「新田さんの名字」
新田さんの名字は『にった』と読まない。『にいでん』と読む。
コレはこの学校にいる者なら誰でも知っている事で、新田さんを「にいでん」と呼ぶのは新田さんを知っている証でもあった。
このクラスの顔は間違いなく新田さんだ。けどもう1人このクラスには三月さんという女子のリーダー格みたいな人がいた。ちゃんと話した事はないけどその存在は知っていて、透君に聞いた話だと三月さんは女子から人気があって、男子からは嫌われているという典型的な人だった。よくいるタイプと言えばそうだが、僕が思うに三月さんは精神的に大人なだけで、同い年の男子がみんな幼く見えてしまうんだと思う。ただ、それを隠して接するほど三月さんも器用じゃないらしく、それが態度に出てしまう。それで段々と敬遠し始めて、さらに三月さんはその価値観を他の女子にも共有させようとする所もあって、ますます男子は三月さんを受け付けなくなった。
僕にはどうしようも出来ない話で、そもそも三月さんがどう思われていようが僕には全く関係ない。ただ転校してきた僕から見ると、三月さんは大人っぽいなと思うぐらいで、そんな嫌な感じの人には見えなかった。その割に男子のみんながやけに三月さんの陰口を言っているので、その理由を一度透君に聞いてみた。
「三月は器用じゃないからな」
僕と透君の考えは同じようだった。
そんな三月さんのいるこのクラスで三月さんより好感度が高くて目立つ女子。それが新田さんだった。
新田さんはいつでも輪の中心にいて、明るくフレンドリーで女子だけじゃなく男子からも人気があった。新田さんの名前は『春』といって、男子からは名字、女子からは名前で呼ばれていた。
新田さんはその珍しい読み方の名字もあって、その名前が浸透するのも早かった。高校に入学して最初の自己紹介の時、自分の名前を『にいでん』と言うと、「つーか『にった』でいいじゃん」と誰かが言いだした事によって暫くは「にった」と呼ばれていたらしいが、新田さんはその都度訂正し続け「にいでん」という呼称を自ら定着させた。
という話を僕は透君から聞いた。
転校生の僕はわざわざ知らなくていい事だと思うけど、新田さんを知る上では重要な事らしい。ちなみに新田さんを『にった』と言い間違えなかった人は1人もいなかったらしく、先生達もよく間違って呼んでいたらしい。それに対する新田さんの突っ込みが軽快でその度笑いを誘ったようだ。嫌味に聴こえないその口調が想像出来た。僕もその場にいたらみんなと一緒に笑っていただろう。
今の新田さんのキャラクターがあるのは、その珍しい名字の影響もあったように思う。当たり前のように間違われる名前を、その都度訂正するのは、最初は嫌だったかもしれない。けど嫌味に言ってもしょうがないし、どうせ言うなら冗談っぽく。小さい時からずっとそれを繰り返したきたんだと思う。そんなのが今の新田さんに繋がっているようにも思えた。
そんな新田さんがいて、リーダー格の三月さんもいるE組は割と賑やかなクラスだった。




