「K組と上澤」
廊下を歩いていると夏休み明けに受けた模試の結果が張り出されているのに気づいた。名前が載るのは上位50名。そこに自分の名前はないが、順位の変動を見ていると退屈しないし、ぼーっと眺めるのが好きだった。それに一応自分もその中の1人だと考えると、やってやろうかと些細なやる気も起きる。
「もう張り出されてんだ」
模試の結果を見ていると、トイレから出てきた太一に絡まれた。
島田太一。D組の男子で1年の時に同じクラスで今でもよく連んでいる。
「どうせK組ばっかだろ?」
K組。アゲ高の特進クラスの事で頭がいい奴が揃っている。このK組だけはクラス替えがなくて、1年の時からずっと同じメンツで3年を過ごす。
「やっぱ1番は冨田か。さすがだね」
K組の冨田涼順。アゲ高で1番頭がいい奴だ。
「んでまだ2番が上澤ね。この2人は変わんないよな」
上澤ひら静。K組の女子でアゲ高のナンバー2。女子で1番頭のいい子。
名前の横にはクラスが書かれていて『特進』と書かれた者がズラリと並ぶ中、1人だけ『B組』と書かれた生徒がいる。
「結城ぐらいだよな。K組に割り込んでトップに入ってくるのって」
「だな」
「なんで結城ってK組入らなかったんだろ」
「さあ。勉強すんのが嫌なんじゃね?」
「それで3位ってさ、俺ら立場ねーじゃん」
太一との会話は何の意味もなくて、人の成績見ながらあーだこーだ言う程無駄な事はない。けどなぜか退屈しなかった。
「あれ?ちょっと待って。この和泉って奴誰だっけ?E組で8位ってなってるけど」
「知らねー。聞いた事ない」
ほぼK組で締められた中に『和泉晃征』という名前があった。
「あーもしかしてあれかも。転校してきた奴」
「そういや居たなそんな奴。見た事ないけど」
「ふーん。頭いいんだ転校生」
「でもこれだけK組で並べられるとちょっとヘコむよな。お前らとは格が違うって見せつけられてるみたいじゃん?この張り出しもさ、K組と分けりゃいいのにな」
「そういう訳にもいかねえじゃん?同じ学年なんだしさ」
「けどほとんど関わりねーじゃん。K組だけ教室離れてるし」
『K組』とはアゲ高の特別進学クラス(特進)の事を指す。K組は生徒たちが勝手にそう呼んでるだけの通称で、他の一般クラスがアルファベットなのに特進だけそうじゃないのは変な気持ち悪さがあった。
アゲ高では一般クラスはAからGまでの7クラスあって、特進クラスに当てはまるのは『H』の筈だが、割り当てられたのは『K』だった。理由は単純で特進クラスの担任のイニシャルが『K』だから。特進クラスだけは学年が上がってもクラスは変わらないので、担任もずっと同じ。K先生のクラスだからK組。実に単純。特進クラスについては各年代で呼び方が違うらしく、二年の特進はβ(ベータ)と呼ばれているようだった。
「K組に知ってる奴いる?」
「いない」
「冨田は名前だけは知ってるけど絡んだ事ないもんな」
冨田と上澤は一方的に知っているだけで、その他は名前だけで完全な空気だ。その名前もK組という肩書きがなければ成立しない。
「上澤ってミスコン出んのかな?」
「上位には入ってくるかもな。K組の中じゃまともだし、クラスの中だとアイドルだろ?」
「ありえるよな」
「票は集まるかもな。K組男子多いし」
K組は男子の数が多く女子は5、6人しかいない。そんなK組で唯一、華となる存在。それが上澤ひら静。顔を見た回数より名前を見た回数の方がはるかに多い。
「K組の子で上澤以外にわかる子いる?」
「わかんない。顔見てもわかんない。外ですれ違っても素通りすると思う」
「そうだよな。向こうも同じだと思うけど」
「同級生って言ってもそんなもんか」
同じ学校でも知ってる奴と知らない奴がいる。知らない奴に知られていたり、知ってる奴に知られてなかったり。だからどうという事もないが、張り出された名前のほとんどは知らない奴の方が多い。そこに名前のない奴の事ばかり知っている。逆にK組の奴らは張り出された名前の奴の事しか知らないだろう。
「あ、けど待って。知ってる奴いたわ。五十嵐」
「トオル?そういや居たな」
「話した事あるの五十嵐ぐらいだな」
五十嵐 透。仲が良い訳じゃないがK組で唯一話した事のある男子。多分、俺らと一番近い感じがするからだろう。太一が表を見て、五十嵐の名前を探し始めた。
「ないわ。アイツ50位以内に入ってない」
「スランプ?」
「さあ?五十嵐って頭良さそうな感じしないし」
「俺らの学年って何人いるんだっけ?」
「300ちょい」
「ふーん。そんなもんか」
やはり俺には関係ない事のようだ。その内チャイムが鳴って、太一と別れてそれぞれのクラスに戻った。




