「学祭の準備」
結城は兼部という形で書道部と美術部に所属していた。
結城が字を書くのが得意な事は1年の時から知ってたし、集会で表彰されているのを見た事がある。確か結城のお祖父ちゃんが有名な書道の先生だとかなんとか。そんな結城は書道だけでなく、絵も描けるという文化系最強女子だった。これで吹奏楽でもやっていれば完璧だったかもしれない。
結城は学校でイベント事がある時、よくポスターやパネル作りに駆り出されていた。結城の能力は勿論として、それ以外にも理由があって、結城に頼むと参加者が増えるという利点があって作業が早く進むのだ。なので勿論、今年の学祭でも結城は駆り出される事になった。
結城が任されたのは校門に掲げる題字と、それぞれの応援席に設置されるパネルの作成。題字作成は、ほぼ結城だけで済む。ただ字が上手いだけじゃなく結城が書く字には躍動感があって、その小柄な体から生み出されたとは思えない力強さと迫力があった。そんな結城が書いた文字を見て、結城という女の子を想像するのはまず無理だろう。それぐらいのギャップ。だから題字に関しては結城1人居れば完了する。なので、今日俺たちが駆り出された理由は応援席に設置するパネル作成の為だった。これにはある程度人数が必要という事で、同じクラスの男子が駆り出されという訳だ。
駆り出されたとはいえ、やる気がない訳じゃない。高校最後でもあるし、何だかんだ言いながらもやる気はあった。男子が参加した時にはもうデザインも決まっていて小さな紙にはスケッチがされていた。黄色をテーマにしたデザインでモチーフになっていたのは虎。それを描いたのは結城で、これまた迫力ある猛虎が描かれていた。パネルへの下書きはスケッチを見ながら結城が描いていって、下書きが済んだところでようやく出番となる。指示を受けながら色付けしていくのが役割で、繊細なところは女子がやって、背景とか多少大雑把でもいいところを男子が担当した。とは言いつつ、女子からの要求はハードルが高く、ムラにならないよう丁寧にやる事を強いられた。
女子は自ら進んで来ているが男子はジャンケンによって選抜された寄せ集めに過ぎず、俺も含めて絵心がある奴は1人もいない。女子に小言を言われながらも文句は言わず作業を進めた。中には口うるさい奴もいたが、それでもみんなでやる作業は和気藹々として楽しかった。ちょっとでも気になる事があれば結城を呼んで手本を見せてもらった。結城は総監督という立場でもあるので、自然とそういう役割を担ったのだ。
パネル作成も佳境を迎えると、あちこちで結城待ちが出来た。
「結城、ココってこういう事でいいの?」
「うん。今見に行くね」
「あ、結城ぃ。コレどうかなー」
「こっちも見てくれるー?」
「はーい。ちょっと待ってね」
そんなような感じで作業が止まる事も少なくなかった。そして中々進まない作業に苛立つ気配も漂い始めた。俺も言われた通りやってるつもりが、塗ってる内にムラが出来てしまって、その度に結城に尋ねた。
「そうだね。ココはもうっちょっとこうした方がいいかも」
「うん。凄く良くなってる」
いつでも結城は丁寧に教えてくれて、俺も教わった事を一生懸命やろうと頑張ったつもり。それは他の男子も同じだ。だが何故か、この純粋真っ直ぐ一生懸命男子が女子にとってはイラつくようで。
「じゃあ男子はもういいよ。後はウチらだけでやるからさ」
この言い方には頭に来た。一生懸命やってる時に限って水を差してくる。
「お前さ、そういう言い方すんなよ」
空気が変わった瞬間に女子も気づいた筈だ。
「俺らもちゃんとやろうと思ってやってんだからさ。誰も適当にやろうなんて思ってねーよ」
作業が遅れてる事はわかってる。けど今のペースだって学祭には間に合う筈だ。ここまで来て男子を排除?俺らが下手だから?そもそもこういうのって上手く書く必要あるのか?上手い下手関係なくみんなでやるから意味があるんじゃないの?コンテストにでも出すつもりかよ。
今まで何か小言を言われても文句は言って来なかったが、さすがに黙ってられなかった。
そこにいた奴全員に聞こえたと思う。もちろん結城にも。これでもかなり我慢した方だ。本当なら持ってた筆でも投げつけてやろうと思ったぐらいだ。言った奴もどのくらいの温度で言ったかはわからないが、頭に来た俺は、その口調に怒気を隠せなかった。
「そうだよね。みんな一生懸命やってくれてるし。みんなでやって完成させよ」
すかさずフォローを入れたのは結城だった。けど、空気は変わらず重いまま。結城がメインの作業で、こんな空気にするつもりはなかった。結城は周りを気遣いながら真面目に一生懸命やっている。舐めた口を聞く奴が悪い。俺はそのまま何も言わず作業に戻った。塗ってる途中でまたムラが出来てしまい、結城を呼ぼうと思ったが、呼ばずにそのまま作業を続けた。
その日の作業はいつもより早く切り上げた。俺は結城に声をかけた。
「悪い。空気悪くした」
筆の先についた絵の具を丁寧に洗いながら、結城は笑いかけてくれた。
「ううん。大丈夫。亮平くん達が一生懸命やって来れてるのわかってたし。私もあの言い方はちょっとヒドイなって思ったから」
「そっか」
「うん。ルイちゃんも悪気はなかったと思うんだ。時間もなくなってきて焦るのもわかるし。けどああいう言い方されると誰だって頭に来るよ」
「俺もさ、結城の絵見てすげえ格好いいなと思ったからさ。ちゃんとやりたいなって思ったんだ」
「うん。ありがとう」
「後さ、また塗ってる時にムラが出来ちゃってさ。本当はその時聞けばよかったんだけど。後からでも直せんのかな?」
「うん。大丈夫だよ」
結城の笑顔に救われた。
筆を洗い終わった結城が言った。
「大丈夫。明日にはみんな、ぷわーっと明るくなってるから」
何となく結城が何と言うかは想像出来ていて、まず結城は俺を責めない。それがわかってたから聞いた。気まずそうにしてる俺を見て、結城はいつもの結城で励ましてくれた。
俺が流しから離れると、すぐに結城の周りに女子が集まってきた。内容はわからないが、どうせ俺の事を言ってるんだろう。けど結城の事だ。どっちの気も悪くさせないよう、うまくフォローしてると思う。
教室を出る頃には、もうさっきまでの重たい空気はなくなっていた。さすがだなと思う。周りの子たちと結城が楽しそうに話してる。後ろからだと結城の横顔だけが見えて、横顔だけを見るととても幼く見える。けどこの中で誰よりも大人だ。これが結城にとっての日常だった。
次の日、結城に塗り方を教わってやってみた。ムラは綺麗になくなった。




