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  作者: 小林 谺
第2部  必要とする者、される者
12/23

10  乃木家の事情

 4月4日。

 桜がいい感じに満開、まさに春爛漫って感じだ。

 よりにもよって天気は、快晴。

 オレは呪われているんだろう。間違いなく。泣く気力も無くなって、すでに諦めの境地。

 そして今日、忌まわしきこの土地に再び立っている。もう2度と来ないと心に誓ってから半年足らずで。

 受験は無事にクリアして、いや、本気で試験白紙で出そうかとも考えたけど、兄貴が怖いから真面目に受けた。

 で。

 オレは脱力したまま、それを見上げた。

 木々に囲まれた古い石段、その遥か遠くに見える重厚な造り構えの日本家屋の門…―――寺の入り口らしいけどな。

 表立っては地元の墓守、まぁ寺として。実際は、退魔師としてこのあたりの管理地を守る乃木家、その本家。

 寺の名前は、樹ノ寺(じゅのでら)

「十郎太、大丈夫か? 車酔いでもしたか? それとも緊張してるとか?」

 タクシー代を払ってオレを見た兄貴には、きっと硬直してるように見えたんだろう。本音を言えばこのままUターンかまして、家出したい。もう最終学歴中卒でいいし、退魔師免許だってなくたっていいよ……。

「荷物はもう全部送ってあるから、今更逃げるのは駄目だよ」

「……兄貴って、読心術が凄いよな」

「逃がす気はないけどね」

 あっさりと告げて、オレの背を押して歩くよう促す。正確には石段を登るように。100段くらいありそーなんだけど、コレ。

「兄貴、本当にいいのかな。オレ、ここで…」

「父さんが十郎太の事心配してる現われだろうから、心配いらないよ」

「嫌がらせにしか感じねーんだけど…」

 ぶちぶち言いながら石段を登るオレの横で兄貴が苦笑する。

「十郎太が自分の事気にしてて、一族の他の目も気にしてるから、関係ない所を選んだんだよ」

「それはわかってる。でも、他に幾らでも選択肢はあったと思うんだけど…」

「父さんが一族外の全幅の信頼を寄せてる人達の中で、国内に住んでて、強くて、余所の子供を預かってる人って少ないから。それに、恭一さんも弟の遠一(とおいち)さんも基本的には凄くいい人だよ」

 基本的ってのがすげー気になるんだけど……。

「遠一さんの話は聞いてるよね?」

「うん。剣術の腕が凄くいいからって、千早伯母さんも太鼓判押してくれてた。安心して任せられるって」

「実際、本当に強いよ。剣術だけだと、オレでも勝てないから。それに本気でいい人だよ。そういう意味では乃木の人間としてはちょっと異色かもしれないかな。普通で」

 普通なのに異色って何だろうな……。

「会えばわかるよ。月乃ちゃんに会ってるから、余計にね」

「…あいつが乃木家のベース?」

「いや。月乃ちゃんは大人しいから」

「騙されてるだろ、兄貴…」

「それはないよ」

 笑って肩を竦める。

「ま、オレが何を言っても納得しないだろうけど、すぐにわかるよ。尤も、それで十郎太への態度が変わるとかはないだろうけど。十郎太の方が年上なんだから、そこは度量でカバーしてあげなよ。月乃ちゃん、あれ、甘えてるだけだし」

 最後の科白に思いっきり顔を引き攣らせて足を止める。

「アレの何処が!?」

 叫んだオレに、ありえないくらい微笑ましい顔を返す兄貴。

 ………笑ってすまそうとしてる。

「ってか、気付いてるんなら止めるとかあるだろ! 普通っ!!」

「父さんが十郎太にからんでるのに比べたら、許容範囲内。可愛い末っ子と、可愛い女の子で」

「状況が可愛くねーし!!」

「十分微笑ましい光景だよ。別に大怪我する訳でもないし」

 あっさり断言した兄貴に、がっくりと項垂れた。

 論点が違い過ぎる……。

 確かに、親父を初めとして、怪我なしとかありえない状況になるけどさ。アイツが相手だと外傷ないけど、暫く動けなくなる。死なない程度にいい感じに抜かれまくるから。それのどこが微笑ましいんだっつーの!?

「いいから、歩く」

 オレの左腕を掴んでぐいぐい引っ張って行く。………帰りたい、むしろ、還りたい。

「それに、月乃ちゃんを相手にするのもいい訓練になるだろ?」

「………それは、まぁ。認めたくねーけど、アイツ、強いよな」

「―――いつも、死が隣り合わせの綱渡りしてるようなものだからね。存在自体が。強くならないと生きてこられなかったんだよ」

 いきなり沈痛な面持ちになった兄貴が、重い口調でそう告げた。

「強いフリをしないと、かな。正確には。実力は折り紙付きだけど、それって、元々の能力と訓練でどうとでもなるものだから。月乃ちゃんは、人より早く訓練を始めた…―――違うかな。訓練という名前の実戦を始めた、か。か弱い女の子なのにね」

「とてもそーは思えない」

「十郎太は、まだ、表面しか知らないからそう思うんだよ。本当は、心の優しい、か弱い、ただの女の子だよ」

 何でか哀しそうに苦笑した兄貴に、オレは顔をしかめた。表面しか知らないって、裏表激しいのは知ってるっつーの。どこをどう見ても、オレを非常食呼ばわりするヤツが心優しいとは思えないし、凶悪な悪魔だけにか弱いとも思わないし、アレが普通に部類するただの女の子である筈がない。

「―――遠路はるばるご苦労様。疲れただろう?」

 兄貴に引っ張られながら石段を上がり、考え込んでいたオレの頭上からそんな声が聞こえた。温かみのある優しい声音。顔を上げると、顔にいい人ですって書いてありそうなくらい柔らかい笑みを称えた、Yシャツにパンツルックで坊主頭の優男が1人。

 ………何で坊主頭?

 疑問符を浮かべたまま石段を登りきって、対峙する。

「遠一さん。お久しぶりです、わざわざ門前まで有り難うございます」

 ぺこりと兄貴が頭を下げた。

「確かに久しぶりだね、一弥君。―――それと、初めまして、十郎太君」

 視線をオレに移したけれど、身長は結構高くて見下ろされてるのに、何でかそんな感じが全然ない。

「初めまして。本条十郎太です。これから、お世話になります」

 頭を下げる。

「こちらこそ。君の剣術指南を頼まれた、乃木遠一です。千早さんには及ばないけれど、兄さんよりは剣術の腕はあるつもりだから。宜しくね」

「冗談はやめて下さい、遠一さん。千早伯母さん、真っ当な剣のみ勝負だったら結果はわからないって言ってましたよ」

「それは嬉しいね。過大評価にならないよう気を引き締めないといけないな」

「オレだって全然勝てる気がしないのに」

 肩を竦める兄貴を横目に、改めてその人を見つめる。とてもじゃないけれど、見た目は、兄貴より剣の腕が上とか、千早伯母さんと渡り合うようには見えない。それに何で坊主頭? 確かに仏様みたいな雰囲気だけど、すげー謎…。

「私は、この寺で住職をしているからね」

 坊主頭を撫でて、そう告げた。………顔に出てるのか、オレ?

「本当は兄が跡を継ぐ筈だったんだけれど、春乃さんの所に行ってしまったから。尤も、こちらの仕事だけで、歴代の住職達に比べれば随分楽をさせてもらってるけれどね」

 優しく紡がれた科白だが、意味がわかりません。

「このお寺、管理者である乃木家の本拠地だから。乃木家の当主が代々住職を歴任してきたんだよ。裏家業と合わせてね。でも、恭一さん、奥さんの春乃さんの実家でやってたアパートの管理業の方を手伝うようになってたから、遠一さんが住職を継いだんだ」

「……なるほど」

「ところで、遠一さん。渦中の恭一さんは…?」

 2人で出迎えて挨拶をするという話を聞いていた兄貴の問いに、遠一さんは、心の底から困ったような笑みを浮かべた。

信司(しんじ)君が来ててね」

 ぽつり、とそんな事を呟く。その科白を聞いた兄貴が、遠一さんと同じような顔をする。

「まだ続いてるんですか…」

「彼は好青年だし、私は賛成してるんだけれど」

「恭一さんは絶対しないと思いますよ」

「そうだよね…」

「兄貴、何の話?」

「あ、ああ…。乃木のお家事情だよ。むしろ、乃木本家のお家事情というか」

「いや、わかんないし」

「身内の恥みたいなものなんだけれど」

 遠一さんが小さく肩を竦めた。

「歩きながら話そうか。疲れただろう? 兄さんが戻って来るまで、お茶でも飲んで待っているとしよう」

 そう言って境内へと促す。

 先導する遠一さんの後を追うようにして歩き出した兄貴に、オレが続いて。数歩進んだ所で、遠一さんが溜息を1つ。

「―――信司君、…武井信司君というんだけれど」

 唐突に語り出した。

「兄さんの長女で、桜乃(さくらの )の、恋人なんだよね。もう6、7年くらい付き合ってるんじゃないかな、多分」

 は?

 余計に意味がわかりません。

「兄さん、娘の事となると甘いし、頑固親父になるから。ずっと交際を反対しててね。娘に近付く男は赦さないとか言って、桜乃だけに対してじゃないんだけれど、交際以前の問題で、本気で近付こうとしてる相手は、撃退してるんだよね」

 ………。

 オレ、そんな人の下で訓練すんの…? 思わず歩みが遅くなったのは仕方ない筈だ。絶対に。

「けれど信司君だけは、諦めなくてね。ずっと、認めてもらうって頑張ってるよ。勿論、桜乃と付き合ってるからなんだろうけれど、信司君の前に付き合ってた人は、兄さんに睨まれて以来見てないから。それを思うと、彼は頑張ってると本当に思うよ」

「オレも以前に会ってるんだけど、一般人だけど、いい意味で鈍いから彼女にはお似合いだと思うけれどね」

「そういえば、一時、君の所に嫁がせるとかいう話があったね?」

「ただの酒の上での話ですよ、お互い、跡取ですから。―――乃木の家は、桜乃以外には継げないでしょう?」

 その科白に一瞬だけ遠一さんは足を止めて、またゆっくりと歩き出した。

「……そうだね」

 少しの間を置いて、酷く重い声音が同意する。

 どういう意味なのか聞きたくて、兄貴を横目に見るとさっきと同じように複雑な顔をしていたから思わず言葉を飲み込んだ。

 そのまま会話が途切れる。

 黙々と歩き続ける大人2人に続きながら、出来る事ならこの場から逃走したい葛藤と必死に戦う。真面目に、兄貴が付き添いで来てる時点で逃げられる可能性ゼロだからな……。

「まぁ、兄さんが妙な事をしでかさない限り大丈夫だと思うけれどね」

「―――前歴があるだけに、どうですかね…。むしろ、彼がこれまで五体満足でいられる事が奇跡のように感じますが」

「一弥君には参ったね。思っても誰も言わない事をはっきりと口にするから」

 そう言ってから渇いた笑い声を上げる。

「ああ、そうだ。十郎太君。君もそこは覚悟しておいて貰わないといけないね」

「…はい?」

「兄さんと桜乃の親子喧嘩は、それはもう激しいから。結界なかったら、この辺り何度更地になったかわからないってレベルだからね。お陰で桜乃も今年の昇給試験をクリアしてSランクだし」

 その科白に、足が止まる。むしろ体全体が、所謂、硬直。協会認定のSSクラスとSクラスの喧嘩って……。オレ、巻き込まれたら死ぬんじゃないか?

 石像になりかけたオレを苦笑した兄貴が腕を引っ張るようにして歩くのを促す。

「けれど遠一さん。オレからすると、実力だけなら以前から十分満たしていたのに、今まで昇給しなかったのが不思議ですが」

「ああ、それはね…。桜乃、昇給試験受けてないから。お花見シーズンだからね、そっちを優先してたみたいだよ。今年は月乃に説得されて試験を受けたらしいから」

「なるほど」

 説得……あの悪魔が? 騙したの間違いじゃねー……?

「家業をしっかりやってれば、兄さんも反対し難いと言ったらしい。でも桜乃が試験を受ける気になったのは、ランクが上がれば回ってくる仕事の質のレベルが上がるから、それを月乃に横流しして、丸め込んで兄さんの説得に協力させようっていうつもりみたいだけれど」

「恭一さん、月乃ちゃんには特に甘いですからね…」

 ………。

 そーいう環境で育った果てに、あの性格か。甘やかされてんのどっちだっつーの。

「仕方ないよ」

 何故だか哀しげに、遠一さんが呟く。

「月乃は、何も欲しがらないし、興味も持たないから」

 吐き出すようにして酷く重い声がそう続いた。

 ………あの悪魔が、何も欲しがらないとか!? ありえねぇ。 ああ、でも、まぁ、興味がなさそうってのは何となくわかる。つーかむしろ、全て見下しだろ、アレ。どう考えても。

「だからこそ、十郎太君の訓練を兄さん引き受けたんだろうしね。これまでを見て、男の子だから絶対断ってる筈だから」

「…オレ、嫌々引き受けてもらったんですか?」

「ああ、いや…。そういう意味で言ったんじゃないよ。自分の所で衣食住の面倒を見て修行させるって事は、娘にも近付くなるだろう? 兄さんの行動の全てに男子禁制的雰囲気が現れててね、協会のカリキュラム以外で訓練も指導も、引き受けたの見た事ないんだよね。異性愛者の男性だけは」

 ……何か、最後の科白がすげー深みがあるんですけど。

「遠一さん。言うまでもないでしょうが、十郎太はきちっと女の子が好きですよ」

 って、兄貴!? 何デスカ、それ! フォローになってないよ!?

「ああ、それはよかった。私にも息子がいるからね。跡取の事を考えると、そっちの道に引きずり込まれたら困るから」

(かける)君、今度大学生でしたよね?」

「そう。最初は部屋を借りて1人暮らしの予定だったんだけれど、急に家から通うって言い出してね。通学に1時間半もかけるつもりなんだよ。どれくらい持つか知らないけれど」

 肩を竦めて笑う。何でか兄貴がオレを見て、苦笑した。……何?

「さてと。それじゃ、上がって寛いでいて。別に正座してなくていいからね。お茶を用意してくるよ」

「「有り難うございます」」

 意図せず兄貴とハモって一礼。それを微笑ましそうに優しい笑みを浮かべながら眺めて、遠一さんはきびすを返した。

 兄貴が先に立って、縁側から侵入。……侵入って言い方は可笑しいか。客間なんかな? でっかい四本足のテーブルと、座布団が2枚ずつ置いてある。手前側の上座に兄貴が腰を降ろしたので、その隣に座った。

「……兄貴、オレ、大丈夫かな?」

 沈黙を破って問い掛ける。何つーか黙ってると不安しか募らない。

「何が?」

「いや、話を聞いただけだと、3日持たずに死にそうな気がしたんだけど…」

「大丈夫だよ、月乃ちゃんいるから」

 兄貴がさらりと口にした名前に、思わず顔が引き攣る。アレをもってして大丈夫と断言する意味がわからない、むしろ危険度が果てしなく上がってる筈。

「またそんな顔して…。十郎太って本当、色々と鈍いね」

「…は? って、兄貴。どこをどーやると、そーなるの?」

「自分の胸に手を当てて、よく考えればわかるよ」

 苦笑してそんな事を言うので素直に自分の胸に手を当てて考えてみる。

 ………。

「いや、わかんない」

 呟いたオレに、「はぁ」と兄貴はこれ見よがしな溜め息を吐き出し、

「月乃ちゃんが我儘言ってるの、十郎太にだけだと思うから」

 ぽつり、とそんな有り難くない科白を口にした。

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