1話目
榊原 涼介は異世界帰還者の高校生である。
しかし、よくある異世界帰還者の様に魔法は一切使えない。勿論、チートも持っていない。
そんな彼が元の世界とも言える日本に帰還してから、何事も無いまま無事に2日が過ぎた頃。
通ってる東京都内の高校の昼休みにクラスメイトの女子に呼び出しを受け、屋上に来ていた。
「芦屋さんだったよな?俺に何か用か?」
デートの誘いではない事は既に察知していた。
寧ろ、そんな上等なモノではない事すらも異世界時代に積み重ね続けて来た経験から察していた。
涼介が然りげ無く腰に手を伸ばしながら問えば、呼び出して来たクラスメイトの女子……芦屋 里奈は何も言わず、長いケースに手を伸ばしていく。
だが、彼女がケースの中に収めた日本刀を掴んで抜刀するよりも早く。涼介の右手に年季の入った短銃身の古めかしいマグナムリボルバーが握られ、銃口が向けられる。
一瞬の内に芦屋 里奈の生命が涼介の人差し指次第で消え失せる状況となれば、涼介は真剣な面持ちと共に悔しさで歯噛みする彼女に要求する。
「武器を捨てろ」
どうやら、芦屋 里奈は理性的な思考が出来る人間だった様だ。
涼介の要求に対し、素直に日本刀の収まるケースをその場に置いてくれた。
そんな彼女に対し、涼介は油断無く銃口を向けたまま問う。
「何で俺を殺そうとするんだ?」
芦屋 里奈は己の生命を握る涼介を睨みながらも直ぐに答えた。
「アンタが榊原 涼介に成り代わった邪悪な悪霊だからよ!!」
その答えは流石に予想していなかったのだろう。
涼介は思わず首を傾げてしまう。
だが、首を傾げながらも、涼介は情報を得る為。更に問うた。
「俺が悪霊ってどう言う事だよ?」
「惚けるな!その禍々しい拳銃とアンタ自身から醸し出される気配は邪悪な気配そのもの!強大な力を持った悪霊や怨霊以外の何者でもないわ!!」
叫ぶ様に答える芦屋 里奈の言葉に涼介は益々首を傾げると、確認の為に尋ねる。
「俺が悪霊と成り代わった。そう感じたのは2日前か?」
「そうよ!」
自分の質問を彼女が肯定すると、涼介は起こしていた撃鉄を戻しながら銃口を下ろし、リボルバーを腰に戻した。
その様子に芦屋 里奈が驚くと、涼介は何と言えば良いのか?迷いながらも「あー……信じられないだろうが」そう前置きした上で告げる。
「2日前に俺はクソみてぇな異世界から戻ったばかりなんだ」
「はぁ?」
自らが告げた事に間抜けな声が返ってくれば、涼介は更に言葉を続けていく。
「2日前にクソみてぇな異世界に飛ばされて、飛ばされた時と同じ時間に戻されたんだ。あー、頼むからお前頭おかしいんじゃないか?って視線を浴びせるのは辞めてくれ。マジで傷付くから……」
彼女から浴びせられる視線に傷付きながらも涼介が正直に答えると、芦屋 里奈は隙を窺うと共に涼介に隙を作らせんと問う。
「ソレが強大な力を持った悪霊か怨霊みたいな気配をさせてるのと、どう関係するのよ!?」
当然とも言える問いが投げられると、涼介はコレもどう答えるべきか?迷いながらも答えた。
「心当たりがある。有るんだが……申し訳ないが、ソレを答える気は無い」
その理由を答えたくない。
そうとも取れる答えが返ってくれば、芦屋 里奈は何も言わずに然りげ無く腰に手を回そうとする。
だが、腰にある匕首を握るよりも早く。再び、一瞬の内に涼介の銃口が向けられてしまう。
「なッ!?」
自分が匕首を握るよりも早く。涼介が何時抜いたのか?解らぬが故の驚きの声が彼女から出れば、涼介は撃鉄を起こしながら告げる。
「よせ。頼むから辞めろ」
芦屋 里奈の生命を握りながらも、涼介は理性的に振る舞う。
だが、涼介は心の中で異世界でのマインドセットとも言える「敵なら殺せ」と、自身の殺意を抑え込むのに必死でもあった。
それ故にポーカーフェイスを保ちながらも懇願する様に告げる。
「頼むから、俺を殺そうとするのを辞めてくれ。俺はこんな所で人殺しなんてしたくない」
理性的に振る舞うと共に生命を握る己に対し、芦屋 里奈が諦めと共に匕首に伸ばした右手を戻すと、涼介は彼女が敵意と殺意を未だに持ち続けてる事を知るが故に銃口を向けたまま更に言葉を続けていく。
「俺は君の敵じゃない。勿論、敵対する予定も無いし、殺す気も無い。頼むから、俺を殺そうと考えるのも辞めてくれないか?」
そんな涼介の理性的な懇願に真剣味を感じると共に嘘が無い事と、自分が殺そうとしたら躊躇いなく己の生命を奪う。その2つを察したのだろう。
芦屋 里奈は真剣な眼差しと共に問うた。
「改めて聞くわ。貴方は榊原 涼介本人なのね?」
「あぁ、正真正銘本人だ」
「なら、その禍々しい気配をさせる銃を持ち歩き続ける理由は?」
涼介が握り締める撃鉄の起きたリボルバーを持ち歩く理由を問われると、涼介は正直に答えた。
「殺したい奴が居る」
「そう言う事なら、私は退魔師として貴方を止める為に邪魔をせざる得ない」
その言葉を聞くと、涼介は実に残念そうな面持ちを浮かべながら引金に掛けた人差し指に力を込め様とする。
今直ぐにでもセミジャケットのソフトポイント仕様な10ミリ口径のマグナム弾が放たれようとした矢先。
後ろから1人の少女の暢気な声が響いた。
「涼介ー!何してんのー!」
その声を聞いた瞬間。
涼介は引金に掛けた人差し指の力を直ぐに解放して引金から指を離すや、銃口を下ろしてリボルバーを身体で隠しながら顔だけ振り向くと、声の主である小柄な少女を見る。
其処に居たのは、幼馴染で幼稚園から高校までずっと一緒。何なら、腐れ縁とも言える直ぐ隣に住む少女……初谷 綾子であった。
そんな彼女を見ると、涼介は少し困った様子で返す。
「ちょっと些細な行き違いで口論になったんだ」
涼介がそう返すと、綾子は首を傾げて共に居た芦屋 里奈に今気付いたと言った様子で尋ねる。
「口論?あ、芦屋さん……私、邪魔だった?」
「いいえ、大丈夫よ。話は済んだから」
芦屋 里奈はそう返すと、足下のケースを取り上げてスタスタと歩き出し始める。
そんな後ろ姿を綾子と共に見送ると、涼介はリボルバーを腰に戻しながら尋ねる。
「何か用か?」
涼介が問うと、先程までの暢気な様子と打って変わって、珍しく怒りの混じった真剣な面持ちで綾子は問うて来た。
「アンタ、学校で人殺しするつもりだったの?」
思わぬ問いが来ると、涼介は嘘は通じない。
そう判断すると、正直に答えると共に尋ねた。
「殺す気は無かった。つうか、全部見てたのか?」
その問いに綾子は肯定で返すと、その理由も答えた。
「えぇ、見てたし、遣り取りも全部聞いた。一昨日から人がガラッと大きく変わったんだから当然でしょ?」
「俺、そんなに変わったか?」
涼介の問いに綾子は当然の如く返す。
「変わったわよ。煙草は吸うわ、禍々しい気配させてるわ、禍々しい銃を持ってるわ……ずっと前からアンタを知ってるんだから嫌でも解るわよ」
腐れ縁の幼馴染として嫌でも変化したのが解る。そう告げる綾子へ涼介は尋ねる。
「なら、俺も聞いて良いか?」
前置きも兼ねて尋ねると、綾子はアッサリと告げた。
「私から人間の気配がしないって言う質問なら、答えは イエスよ。異世界で色々あった関係でね……」
綾子が問うよりも早くに答えれば、涼介は「そうか」この一言だけ漏らし、それ以上の事を聞こうとはしなかった。
そんな涼介に綾子は問う。
「涼介……何があったの?」
その問いに涼介が答える事は無かった。
「全部見て、聞いてたんだろ?なら、それ以上の事を言う気は無い」
そう告げると、涼介は何も無かったかの様に歩き出した。
そんな自分の後を追うように綾子も来ると、涼介は綾子に尋ねる。
「なぁ、お前も異世界って事は塚地もか?」
今この場には居らぬ二人目の腐れ縁とも言える幼馴染の名を涼介が出すと、綾子は認識阻害の魔法を無詠唱で発動させてから半分肯定。半分否定とも言える答えを告げる。
「異世界じゃない。表の世界から見れば、裏の世界も充分に異世界みたいなものだろうけどね……」
綾子から聞かされると、涼介はまたも「そうか」それだけ返してそれ以上の事を聞こうとはしなかった。
そんな涼介に綾子は尋ねる。
「涼介。さっき言ってた殺したい奴……ソレって"混沌"なの?」
その問いが出ると、涼介は綾子の方を向き、肯定とも言える問いを返した。
「居場所知ってるなら是非教えてくれ。今直ぐにリベンジマッチしたいんだ」
理性的に答えてるが、その言葉には殺意と憤怒が大いに含まれていた。
そんな涼介に綾子は正直に答える。
「悪いけど、"混沌"の居場所は知らない。と、言うよりは奴の方から現れない限り、絶対に見付けられないわ」
綾子の言った"混沌"。
この二文字よりは、この呼び名の方が通りが良いだろう……
『這い寄る混沌』
かの高名な邪神……ナイアルラトホテップ。
その存在こそが、涼介が最も殺したい存在であった。
そんな存在の居場所を解らない。と、綾子が正直に答えれば、涼介は実に不愉快極まりない様子で漏らす。
「そりゃ残念だ」
そんな涼介に綾子は呆れながらも心配する様に言う。
「ソレよりも自分の心配しなさいよ……一応、紳士的振る舞って切り抜ける事が出来たとは言え、アンタは退魔師連中から悪霊つうか怨霊みたいな存在として認識されてるから生命狙われるわよ」
綾子が心配した様子で呆れ混じりに言うと、今度は涼介が呆れてしまった。
「何でやねん」
呆れ混じりにボヤく涼介に綾子は真剣な面持ちで告げる。
「先ず、涼介自身が人間じゃない。解析したんだけど、肉体が"混沌"の血肉で創られてる……魂はちゃんと涼介のだし、見た目は人間だけどね」
サラッととんでもない事を言う綾子に涼介が驚く事は無かった。
寧ろ……
「向こうで死んだ筈なのに、こうして生きてる時点でそんな事だろうとは思った。そうなると、芦屋の言う通り、俺が怨霊だか悪霊だかってのは強ち間違いじゃないのは笑えるな」
至極当然と感じていた。
芦屋から悪霊や怨霊と言われた点も含めて……
そんな涼介に綾子は呆れながら尋ねる。
「アンタ、混沌と何があったのよ?」
混沌との間に何があったのか?ソレを問われるが、涼介の答えは沈黙であった。
そうして涼介が黙秘権を行使すると、綾子はソレ以上の事を聞こうとはしないで話題を変えるようにして言う。
「兎に角、当面は警戒した方が良いわよ。アイツ等、しつこいから……」
他人事の如く言う綾子に涼介は尋ねる。
「何とかならん?」
「私に何とかしろって?無理よ……アイツ等、あわよくば私の事も殺したがってるんだから」
綾子が芦屋 里奈と芦屋 里奈が所属する退魔師組織が綾子自身の事も殺したがっている。そう告げれば、涼介はゲンナリとしてしまう。
「此方でも生命狙われるって何だよ……ふざけやがって」
その一言で涼介の異世界での日々が暴力と死に満ち溢れていた事を察すると、綾子は尋ねる。
「ソレで?どうするつもり?」
「どうする?向こうに居た時と一緒だ。皆殺しにしてやる」
皆殺しにしてやる。
普通ならば、ソレを聞いても大概は冗談と思うだろう。
だが、涼介は本気であると共にソレをやって退けるだけの実力もある。
ソレを察すると共に理解するからこそ、綾子は落ち着く様に宥める。
「落ち着いて。皆殺しになんてしたら、即座に逮捕されて人生終わるわよ」
「俺は既に死んでる。心配する人生なんて無い」
自身は、あの時に敗けて死んだ。
それ故に心配する人生なんて無い。と、涼介は本心から言った。
そんな言葉に綾子は不快感を露わにしながら問い返えす。
「私には生きてる様にしか見えないけど?」
「だから、俺に我慢しろ。そう言いたいのか?」
涼介の問いを綾子は塚地の事を答えた様に半分肯定。半分否定と言う形で言う。
「反撃するなとは言ってない。だけど、殺すのは無しにしろって言ってるの……」
綾子から放たれた答えに涼介は意外そうに感じながら言う。
「殺すな。と、言うのは解る。だが、反撃するな……と、言わないのは意外だな」
その言葉に綾子はさも当然の如く返した。
「そりゃそうよ。嘗められッ放し、ヤラれっ放しだと生きてくのがしんどくなるし、ストレス溜まるんだから当たり前じゃない」
アッケラカンに言うと、綾子は更に言葉を続ける。
「でも、殺すのは無しよ。仮にも此処は日本……殺して、死体が出たら警察が嫌でも動き出して更に面倒臭くなるわ」
「なら、死体が出ても俺の仕業ってバレなきゃ良いだけだ」
その言葉に綾子はゲンナリとしながらも、涼介を止める事は無かった。
寧ろ……
「ソレなら、まーくんに一声掛けた方が良いわよ。多分、まーくんも屋上で起きた事を既に知ってるだろうから」
涼介に助言をした。
そんな綾子に涼介は呆れてしまう。
「お前、殺すのは辞めろとか言いながら俺を焚き付けようとしてないか?」
涼介が呆れ混じりの問いをすると、綾子はさも当然の如く宣う。
「そりゃあ、私の事を殺したがってる奴に対して嫌がらせ出来るならしたくなるのが人情ってもんでしょ?」
綾子がサラッと自身の思惑を口にすれば、涼介は平然と返した。
「なら、お前の分も殴ってやるからマーが俺を支援する様に頼んでくれ」
「良いわよ。まー君には幾つか貸しがあるから……」
その言葉と共に教室へ入ると、綾子は涼介を伴って後ろの席で独り静かに紙媒体でラノベを読む恰幅の良いポッチャリとした体型の青年……塚地 将の元へ歩みを進めた。
顔を上げて2人の幼馴染の姿を認めると、塚地は嫌な予感を覚えながらも尋ねる。
「どした?」
その問いに綾子は会話が漏れぬ様に改めて認識阻害の魔法を無詠唱で発動させると、要件を告げた。
「涼介が必要とする物を揃えて欲しいの」
突拍子も無い要件を告げられると、塚地は面倒臭そうにしながらも問う。
「……何が欲しい?」
そう問われると、涼介は要求する。
「奴等に関する事と、奴等が心の底から死んで欲しいって思ってる存在や連中の情報。それから、銃と爆薬」
涼介の要求を聞くと、塚地は首を傾げながら尋ねる。
「後者は解るが、前者は?」
幼馴染が普段見せぬ剣呑な気配と共に問えば、涼介は自身の思惑を答えた。
「連中と本格的に敵対する前に交渉したい。その為に連中が欲しがるモノを手土産を用意したい」
生命を狙われたとは言え、本格的な攻撃が行われた訳では無い。
それ故に涼介は本格的な攻撃が行われる前に交渉に持ち込もうと考え、その為に必要な手土産を確保しようと思っていた。
そんな思惑を知ると、塚地は思案しながら言う。
「直ぐに思い浮かぶのは、ファンタジーやオカルトを犯罪に利用してるサキュバス&ヒットマンの悪党共みたいな連中。コイツ等は海外の組織で、俺も切実に消えて欲しいと願ってる」
その発言をする時の塚地は気の良い青年ではなく、裏の世界に於いて玉座に座る王の如き気品があった。
そんな幼馴染が今まで隠し続けて来た裏の顔の片鱗とも言える一面を目の当たりにすると、涼介は異世界で見慣れた邪悪で暴力的な権力者達を思い出したのだろう。
懐かしさを感じながらも平然と宣う。
「なら、ソイツ等の居場所と人数を教えてくれ。お前と連中に代わって俺が始末してやる」
断固たる意志と共に要求すると、塚地は宥める様に返した。
「せっかちだな。慌てる乞食は貰いが少ないって言うだろ?流石に此処でして良い話じゃないんでな……帰った後、俺ン家に来てくれ。詳しく話してやるから」
「そう言う事ならお前ン家に久し振りに行くわ」
そう言う事になると、涼介と綾子は自分の席に戻って次の授業の支度をするのであった。




