「チュージと松井」
普段言えない事が言える。そんな空気が夜祭にはある。
語りたくなる空気。夜と学校が合わさるとそうなるのかもしれない。
武道場にやってきた後、最初はクラスの連中と一緒にいて1人が寝だしたのがきっかけで思い思いに行動し始めた。亮平や太一を探したが、まだそれぞれのクラスにいて話していたので声は掛けなかった。誰を探している訳ではなかったけど適当にその辺をブラブラした。まだ9時を過ぎたくらいだが体育祭の疲れもあるのだろう、もう寝てる奴もチラホラいて、女子の様子を見ようとマットが敷かれていない中央部分を歩いた。話している女子がいれば女子ゾーンに入ってもいいが寝てる者の近くは避ける。起きてる子は中央寄りで、寝る者は隅っこに固まったりとそれぞれ縄張りが出来ていて、そこにクラスの垣根はないようだった。そのままウロウロしていると、武道場の入り口の所で靴を履いて外に出て行こうとしている松井を見つけた。何となく気になって声を掛けた。
「松井、どっか行くの?」
靴ひもを結んでいた松井が振り返った。髪の毛を半分顔に掛けたままで松井は話し始めた。
「あ、中山くん? 体育館」
「体育館? なんで?」
「みんなの寝るマットが足りひんねやって。せやから体育館に見に行こ思て」
「見に行くって松井1人で行くの?」
「うん」
「なら俺も行くよ。マットあっても1人じゃ運べないだろ?」
「ああ、でもええよ。見に行くだけやし」
そう言うと、「ほな」と言って靴を履いてさっさと松井は出て行った。俺は外履き用に置いてあったサンダルを履いて松井の後を追いかけた。
「ええって言うてるのに」
「見に行ってあっても松井1人じゃ運べないじゃん。またこっち帰ってきて誰か呼んでってなったら二度手間じゃね?」
「私、もともと運ぶ気ないしな」
松井は本当に見に行くだけで、見つけたら誰かに頼んで運んでもらうつもりだったようだ。の割に、松井は外履き用のサンダルは使わず、自分の靴を履いていたりする。本当は見つけたら運ぼうと思っていて、ちゃんと靴を履いたのかもしれない。それか単に共用のサンダルは使いたくないという事だろうか? わざわざ理由を聞く必要はないけど少し気になった。
松井はTシャツに短パンというラフな服装でいた。松井だけじゃなく他の女子もみんな似たような格好。そんな松井の横に並んで歩いていると胸の膨らみに目がいった。普段は制服だから目立たないという事もあったが、Tシャツ姿で見るその膨らみは異様に目立って見えた。
「松井って、胸デカいよな」
思わずそのまま口に出してしまいそうになって、夜の学校で女子と2人きりで歩いていて、いきなりそんな事を言ったら松井はなんて思うだろう? セクハラとか言われるんだろうか。そもそも高校生でもセクハラという概念は存在するんだろうか? もっとおっさんとか上の世代を想像する。けどきっと松井は眉間に皺をよせて不快感を表すだろう。
「何なんコイツ? 気持ちわる。ほんま死んでくれへんかな」
そう思うだろう。それは俺の臨むところではなかった。
もちろんやましい気持ちはなく、ただ松井の胸を褒めたいと思っただけだ。松井の横を歩きながら一人葛藤を続けていると松井が話し始めた。
「ほんまはな、誰か誘おうと思っててん。けどその子のとこ行ったら、もう寝ててん」
「それで1人で行こうとしてた訳?」
「うん。まあ見るだけやし」
「怖いとか思わないの?」
「え、何で? 夜やから?」
「夜の学校なんて100パー出るぜ? この学校結構古いし」
「ほんまに言うてる? ウチそういうの苦手やねん。怖い事言わんといてや」
「でも先生もよく女子に言うよな。普通男子に言ってくるだろ」
「さあ。たまたまウチが近くにおったからやない?」
とか言いながらも松井に頼んだ教師には礼を言いたい。こうやって松井と2人で話すきっかけを作ってくれたの事は素直に嬉しかった。
話しながら歩いていると体育館にはすぐ着いた。扉をゆっくりと開けると電気を点けなくても中の様子がわかった。窓から差し込んだ蒼白い光がそれぞれ窓枠に沿っていくつも筋を作って床を照らしていて、ワックスで磨きのかかった床はその光を吸収せずに跳ね返していて、中は蒸し暑い筈なのにその蒼白い光だけは何故か冷たく見えた。
松井も蒸し暑さを感じたのだろう、袖を肩まで捲りあげた。その瞬間、俺は凝視してしまった。柔らかそうな二の腕に小さなホクロを2つ見つけた。松井に「なに?」と聞かれる前に視線を逸らした。
「入ってすぐ左手にスイッチあるって、先生言うてたけど」
言われた通りに左に腕を伸ばしてみたがスイッチは見当たらなかった。体育館の雰囲気が少し気に入ったので、あまり電気を点けようとは思わなかった。
「中見えるからこのままでも行けそうじゃん?」
「ウソ? 何か怖ない?」
「怖ない怖ない」
俺が歩き出すと松井は「待って」と言いながら俺のTシャツの裾を掴んだ。遠慮がちではあるがしっかりと掴んでいるのがわかって、その手が離れないようにして歩いた。
中に入ると温かいらしい。経験した奴が言ってた事で説得力があった。俺はそんな温かさに包まれたいと思った。その相手が松井ならいいなと思った。
そんな妄想の中、現実は至ってクールだった。現実の松井との間にそんな空気は微塵も感じない。
「どないしたん?」
素っ頓狂な関西弁が現実に引き戻してくれる。
「さすがにコレじゃわかんねーな」
倉庫を開けたが中は真っ暗で、カビ臭い匂いがした。さすがにここまでは月明かりも届かないようだ。スマホのライトで中を照らしたが、マットは1枚も残っていなかった。
「やっぱ、もう無いな」
「どうしよ?」
「無かったんだからいいんじゃない?」
倉庫の扉をしめて体育館を出た。靴を履いている時「ゴメンな」と松井が言って来たので俺は「かめへん」と答えると、松井はぷっと吹き出した。
「なんなんそれ? それ関西弁のつもり?」
「松井と話してたら、うつんねん」
「バカにしてるやろ?」
「してへんしてへん」
「いやなってるし。絶対バカにしてるやんそれ?」
俺の似非な関西弁を気に入ったらしく松井はケラケラと笑った。
「でも何で夜祭って武道場でやるんやろな? 体育館やったらマットなんて運ばんですむのに」
「学祭で使ってるからだろ?」
「でも夜は使わへんやん? マット敷くんでも学祭終わってからみんなでやったらええのに。思わへん?」
「でも体育館だと広過ぎるしな。みんな散らばったらつまんねーじゃん。だから武道場くらいのキャパが丁度いいんだよ」
「そやけどさ、体育館やったらウチらもこんな事せんでええのに」
松井はそう言ったけど、その意見には賛成出来なかった。
確かに体育館でやった方が楽でよかったかもしれない。けど体育館でやっていたら松井との絡みもなかった。それだけでも武道場でやる意味はあった。
帰りはグラウンドを通って帰った。その方が遠回りになるからだ。
「あのさ、何で松井って関西弁なの?」
「それ、今聞く?」
松井の反応は最もだったが、体育館を出た後でふと気になったので聞いてみた。
「いや、じゃなくて。松井がこっち来たのって高校入ってからだろ?」
「うん。それまではずーっと大阪やったから。せやから、もう染み付いてるんやと思う」
「治んないもんなんだな」
「そんな病気みたいに言わんといてや」
「悪い悪い。そういう意味じゃないけど」
「学校では喋る子いてへんけど、家帰ったらみんな関西弁やし。その方が自然やから」
「そっか」
「関西弁やと話しづらい?」
「いや。全然」
松井は少し不思議そうだった。俺の質問の意図がわからなかったんだと思う。けど安心して欲しい。ただの思いつきで聞いただけだ。松井の関西弁がずっとこのままなんだと思うと少し安心した。
「松井のクラスでも何か話したの?」
「うん。なんか色々。普段しゃべらへん子もよう喋ってたわ」
そう話す松井は嬉しそうだった。
「松井は大阪に戻りたいって思ったりしないの?」
「どないしたん? いきなり」
「いや、何となく。やっぱ向こうの方に愛着あるのかなって」
「そりゃ最初の方はあったけど今はないかな。中学までは大阪やったから友達とも別れなあかんし寂しいなぁって思った事はあったけど、もう慣れたし。こっちに友達も出来たしな。今は特別な思いとかそういうのはないかな」
「そっか」
「なに? ウチ学校で浮いてるように見えてた?」
「いや、全然。そういうんじゃない。本当なんとなく」
自分でも質問の意図はわかっていない。けど松井とそういう話をしてみたかった。
「そういや松井って何でアゲ高だったの?」
「何でって何で?」
「地元だったら何となくわかるけど。お前大阪からじゃん?」
「あー…何やったかな? 選んだ時は理由あったと思うけど、もう忘れたわ」
「そんなもん?」
「うん。そんなもん」
「けど、いい学校やなって思ったのは覚えてる」
「何で?」
「何となく」
「体験とか来たの?」
「ううん。話し聞いてて。それでええ学校なんかなーと思って」
人づてに聞いた話で選んだって事か。まあ、そう考えると俺たちと変わらない。
「そういやミスコンってどうだった? 女子は盛り上がったの?」
「楽しかったよ。みんな結構盛り上がってたし」
「女子的には満足だったんだ」
「女子的にって言われたらわからんへんけど。ウチは楽しかったな。ひーちゃんとなーちゃんも入ってたし」
「そういや言ってたな。で、誰なの?そのひーちゃんとなーちゃんって?」
「ん? ひーちゃんは上澤のひーちゃん」
「ひーちゃんって上澤の事だったの?」
「そう。で、なーちゃんは白石さん。白石の加奈子ちゃん」
「それってヘッドの事? なんでなーちゃんなの?」
「下の名前が途中まで一緒やねん。最初は加奈ちゃんって呼んでてんけど、友達を自分の名前で呼ぶのって何か変やろ? かーちゃんって呼ぶのも変やしな。それで「な」だけ残ってなーちゃんてなった」
松井らしいなと思った。
「わかんねーって。呼んでるの松井だけだろ?」
「そうかも(笑)」
「じゃあ、女子の中では予想通りだったって事?」
「うん。前言うたやろ? 私やったらひーちゃんとなーちゃんに入れるって」
「女子と男子で呼び方違うからわかんねーな」
「私も同じこと思う時あるわ」
そう言えば松井には票は入ったんだろうか?
名前を呼ばれてないから8位以内に入ってない事はわかる。そもそも松井に入れる奴っているのか? けど今回のミスコンで松井に票を入れてる奴がいるとしたら、多分そいつは松井の事が好きな奴だと思う。大門と結城がいて、それ以外でも目ぼしい子がいる中で松井を選ぶって事はそういう事だろうから。あとで武一に聞いてみようと思ったところで武道場に着いた。
「体育館めっちゃ不気味やったし1人やったら入れへんかったと思うわ。ほんまありがとう」
「かめへん」と言いながら俺は中に入った。
「これ片付けるのもウチらがやんねんで。ほんま終わってるわ」
松井は入り口を開けて見えた光景にウンザリしたようで腰に手を当ててぼやいた。
勘弁してほしいよな、と松井に同調しながらも俺は全く別の事を思っていて。
「松井」
「ん?」
「付き合ってくれてありがとう」
「それ、ウチが言うセリフちゃう?」
「かめへん」
「何よそれ? わからへんわ(笑)」
首を捻った松井は俺の真意には気づいてないようで。寧ろ「バカ?」と思っているだけだと思う。けどそれでいい。松井は松井のままでいい。俺は松井の前ではバカでいたいと思った。




