8話目
夜の9時頃。
家に帰って来た涼介は30年ぶりに罪悪感を感じていた。
母さんとの約束。破っちまった。
人を殺しても平気。なのに、約束を破った事に対しては罪悪感を覚える時点で俺はマトモじゃないんだろうな……
30年ぶりに感じる罪悪感に対し、涼介が心の中で自嘲すると、母親がリビングの戸を開けて姿を見せて来た。
「おかえり。涼す……」
何時もの様に息子を迎える母親が言葉を留めると共に警戒心を露わにすると、涼介は何かを察したかの如く正直に告げる。
「御免。母さん……俺は約束を守れなかった」
息子が自ら約束を破ってしまった事に母親である彼女は、何と言えば良いのか?解らなかった。
それでも絞り出す様にして言う。
「其処は嘘でも約束を守った。そう言って欲しかったわ」
沈痛な面持ちで言う母親に涼介は申し訳無さそうに言う。
「…………正直に言うべきと思った」
涼介が誠実であろうとするのを目の当たりにすると、母親は意を決した様に言う。
「こんな所で立ち話も何だから、詳しい事は中で話しましょう」
そう言う事になれば、涼介は靴を脱いで上がると、リビングへ赴いた。
それから程なくして母親が今この場に居る自分達の分のコーヒーを淹れれば、涼介は話を切り出す。
「人殺しを正当化するつもりは無い。人殺しは人殺し、してはいけない事なのは理解はしてる。だけど、芦屋サイドとの交渉で俺と綾子が敵ではない事を示す。と、同時に敵対するなら、相応の被害を念頭に入れざる得ない様にさせる為には必要だった」
涼介だけならば、母親と祖父が手を回せば何とかなる。
だが、綾子も。と、なれば相応の手土産が必要であった。
そんな事情を知ると、母親は何とか呑み込んでから問う。
「綾子ちゃんの為でもあるのね?」
「そう言う事にもなる」
肯定する涼介から、もう1つの理由がある事を察したのだろう。
母親は敢えて問うた。
「その相手を殺した理由。他にもあるのね?」
嘘と隠し事は一切許さない。そんな意思を汲む様に涼介は包み隠す事無く、正直に答える事を選んだ。
「詳しい事は俺も知らない。だけど、綾子の言う通りなら、ソイツは都内に封じられてる日本一の怨霊を叩き起こしてシッチャカメッチャカにする事を目的にしていて、その為に生贄を集めていた」
都内に封じられている日本一の怨霊……その言葉を聞いた瞬間。母親の表情が強張ると、涼介は更に続ける。
「で、ソレをしようとした男の胸をあのリボルバーで撃ち、殺した。殺した後、頭を撃ってから首を斬り落とした」
息子から残虐極まりない行いをした事を告げる様に淡々と語られると、母親は親として何と言えば良いのか?益々解らなくなってしまった。
そんな母親に涼介は未だ身に帯びたままのボディバックから1枚の写真を取り出すと、ソレを差し出す様に見せる。
「この赤丸で囲われた男……彼がシッチャカメッチャカにしようとした張本人で、100人以上の人間を生贄として殺害する様に集めた手下達に命じた首謀者でもある。生贄の中には女子供も含まれてたよ」
あの廃墟で見た多数の死体の事も交えた上で語ると、母親は写真に写る彼に対して懐かしさや驚き等が入り混じったとも言える、複雑な感情を浮かべながらポツりと呟いた。
「生きていたのね」
今は生首と化したイケオジ。彼を知るだろう発言を母親はした。
だが、涼介が気にする事は無かった。何なら、興味すら無かった。
「母さんはこの男が何者なのか?知ってる様だけど、俺には関係無い話だよ」
「何で知ってるのか?聞かないのね」
母親から問われると、涼介は淡々と返す。
「言いたくない事を無理に聞く趣味は無いよ」
「そう……」
互いにコレ以上は辞めよう。
そんな空気が流れると、母親は涼介に尋ねる。
「約束を破った件は色々と複雑で思う所があるけど、不問にするとして……涼介。貴方に憑いてる明らかに危険な気配をさせてる悪霊と怨霊は何?」
自分の目に映る息子の背後で黙したまま控える2人の女性の霊の事を母親として問えば、涼介はコレに関しても正直に答えていく。
「2日前に聞かれた時、話したと思うけど異世界に居たって言ったのは覚えてる?」
「えぇ、覚えてるわ。其処で生き延びる為に沢山の酷い事をしてきた事も含めてね」
母親が覚えてる事を確認すると、涼介は核心部分……2人の事を答えた。
「その時に俺に色々と教えてくれた師匠と、俺の相棒だった奴。あ、赤毛の方が師匠でオルガ。バカデカい方が相棒のドゥマ」
涼介の言葉と共に霊体から実体化し、姿を見せた2人は自身の口から紹介していく。
「紹介された通り、私はオルガ……御子息には色々と助けられたわ」
「私はドゥマ。御子息と長い間、活動をさせて貰ってました」
2人が流暢な日本語で自己紹介すると、母親は返礼として自身の自己紹介を済ませながら心の中で独り言ちる様に分析する。
実体化が出来る。霊としては強力な部類と言わざる得ない。
それこそ、昔からよく流行ってた型月のFateにある様なサーヴァントと見ても良い。
いや、ソレ以前にサーヴァントの様な何か超凄い事は出来ないとしても、退魔師とかの術師を含めた大概の人間を容易く縊り殺せるだけの実力と技術を生前から有してる。
そう見るのが妥当ね……
母親が元退魔師として目の前の2人に対して思考を巡らせて分析すると、涼介はソレを察したかの様に告げる。
「何か知らんけど、2人は武器を召喚出来るっぽい」
「武器?」
オウム返しに聞くと、2人は証明する様に見せた。
オルガがアサルトカービンを見せ、ドゥマがポンプアクション式の散弾銃を見せると、母親は呆れてしまう。
「本当にFateのサーヴァントめいてるわね……」
「流石に宝具ブッパみたいな戦術や戦略レベルの兵器みたいな事は出来ないけどね」
呆れる母親に他人事の如く言うと、涼介は思い出した様に尋ねる。
「そう言えば父さんはどうしたっけ?」
思い出した様に姿の無い父親の事を問われると、何を言ってる?そんな面持ちとなるも、母親は涼介が30年ぶりなのを思い出して答える。
「お父さんは海外出張に行ったじゃない。ほら、貴方が異世界へ連れ去られた前の日……」
母親から聞かされると、涼介は少し考える。
それから程なくして、30年ぶりに思い出した。
「そうだ。確か、カナダだっけ?」
「そうよ。確か、首都のオタワだったわね……来週の今頃には帰って来る筈よ」
今この場には居らぬ父親の事を改めて聞いて思い出せれば、涼介はコーヒーを一口啜ってホッと安心した様に一息漏らす。
そんな涼介を他所に母親はキッチンへ赴くと、2つのカップを用意してオルガとドゥマにインスタントながらもコーヒーを淹れて差し出す。
「今頃で悪いけど、どうぞ」
「ありがとう」
「どうも」
2人が湯気の立つカップを受け取り、コーヒーを啜って美味そうに飲む。
そんな息子と悪霊。それに怨霊の3人を他所に母親は涼介の祖父であり、自分の父に対して、どう説明するべきなのか?頭を悩ませるのであった。
涼介が母親と重い話をしてる頃。
帰宅したばかりの塚地は警戒心を露わにベレッタ93Rを手にすると、用心深く警戒しながら廊下を進んでいく。
そうして奥のリビングへ赴くと、其処には独りの中年男が暇そうに煙草を燻らせていた。
眼鏡と髭がトレードマークとも言えるそ顔立ちが綺麗に整ったイケオジな中年男を見ると、塚地は辟易とした様子でベレッタ93Rを下ろす。
塚地が銃口を下ろすと、中年男は口を開いた。
「御老体から言伝を預かってきました」
そうして中年男が来た理由が告げられると、塚地は沈黙を以て続きを促す。
「あの件に適した人材の確保は未だ完了しないのか?御老体は少し焦れています」
御老体。中年男が呼ぶ、その人物が焦れている。
そう告げられると、塚地は答える。
「1人は決まってるんだ。だが、もう1人……宛が出来たんだが、未だ話をしていない。明日の夜まで待ってくれるなら、その件を解決出来る人材の確保は完了する」
ある意味で御老体が満足出来る答えを差し出すと、中年男はニッコリ笑って返す。
「良かった。駄目だった場合、貴方を殺す様に御老体から命じられてたので……」
中年男の顔は笑っていたが、目は明らかに笑ってなかった。
そんな彼に「ハハッ……面白い冗談」そう返した塚地は確認する様に問う。
「御老体のしたい事は何だ」
「さぁ……あの人の考える事は私には解りませんな」
知らない。そう返されると、塚地は「だと思った」そう返すと、中年男は「それでは失礼します」と、言い残してリビングから立ち去り始めた。
独り残された塚地は仕方無い。そう言わんばかりの様子でスマートフォンを手にすると、電話する。
暫くして相手が出ると、塚地は尋ねる。
「俺への借りをチャラにしたくないか?」
そう問われると、涼介は敢えて問い返すのであった。
「法王は森で糞するか?」




