表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武一、ミスコンを企画する。  作者: よしの
アゲ高学園祭「夜祭」
72/83

「K組 甲田隆史」



 【亮平、チュージ、太一】



「何で義務教育って言われてるか知ってるか?」


 話の出だしはそんな感じだったと思う。

 甲田を取り囲むようにして座っている生徒達に向かって、甲田はゆっくりと話し始めた。



「社会で生きてくための基本的な教育は中学で終える。そこまでやれば社会に出て生きていけるって事で国が定めたのが義務教育だ。それなのになんで高校や大学に行くかって言うと、いや自分はまだまだ社会に出るには未熟です。もっと学ばなければならない事がいっぱいありますからって、お前らは高校に来た訳だ。なかなか謙虚というか控えめというか。で、実際中学を出て、これから堂々と社会人として生きて行けますって言える奴が居ないのが現実だ。けど本来はそういう事な訳だ。みんな行ってるからって行くとこじゃないんだよ本当は。中学卒業する時点で自分を見極めて、自分はまだ社会に出るには足りてない、未熟だって認識してから来る所なんだ」



 甲田は俺達3年の中では一番知られている教師だと思う。


 人気があるのとは少し違うが、一番信頼されているのは確かだ。特別良い事を言うとか話が面白いとか見た目が格好良いとかはなく、どこにでもいる50近いオジサンだ。けど甲田は他の教師とは違う。廊下ですれ違えば気軽に声を掛けてくる。気が乗らない時は雑に返す事も多いが、それでも懲りずに声をかけてくる。誰も見てないだろって所を見てたりする。それに時たまドキっとする。それを特定の誰かだけじゃなく、どの生徒にもやっているのが甲田という教師だった。


 甲田を信頼してる生徒は多い。恩師とまでは言えないがそう思ってる奴は多いと思う。甲田が話をすれば自然と周りを囲むのがその証拠だ。そういう俺も、卒業すると学校に来る機会なんてほとんどないだろうけど、もし学校を訪れたとして、最初に探す教師は甲田だと思う。



「今ここに冨田いないよな。よし、みんな知ってるだろ冨田? 学年トップの冨田君」


「うん」


「冨田は何であんなに勉強出来るんだろうって思ってる奴もいるんだろうけど、何も冨田に特別な才能がある訳じゃなくて、特別IQが高いとか勉強が好きな訳でもない。じゃあ何で冨田がいつもトップの成績なのかって言うと、冨田は勉強する事の意味をちゃんと知ってるからなんだ」


「何となくわかる気がする」


「冨田とお前らに凄い差がある訳じゃない。あったとして些細なもんだ。けど、冨田はお前らよりいい大学に入るだろう。優秀な人材にも会うだろう。些細な差がそういうトコに出るんだ。だからスポーツ選手とかも一緒だな。些細の積み重ねがいつの間にか大きくなって、何億も稼ぐようになる」


「冨田が知ってる勉強する事の意味って何なの?」


「それを冨田に聞けばいいんだよ。何でそんなに頭いいの? 何でそんなの勉強してんの?って。必ず冨田なりの答えを持ってるから。それを聞いて愕然とするかもしれないし、そんなもんかと思うかもしれない。それだったら自分にも出来そうとか」


「何も冨田がスーパーマンな訳じゃない。お前らにわかりやすく説明するために名前を出しただけであって。お前らなんて可能性でしかない」


「全員に共通してるのは10年経ってもお前らは若いって事だ。30超えてからはそうも行かなくなる事もある。それまでに自分の芯をしっかり作るんだ」


「先生、今日話した事どっかに書いといてよ。忘れそうになったらそれ見て思い出すからさ」


「バカ。ちゃんと胸に刻んどけ。て言っても人生とか生き方について真剣に考える事なんてもっと先だろうから。その時になってからで考えるんじゃなくて予習ぐらいはちゃんとしとけって事だ。そう考えると授業も人生も大して変わらないだろう」


「何かさ先生ちょっとズルくない? 遠回しにもっと勉強しろって言ってるだけだよね?」


「ハハハそうだな。それは間違ってない」


「日本っていう国に生まれた時点でお前らは自分でも知らない内にスタート地点に立たされてる訳だ。で、勝手に横一列に並ばされてヨーイドンをされてる訳だ。日本っていう国は恵まれてるから走る場所が整備されてるんだな。綺麗な競技場みたいな。で、競技場を何周かした後で外に出る訳だ。そこには整備された道もあるし、石ころだらけの砂利道もある。整備された道は走りやすいけど走る奴は大勢いる。砂利道は人は少ないけど走りづらい。どこを走るかはお前ら次第だ。今のお前らは競技場の中を走ってる段階な訳だ。道は整備されてて走りやすいし、綺麗なトイレがあって、汗をかいたらシャワーもあるし、ケガしたら救護室だってある。至れり尽くせりの環境があって、つまり守られているって事だ。そんな環境の中で、言われた通りに走ってる奴もいれば訳もわからず見当違いなとこ走ったり、立ち止まってる奴もいる。そこで差が生まれる」


「本当は、ある程度の年齢になった時点でみんな集めて教えてやればいいんだよ。社会の仕組みをな。それが今でも出来てない。情報は隔離されてて、教育の格差が生まれてる。それはつまりどういう事かっていうと、社会が格差を容認してるって事だ。資本主義の仕組みはそういう事だ。雇用者と労働者がいて始めて成り立つ。そういう仕組みで出来ている。一人一人の個性をとか言ってるけど、あんなの戯言でしかない。今の社会の仕組みは、多くの平凡を作る事。出来る奴は一部でいい。その方が都合がいいんだ」


「じゃあさ、俺らが生きてる意味って何なの? ただ使われるだけって事?」

「何か残酷じゃない?」


「普通に生きてりゃ気づかない事だな。それなりに楽しいし。それはそれでいいと思う。ただそういう事を知ってるか知ってないかでは、違いが出るって事だ」


「そんな教師の仕事は多くの平凡を作る事。特別な才能を発見する為でも育てる為でもない。そういう事が出来る人間は他にいる」


「何か気分落ちるんだけど」」

「リアル過ぎて引く」

「先生はそれでいいの?」


「葛藤したさ。さんざん悩んださ。それが今でも続いてる。若い時程じゃないけどな」


「遠足に例えるとわかりやすい。小学校の時とかよく遠足とか行ってたろ。教育の根幹はほとんどそれと同じだな」


「目的地決めてみんなで一緒に歩いて。道路にはみ出してる子がいたら注意するし、おしゃべりばっかして遅れてる子がいたら遅れてるぞって促すし。道草なんてもってのほか。歩いてるのは学校のグラウンドじゃないからな。道が舗装されていて車が走ってるとこを通る訳だから、そこは社会って事だ。誰も何も守ってくれない。だから大人がその歩き方を教える。道路に飛び出すな。信号守れ。全部ルールだから。そこからはみ出したら大怪我するってわかってるから。それだけ聞くと自由なんてないように思えるからもしれないけどそうじゃない。お前たちは言わないとバカみたいに歩き続けるか、立ち止まってそのまま動かない。目的地の行き方さえわからない。だから大人が見て顔色悪いけど大丈夫? そろそろ休憩しようか? トイレ行った方がいいんじゃない? とか聞く訳だ。そうしないとお前達は水分も取らずに、弁当食べるタイミングさえわからずにずっと明後日の方向に歩き続ける。子供は子供で、大人を信用していくきっかけにもなる訳だ。教室で聞く授業よりよっぽどリアルだからな。たかが遠足の中に色んな要素が詰め込まれてる訳だ。お前らの状態はそれだけ危ういって事だ。だから大人が教える。弁当はここで食べて、目的地はここだって。それは、要は社会の仕組みと同じなんだ。よく出来てんだろ? そこに誰も疑問なんてもたないし、誰が見てもそれが正しいんだから。それが教育。たまに道外れた子がいて、『先生、恐竜の化石見つけました!』って言うんだけど『そういうのいいから』って言ってその化石を放り投げる。それが教育だ」



 気づくとみんな真剣に甲田の話に聞き入っていて、話をする者は誰も居なかった。



「先生もな、俺もそういうの好きだから本当か? って言って一緒に探したりするんだけど、周りにいる大人から『先生のクラスだけ遅れてますよ』って言われるから仕方なく道草をやめさせる。で、もう言われたくないからまた探そうとする子にやめとけよって止めさせるんだ。先生たちでさえシガラミの中にいる。だから、はみ出さないように、ケガしないように、遠足を無事に終えれるようにって思ってやるんだ」


「学校で教える事は同じなのに、じゃあなんで個人で差がつくかっていったら、学校で教える事は同じなんだから、それ以外に何かあるって事だ。例えば登校する時は一緒に登校するかもしれないけど、帰る時は大体バラバラだろ?部活やってる奴も居るし、友人同士で帰る子もいれば1人で帰ってる子もいるだろうし、まっすぐ帰る子もいれば途中で寄り道する子もいる。そこで違いが出る。家に帰ってしまえば扉は閉まるけど、自分の家に帰るまでは社会だからな。個人の違いは帰り道の帰り方によっても変わるって事だ」


「帰り道っていうのは比喩でしかないけど、現に帰り方はそれぞれ違う筈だろ? それは社会に出てからも同じで、年齢によっても変わってくると思う。学校では平凡に生きていく生き方を学んで、帰り道で自分自身の生き方を学ぶって事だ」


「平凡を学ぶっていっても年齢によって変わってくるから、高校ぐらいになったらより専門的になってる筈だよな。はみ出さずに生きる一般的な事は中学で終えてる筈だから」



 一番楽しいのは子供達だけで歩く事が出来る事。

 けど仕組みが出来上がってる状態だとそれが出来ない。もう足枷は付いている。



「な?」


「なって何?」


「な? この歳になってもウダウダやってんだ。お前らももう少し利口に生きろ。シンプルに単純。考え過ぎるな。頭を使いすぎると人間は死ぬことを考え出す」


「こんなに大勢の同い年が同じ空間に集まって、同じ時間を共有する事なんてこの先ないんだ。それは俺の経験からも断言出来る。今のこの瞬間を楽しめ。何も考えずに楽しめ。で、時間が経った時に思い出すんだ。あの時俺らは確かに楽しんでたって。それがお前達の財産になる。今はわからないだろうけど今、理解しなくてもいい。楽しんだって経験がいつかお前らの武器になる。話したいこと全部話せ。言いたいこと全部言え。いいんだよ、細かい内容なんてどうせ忘れんだから。楽しかったって事だけ覚えときゃいい」



 甲田の講義は小学校の帰りの会のようで、みんな子供みたいに好き勝手に話しだした。



「今のうち精一杯楽しんどけ。それで案外何とかなる」


 

 それで甲田の話は終わった。みんな割と浮かれ気分でいた所に、でっかい釘を刺された。

 何もこんな時に言わなくてもと思いもしたが、こんな時だからいいのかもしれない。それを甲田もわかってるんだと思う。


 甲田の話の中に1つだけ嘘があって、甲田は今日話した事を今日だけじゃなく、今までも何回か話していた。みんなが集中して話を聞ける環境で甲田は同じような話をしていた。話してる内容はその時々で違うかもしれないけど甲田は俺らにヒントを与えようとしてくれていた。この世界を生きていくヒント。お前ら頑張れよって。ずっとエールを送ってくれていた。


 甲田が最初話す事で話し易い空気を作ってくれた。甲田の話が終わった後もみんな各々で集まってそれぞれで話し始めた。甲田の周りはまだ大勢の生徒が囲んでいて、輪の外で寝転がっている奴も居たりして、みんなの話を聞きながら寝転がるのは気持ち良さそうだった。



 その後も甲田は幾つかよさげな事を言っていた。



「綺麗や可愛いも偏見の1つでしかない。今はそれが良いとされてるけど、そんな価値観がいつまで続くかなんてわかりゃしない。それが悪になる時だってあるだろう。ただ可愛いや綺麗はポジティブに変換しやすいんだ」


「人生でつまずいた時も、楽しかったって思い出が一度でもあると何とかなるもんだ。あと先に言っておくけど、お前らは絶対失敗するからな。失敗して当然なんだから。だからいちいち引きずってないで、あーこれが言ってた奴かーぐらいな感じでちょっと落ち込んだらすぐ切り替えろ。お前ら変に真面目だから困るんだ」


「今が今の為にあると思うな。10年後、20年後の為に今があるんだ。それがお前達がいる『今』だ。それが若さって物の象徴で、危うさでもある。お前たちの『今』で人生のほぼ根幹が決まると言っていい。大人になって何回『今』を振り返ると思ってる? きっとお前らの想像してる倍以上だぞ」


「よく近頃の若いもんはって言われるだろ。先生だって散々言われたよ。それは今も昔も変わらない。ただいつだって若い奴は優秀だ。それはいつの時代も変わらない」



 今の俺たちにはピンと来ない事もまだ多くて、いい事を言っているんだろうなって事だけは何となくわかった。一度でも楽しい事があれば、人生に悲観することはない。甲田はそれを言いたかったんだと思う。


 甲田の話を一緒に聞いていた奴が「もう子供じゃいられないんだな」と言った言葉に何気に一番ショックを受けた。大人はズルいというか優しいというか。知らなくていい事は知らなくていい気がするし。いつか歳を取った時、俺は若者に向かって先生のように話せるだろうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ