4.嚇虎の踏みこみ、放たれる、ミカズキの一擲
岩の体を持つ魔獣と、数人の武装した集団が睨み合う、開けた場を見つけたマルマは、それからすぐに森の切れ目に差し掛かる。そして開けた場の直前の、木の根に、片方の、樹皮でできた靴底をかける。
この時のマルマの懐中は、久しぶりに人間に接触できることの興奮と、しかし同時に、よりによって、コイツが、相手か、という興奮に冷や水をかける、ゲンナリとした感情が湧き、ないまぜとなった複雑な心情を有していた。
複雑な心境を、しかし顔に出すことなく、マルマは、森を抜けるために、木の根を踏みしめた、その片方の、豪脚を、軋ませ、力む。
細やかだが、獰猛さを持って発達した筋肉が、縛り込むかのように重なり、しかし押さえ込めなかった嚇が漏れ出したかのような、肥大化をした筋肉の、その彫り込みが、喰いこむ爪牙のごとく、深まっていく。そして次の瞬間、木の根を潰しかねない脚力で、いっきに森を抜ける。
その豪脚が成した、嚇虎のごとき様相を呈する、踏みよ込みにて、開けた場に躍り出た、マルマは、森とは違う種類の、不安定さを持つ足場でも、臆することなく、力を籠め、踏みしめる。そして、しっかりと足を上げ、かつ大股を開くような走法にて、駆けていく。マルマは、体を浮かせる反動が、あえて大きくなるような、力の入った弾みのある動きで、地面を、しっかり踏みながら、走る。
その走法にて、不安定な足場でも、マルマは、臆することなく、大胆に、走速をドンドン上げていく。
森とは別の、不安定な地形での、マルマの、この走法は、反動による体のダメージをもろに受け、かつ転倒時の怪我も大きくなるデメリットがある。しかし不安定な、凹凸の激しい地面での、この走法は、転倒の可能性を下げ、かつ高速移動を可能とするという、そのデメリットに比べ、有り余るメリットを持つ。
この走法の優れた点として、まず目的地到達までの、不安定な地面との、靴底の接地時間を、最小限にできるのが大きい。大股を開き走る、その脚の使い方は、歩幅を広くすることで、目的地到達までの、靴底の接地回数を少なくできる。これに加え、弾むような地面の踏み方は、一歩いっぽの、不安定な足場との、靴底の接地時間も短くできる。これらのことが、この走法の、不安定な足場での、目的地到達までの、靴底の接地時間を、最小限とする要因だ。同時に、しっかりと脚を上げているため、障害物に躓くリスクもない。
更に、力を入れ、かつ、しっかりと靴底を地面につけるのも、不安定な足場を進む上での、転倒リスクを下げる、肝の一つである。例えば、多くの瓦礫が転がり、かつ凹凸の激しい足場を進むとする。その時、地面の踏みが甘い場合、小さい瓦礫を踏んだ際、とっさにバランスを保つのが難しくなり、転倒リスクを上げる。踏める面と、踏む面が小さくなれば、バランスを崩すのは、言うまでもない。しかし移動の際、しっかりと靴底を地面につけているならば、たとえ小さい瓦礫を踏んだとしても、転倒する前に、踏みしめた圧力で、弾くのが可能である。また、もし予想外に大きい瓦礫を踏んだとしても、しっかりと靴底を地面につけるよう動くなら、多少、体幹があれば、その瓦礫の上でバランスを保てる。そして、そもそも靴底の接地時間が短いため、瓦礫や凹みに躓いたとしても、転倒する前に、また一歩、踏み出すことができる。
やがてマルマは、岩の体を持った魔獣と、それを攻めあぐねている集団の、近くまで来る。そして魔獣から、少し離れている男性と女性の後ろまで来る。そしてマルマは、走って来た勢い、そのままに、しかし、その勢いに比べ、驚くほど軽い力で、女性の方の肩を掴み、押し退け、短く「どいて」と告げ、二人の間を駆けていく。
そんなマルマに、女性は、押された流れのまま、揺れるように後退り、「えっ」と驚く。
いきなり出てきたマルマに、女性の隣の男性と、魔獣を囲む、残りの四人も、最低限の横目で見る。
背負われたリンは、マルマが二人の間を通りすぎると、すぐさま、その背を飛び降りる。
「む、虫の獣人とっ、だ、誰だっ!?」
六人の中の、平均的な身長だが、ガタイの良い男が、声を上げる。
岩の体を持った魔獣の前まで、躍り出たマルマは、走って来た勢いのまま、前項姿勢になり、一歩、力強く踏みこみ、その手に持った棒を振りかぶる。そして踏みこんだ足の方の靴底で、地面を、削るように踏みしめると、すぐさま身を引く。そして身を引いた時の、重心移動で、棒による、横薙ぎのフルスイングを、魔獣の岩の体に、叩きつける。
魔獣を構成する岩は、マルマの横薙ぎが触れた瞬間、あたかも砂の塊を崩すかのように、粉と化す。
アーツ――〈腐月一片〉。
この世界の人類が、環境や鍛錬により修得可能な、技術や肉体能力の、延長上の超常能力であるアーツの、その一つ〈腐月一片〉は、触れた、すべてを脆くする。
すべてを腐らせる、月蝕の一撃〈腐月一片〉。それはマルマが、幾度も、棒による、殴打し続けたことで、修得に至る。例えば魔獣に、例えば邪魔な樹木や岩石に、その排除のために、幾日も、殴打し続けてきた。マルマの放つ、その殴打は、やがて物質の、脆い箇所を的確に打ち据え、かつその個所から、損傷を効率的に広げる技術を、修めるに至る。最終的にマルマは、より効率的な、破壊の極意を、次第に理解していく。
その破壊への閃きは、やがて〈腐月一片〉という触れた箇所を、無理やり脆弱にする術へと昇華するのだった。
〈腐月一片〉による横薙ぎは、岩を、たやすく砕き、すぐさま、その下の、艶やかな光沢のあるピンク色の皮膚にまで達す。次の瞬間には、マルマが走って来た時の勢いと、その異常な膂力が合わさった一撃にて、魔獣の、その長大な体は、角度の鋭い、くの字に折れる。すると、その岩でできた大口をかっぴらき、その長大な体を振り乱しながら、地面に倒れていく。
魔獣が完全に倒れる過程で、その頭が、マルマに向かって降ってくる。その力なく開いた、魔獣の、岩でできた口の奥からは、粘膜の光沢が覗き、歯のように鋭く尖った岩が並ぶ。しかし普通の生き物なら持つはずの、舌がなかった。
そんな魔獣を、マルマはしかめっ面を作り、睨むと、一歩下がることで、落ちて来る魔獣の頭を避ける。
魔獣の頭が、かなりの勢いで地面に叩きつけられ、砂煙が吹き上がる。魔獣の姿を隠す。
やがて、次第に砂煙が晴れ始める。
砂煙が薄くなり、薄っすらと露わになる、足元に倒れた魔獣の輪郭を、マルマは、いまだに、しかめた顔で見下ろす。
ちなみに腐月一片の漢字での表記としては、ふげついっぺん、となります。




