プロローグ 敗北《死》
「そんな状態になっても僕への憎悪と憤怒の籠もった殺意を滾らせ続けるなんて流石だよ。まぁ、僕が君の愛した人を攫って殺させたんだから当然か……」
大きな胸元を開けさせて紫のパンツスーツを纏う黒縁の眼鏡を掛けた若い女は視線の先。無くなった左腕と腹部等からドス黒い血を流し続けて壁に寄り掛かってしゃがみながらも、己へ銃口を向け続ける初老の男に歓喜と共に語り掛ける。
今にも死にそうな初老の男の双眸は彼女の言う通り、未だに憎悪と憤怒の炎を燃やし続けて居た。
そんな彼を真っ赤な瞳で見詰め返しながら彼女は懐から銀色のシガレットホルダーを取り出すと、中から1本のシガリロを取り出して咥え、火を点して燻らせ始めた。
それから彼女は未だに銃口を向けられているにも関わらず、紫煙と共に虫の息でありながら己を未だに睨み続ける彼へ語り掛けていく。
「すぅぅ……ふぅぅ……僕が日本から君をこの世界へ誘って32年。大概の者は1週間と保たずに己の不幸を嘆きながらつまらない死を向かえる。だが、君は魔法もチートも無いにも関わらず、死に満ち溢れる僕の箱庭で戦い続け、今ある手札だけを用いて死を跳ね除け、叩き潰し続けて来た」
其処で言葉を切った彼女はシガリロを燻らせて一息入れると、己を殺さんと未だに銃口を向ける彼へ敬意を込めて提案する。
「すぅぅ……ふぅぅ……ロウ……僕は君の事が好きだ。大好きだと言っても良い。だからこそ提案したい。僕のモノになれ……こんな所で死なせるのは勿体無いし、君を愛している」
彼女の提案にロウと呼ばれた彼は何も言わなかった。
否、言えなかった。と、言うのが正しいだろうか?
彼は糸の切れた操り人形の様に頭と右手に握り締めていた短銃身のマグナムリボルバーを垂らし、動かなくなったのだから。
そんな彼が息を引き取った。
そう思いながら彼女はシガリロを燻らせながら彼に歩み寄っていく。
一歩。また一歩と歩みを進めてピクリとも動かぬ彼の前に立つと、彼女はその場にしゃがんだ。
その瞬間。
彼は勢い良く顔を上げると共に残った力を全て込めて残った右手を素早く持ち上げ、彼女の左側頭部へ握り締めていたマグナムリボルバーの銃口を押し付けると、ただ一言だけ告げる。
「クソ喰らえだ」
拒否とも言える返答と共に引金が引かれれば、耳を劈く銃声と共にマグナム弾が彼女の左側頭部を穿ち、脳味噌が床にブチ撒けられていく。
頭を撃ち抜かれた彼女が自分にもたれ掛かる様に崩れ落ちると、彼は役目を終えたマグナムリボルバーを投げ棄て、残った右腕だけで彼女の骸を退かした。
彼女の骸を退かし終え、一仕事済ませた様にスッキリとした表情を浮かべた彼は右手で纏っている戦闘服のポケットを漁っていく。
目的の物……何時造られたのか?解らぬ煙草の箱は直ぐに見付かった。
しかし、中に煙草は無かった。
残念そうな様子で空の煙草の箱を握り潰して投げ棄てた彼は傍らに転がる紫煙立ち昇らせ続けるシガリロを拾うと、ソレを唇へと近付けて吸い始める。
彼女が吸っていたシガリロを燻らせながら別のポケットを漁る彼は別のポケットからアドレナリン入りの鎮痛剤を出すと、ソレを打った
程なくして全身を襲い続ける激痛から解放されると、紫煙と共に満足げに呟く。
「すぅぅ……ふぅぅ……やっぱ、勝った時に吸う煙草は美味いもんだな」
シガリロを美味そうに燻らせる彼は満足していた。
己が数分もしない内に死ぬ事も承知の上で。
「俺がこのクソみてぇな異世界に飛ばされてから32年か……」
そうボヤいた彼はこの世界で生きた32年を振り返っていく。
生きる為に殺した。
沢山殺した。
数えるのもバカらしいくらいに殺し続けた。
人だろうが、バケモノだろうが、関係無く。敵を殺し続けた。
中には俺に生き方と戦い方を教えてくれた師匠であり、初恋の人も居た。
長年の相棒も居た。
だが、俺が殺した。
頭をブチ抜いてやったばかりの彼女からロウと呼ばれた彼の32年の異世界生活は暴力と死に満ち溢れていた。
彼女が自身の箱庭と呼んだ地球とは異なる世界は一言で言うならば、ポストアポカリプス……即ち、文明が滅びた終末後の世界であった。
法も秩序も無い。
あるのは力こそが全てにして、生者のみが勝者にして正義と言う無法世界。
16の高校生であったロウと呼ばれた彼はそんな地獄へ飛ばされ、其処で必死に足掻き続ける羽目になり、今……死を迎えようとしていた。
己が死するのをシガリロを燻らせながら待っていると、脳味噌をブチ撒けて死んだ筈の彼女が動き出し始めた。
彼女は何事も無かったかの様に頭を再生させながら立ち上がると、シガリロを燻らせるロウの前に再び立ち、再生させたばかりの頭を見せつけながら残念そうな様子で問い掛ける。
「何で驚かないのさ?殺した筈の女が目の前で蘇ったんだよ?少しは驚いて欲しいんだけど?」
心の底から残念そうに語る彼女の言う通り、ロウは驚いていなかった。
寧ろ、やっぱり……そう言わんばかりの表情でシガリロを燻らせると、フラフラと蹌踉めきながらも立ち上がった。
シガリロを燻らせるロウは不適な笑みを浮かべると同時。咥えていたシガリロをペッと吐き捨てるや、腰に差していた相棒にして愛する妻の形見である大振りのマチェテを右手だけで抜き、切っ先を彼女へ向ける様にして構え始めた。
鎮痛剤とアドレナリンのカクテルが未だ効果があり、心臓が動いてくれてる内に決着を着ける為に。
そんなロウに彼女は満面の笑みを浮かべた瞬間。ロウは薬で無理矢理絞り出した力を出し尽くして彼女へと突っ込み、愛する女性の形見であるマチェテを彼女の胸へと突き立てた。
胸。否、心臓にマチェテを突き立てられた彼女は笑みを浮かべたまま口を開いた。
「君の強い愛が籠もった良い一撃だ。愛する彼女の形見だと言うのがまた良い味をしてる」
心臓に刃を突き立てられたと言うのに彼女は満面の笑みを浮かべ、とても嬉しそうであった。
そんな笑顔を浮かべる彼女に対し、ロウは不適な笑みで返す。
だが、程なくしてその場に崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。言わずもがな、失血死によるものであった。
動かなくなったロウの骸に向け、心臓にマチェテを突き立てられたままの彼女は問い掛ける。
「ロウ。君は何故、負けたと言うのに笑ったんだい?僕という怨敵を殺せな……」
最後の言葉を言おうとした矢先。
膨大な熱を帯びた強烈な衝撃波とも言える強大な爆風が今居る部屋ごと彼女を呑み込み、蒸発させると共に消し飛ばした。
ソレは今居る宇宙エレベーターのフロアにロウが、彼女を道連れにしてやる為に仕掛けた核爆弾によるものであった。




