モンクの黄昏時、深井と合間見えん かぶきものにそうろえ 時空警察編
極悪僧侶とよばれる童心とよばれる僧侶の兵士がいた。
宗教を悪用し金を稼いでは拳法を学び、108の武術を学んだところで本願寺から破門された。
童心は純粋で武道の極みをめざすためなら手段を厭わなかった。
日々砂鉄と砂の混じった物体がはいった壺をついて鋼のシュトウをてにいれていた。
そんなある日、堺の遊女に恋慕をいだきみつぎはじめたのだ。
それは心の拠り所としていた寺を破門され、傷ついた手が感染症で腐敗しはじめていて、酒に溺れのんだくれていたのだ。
よわい40をすぎるころ脂ののりきった童心は深井と出会う。
『ふぇーさけはのんでものまれるなぁーふぅぇー!』
『あっついかでーおかみー!』
そういったそばから泥酔しているにもかかわらず、酒をのみ続ける。
『そこの御仁、もうひかえられよ、肝が限界を迎えしにそうろえ』
深井がそういうと童心は怒った。
『なんでぇっー!!ちきしょうめぇ!!!おっぱいぷるんぷるんときたぁ遊女であそぶたぁぜにがねえ!!おいてめえ!!金をよこせっ!』
無反応の深井に、ない髪の毛をかきむしるように逆上すると、童心はなきながらいった。
『あのおんなぁ、おれだけだっていったのにいいふらしやがってよぉ!!あそびたってんだ!きゃくしょうばいだってよー!!』
色恋営業を本気にしてしまったのだ。女と円のない生活をしていたのでこじらせてしまっている。
『そんなぁときによぉ、てがいてぇんだぁ!ちきしょーっ!』
『これをのまれよ』
ことっとお猪口にポーションをそそぐ。
『のまねえとやってらんねえよなぁ!!』
『かっー!!ぬるい!!なんじゃこれは!』
『とある術を施した酒だ』
みるみるうちに治癒していく手のけがが綺麗に、正常に戻っていったのと同時に酒の毒は緩和していき素面に戻った。
『はっ!手がいたまぬ!どうしたっていうんだ!?』
『真面目にいきられよ。おかみ!おあいそ!』
立ち去ろうとしたその時、童心は涙を流しながらいった。
『またれよ!』
涙をぬぐう。
『ちきしょうめぇ!旦那、粋すぎじゃろが
い!なんぞ恩返しをさせてくだあせえ!』
外ではつむじかぜがふいていた。
ふきすさぶ風のなかふたりはそとにでてならんだ。
夜明けの空をゆびさして深井はいった。
『手のひらと拳と体格をみるにモンクであろう。わが織田軍に寄与されよ』
『織田のかたでしたか!この恩、しぬまでにかえせるかどうか!有り難く!』
こうして織田軍に徒手空拳の猛者が加わり武が熟達していった。
衣衆もおおいによろこび、織田軍のおおきな岐路となった。
前田利益というかぶきものがいた。
前田慶次として流布している彼の人物像はおおくのひとがしる任侠のかぶきもの。
信長のもとにその漢はいた。
童心の悪友として一緒におんなあそびをしていた前田慶次、利益は童心のよびかけにおうじて深井とあっていた。
『この御仁がおれをなおしてくれた恩人よ!』
『ありがてぇ!おれの友をよくぞよみがえらせてくれた!天晴れよ!この利益、誰につかえるものかとかんがえていたが、あんたらに力ぞえしたくもうしたてまつりそうろう!』
『なんのなんの、あの天下のかぶきものにあえてうれしいぜ!』
『ほう!俺の名はそんなにとどろいておるのか!ゆかいじゃのぅ!なんぞ!ひとはだぬぎもうすぞ!』
文字通り着物をはだけるとがっしりとてを組み、その組み合う瞬間はとてつもない空気の振動をうんだ。
『おぉう!かぶくぜ!あんたのもとで武勇伝をつくりてぇ』
『たのんだぞ!』
華やかな衣装に身を包んだ武人、利益は信長のおきにいりだった。世間をきにせず侠気だけで世の中に名を馳せるその勇姿に惚れ込んだのだ。
ひとはみな熱きものに惹かれるのだ。
その求心力はすさまじく、利益は傾奇者として織田軍のなかでめきめきと頭角を現していった。
童心と利益は双竜と畏怖され威風を天下に轟かせることになる。
黒衣の双竜、織田の三狼としょうされる影法師とウツロと深井。
舞台は雑賀攻めにいたる。
元亀元年(1570年)に始まった石山合戦は本願寺優勢のうちに進み、織田信長は石山本願寺を攻めあぐねていた。信長は戦局を打開すべく、本願寺の主力となっていた雑賀衆の本拠である紀伊雑賀(現和歌山市を中心とする紀ノ川河口域)に狙いをつける。兵員・物資の補給拠点である雑賀を攻略すれば、大坂の本願寺勢の根を枯らすことができると考えたのである。
天正4年(1576年)5月頃から織田方の切り崩し工作が始まり、翌5年(1577年)2月までに雑賀五組のうち社家郷(宮郷)・中郷・南郷のいわゆる雑賀三組を寝返らせることに成功する。元々雑賀荘には浄土宗西山派の本山である総持寺があり、雑賀衆の中には真宗門徒もいれば、それ以外の宗派を信じる非門徒も多くいた。石山戦争の過程で雑賀衆の中でも本願寺を支援したい真宗門徒と信長に対して反感を持つ一部の非門徒が連携して一向一揆を編成していくのに対し、この動きに反発する非門徒もおり、彼らは雑賀三組を中心に信長と協力して反一向一揆の動きを強めていったとみられる。




