を指差して。

「………何でそーいう誤解されたのか、すげー謎なんだけど」

「遠一さんも言ってたでしょ、前歴がないって」

「………だからって曲解しすぎだろ…」

「そこはほら、多感なお年頃だから」

 クスクスと愉しそうな兄貴を横目に、オレは心の底から思った。

 還りたい。

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